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昇降口にて

 遠神との登校イベントという危機を切り抜け、ようやく辿り着いた森峰高校。電車が大幅に遅延していたわけでも、通学路の距離が伸びたとかいう摩訶不思議現象に見舞われたわけでもないのに、なぜだろう、今朝の通学時間はいつもより長く感じた。


 遠神と一緒に昇降口をくぐると、偶然にも下駄箱で知った顔と鉢合わせた。

 赤茶系統のショートヘアをした、男勝りな女子生徒。ドギツイ目つきがたまらないと、一部の男子に大変人気があるらしい。


 訂正。一部の変態に。


 彼女は深芳野千秋。

 隣の二年B組所属で、部活や委員会が一緒というわけでもない。だけどこうして顔見知りなのは、深芳野が暁良の彼女だからだった。


「よう、彼女その1」


 俺がユーモア交えて声を掛けると、深芳野は一層眼光を鋭くして俺を睨み付けた。


「おい、真澄。その呼び方やめろって、再三言っているよな?」

「はいはい。悪かったよ、深芳野」


 暁良の彼女が今何人いるのか把握していないけど、深芳野がその1であることだけは出会った頃から変わっていない。

 暁良の最古参の彼女であり、どれだけ暁良が浮気をしても愛想を尽かさないという、我慢強くて器の大きい女子生徒。彼女に与えられたその1という番号は、永久欠番だろう。

 俺が深芳野の立場だったら、きっととっくの昔に暁良を滅多刺しにしていると思う。割とマジで。


 朗らかとは言い難い挨拶を交わした後で、深芳野は遠神に視線を移す。

 遠神は俺の後ろで、「どうも」と会釈をした。


「何だ、真澄。もう新しい女に乗り換えたのか?」


 俺の危惧していた通り、案の定彼氏彼女の関係だと誤解された。

 誤解を流布されては、たまったもんじゃない。誤解の芽は、早々に摘み取っておかなければ。

 幸いにも、俺と深芳野は顔見知り。弁明はしやすい。


「道中偶然会ったから、一緒に登校しただけだ。だからお前の邪推するような仲じゃねーよ。……って、ん?」


 答えた後で、俺は深芳野の先の発言に違和感を覚える。

 深芳野の奴、「新しい女に乗り換えた」って言ったか?


 よく考えたら、それはおかしなことだ。なぜなら「新しい女に乗り換える」という表現は、俺が失恋した事実を知らなければ出てくるわけがない。

 普通は「遠神と付き合い始めたのか?」とか、そういう聞き方をする筈だ。


「おい、深芳野。お前俺がフラれたこと知ってんのか?」


 俺が確認すると、


「あぁ、知ってるぞ」


 隠す素振りなどおくびも出さず、深芳野は頷いた。


「どこでそれを……って、考えるまでもないか。暁良だな」


 情報源もとい犯人は明々白々。暁良に失恋の件を話したのは、失敗だったか。


「あたしが聞いた話だと、真澄が幼馴染のお姉さんに裸で迫って、無理矢理唇と処女を奪おうとしたところで罵詈雑言を浴びせられてフラれたことになってるんだが……それ本当か?」

「フラれた事実以外、全部真っ赤な嘘だ」


 何だ、その根も葉もない噂話は? 

 人から人へ伝達される度に様々な尾ひれがついていくのが噂話の特徴だけど、今回の場合初めからあることないこと織り交ぜられていたな。

 あの野郎、まさかこんな悪意満載の出鱈目を彼女全員に風潮してるんじゃないよな?


「だろうと思ったよ。真澄にそんな度胸があるわけないからな」


 信じてくれたのは嬉しいが、要はヘタレと言われているわけなので、手放しで喜べなかった。


「誤解を解くなら早く動いた方が良いぜ。暁良の奴、学校中に触れ回ってるから」


 …………ブチコロス。


 予期せず会得した殺意を胸に、俺は教室へ向かって歩き出す。

 遠神も俺に続く。が、深芳野は下駄箱に寄りかかったまま、歩き出そうとしなかった。


「あれ? 深芳野は教室に行かないのか?」

「その内行くぞ。だけど今は、暁良のバカを待ってんだ」 


 何だよ。暁良のやつ、まだ登校していなかったのかよ。


「朝から愛しい恋人に会いたいってか? お熱いことで」

「そんなに独占欲の強い女だったら、あいつの浮気をやめさせてるっての。……これだよ、これ」


 言いながら、深芳野は鞄の中から綺麗に畳まれハンカチを取り出した。


「あのバカ、昨日の夜ハンカチ忘れて帰りやがってよ。仕方ねぇから朝一で返してやろうと、こうして待っているんだ」


 憎まれ口こそ叩いているものの、洗濯とアイロンがけまでされたハンカチからは深芳野の暁良への愛が感じられる。

 深芳野は暁良の彼女その1。なんだかんだ言って、あいつを一番想っているのは彼女なのかもしれない。


 それはそれとして。

 聞き流していたけれど、昨晩二人で過ごしていた疑惑については、うん、触れないことにした。

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