放課後
森峰高校は進学校だ。
某最難関国立大学に毎年何人もの生徒を輩出しているというわけではないが、毎年一人くらいは合格させている。
近隣では頭の良い高校として位置付けられ、難関公立高校の滑り止めとして受験する中学生も多い。
俺は単願で森峰高校を受験したけど、圭一なんかは公立受験に失敗して森峰高校に来たクチだ。
そんな森峰高校では、「勉強と部活動、その両方に全力で取り組むことにこそ意味がある」という教育理念のもと、文武両道を謳っている。生徒たちは、全員何かしらの部活動に所属しなければならなくなっていた。
しかしこのシステムは、実の所形だけになっている側面が強い。籍さえ置いていれば条件を満たしたことになり、実際に活動を行なっているかどうかはあまり重要視されていないのだ。
だったらこんなシステム廃止してしまえよと思うのだが、「伝統」の二文字が邪魔をしてそうもいかないらしい。学校運営というのも、難儀なものだ。
俺は一応文芸部に所属している。だけどこの文芸部自体月に一回活動があるかないかという感じなので、ほとんど帰宅部という感覚に近かった。
放課後。
帰りのホームルームが終わると、生徒たちは次々と自身の所属する部活の活動場所へ向かっていく。
運動部にしろ文化部にしろ、日中机に座って先生の話を聞いているだけでも疲れるというのに、その後部活に励むとは、尊敬の念を禁じ得ない。
俺が運動部なんかに入ってみろ。三日と保たず、根を上げる自信があるね。
言うまでもなく、この日も文芸部の活動はない。
俺はテスト勉強用に何冊か参考書を鞄の中に突っ込む。荷物をまとめ終えると、丁度圭一も教室を出るところだった。
「圭一は、今日も部活だよな?」
左肩に大きなエナメルバッグを提げている。聞くまでもない質問だ。
「夏の大会が近いからね。今が頑張りどころだよ」
圭一は野球部所属。高校球児にとって夏の大会というのは、一年の集大成といっても過言じゃない。
「去年はベンチメンバーにも選ばれなかったんだっけ?」
「まだ一年生だったしね。スタンドで応援に励んでいたよ」
「今年はレギュラーになれそうなのか?」
「うーん、どうだろう? それは監督次第ってところかな。僕の守るショートって、結構倍率高いから」
「でもーー」。温厚な圭一の瞳に、熱い闘志が宿る。
「断定は出来ないけど、背番号6番を貰う自信はあるよ」
圭一の自信は、決して自惚れなどではなく。
日高圭一という高校球児の活躍は、度々耳にしていた。
それに今年の三年生に、ショートをメインポジションとする選手はいない。全員が一、二年生だという。
素人目から見ても、圭一のレギュラー入りは堅いだろう。
「お前がレギュラーになったら、応援に行ってやるよ」
「ありがとう。でもそのセリフ、出来れば可愛い女の子に言って欲しかったな」
「キャーッ! 圭一くん、頑張ってー!」
「うん、普通にキモいよ」
悪かったな。顔も性格も可愛くない悪友からの、キモいセリフで。
「真紘は帰りかい?」
「期末テストが近いからな。颯爽と帰宅して、勉強に励むとするわ」
学年首席の遠神や毎回30位以内に入っている圭一とは違い、俺はあまり勉強を得意としていない。ぶっちゃけ苦手だし嫌いだ。
だけど学生の本分が勉強である以上、やらないというわけにもいかず。だって留年とかしたくないもの。
中間はなんとか赤点を回避出来たが、期末テストも同じようにいくとは限らない。気を引き締めて臨む必要があった。
「お互い良い結果を残せるように、ベストを尽くそうぜ」
「だね」
「なんならモチベーションを上げる為に、簡単な勝負でもするか? お前がこの夏を通して自慢のバットで取った点数と、俺が次のテストで取った点数とを比較して、高かった方が勝ち。負けた方は、相手に昼飯一回奢ること」
どう考えても、俺に超有利な勝負だった。
これで負けたら、冗談抜きで留年だ。下手すると恥ずかしさのあまり自主退学するかもしれない。
圭一とて、この勝負を受けても自分にメリットがないことくらいわかっている。なのでどうせ断られるであろうと踏んでの、なんというかネタ的なノリでの提案だったのだが……。
「つまり僕はこの夏で何百点もの打点を上げなきゃならないと。まったく、無茶を言ってくれる。でも……そのくらい達成してやるっていう意気込みがないと、甲子園に行くなんて夢のまた夢だよね。……わかった。その勝負、受けて立とうじゃないか」
予想外にも、圭一は勝負に乗って来た。しかも全力で勝ちにくるつもりだ。
「……本当に良いのか? 提案者が言うのもなんだが、こんなの賭けになっていないぞ?」
「わかってるよ。だからこれは賭けというより、自身に課した約束……誓いみたいなものかな」
目標を達成する為に、敢えて己を苦境に立たせるとは。やだ何この人、超かっこいい! 惚れてしまいそう!
ラブコメの神様が趣向を変えて、BLを導入してきたのかと錯覚してしまう程だった。
「あっ、そろそろ練習に行かないと。少しでも遅れると、ペナルティーでランニングさせられるからね」
「少しの遅刻でランニングメニュー追加って……噂通り厳しいな」
「まあね」
さっき運動部に入っても三日ともたないと言ったけど、野球部だけは別。一日経たずに逃げ出す気がする。
「頑張れよ。応援してるから」
「ありがとう。……じゃあ、また明日」
「おう、また明日」
俺たちは昇降口を出たところで別れた。