ラブコメしたくない男子高校生のラブコメ
「……というのが、ことの顛末だ」
遠神から告白未遂を受けた翌日。登校した俺は、噴水での一部始終を圭一と暁良に話した。
今回の件に関しては、圭一もある意味当事者(首謀者とも言える)なわけだし、一連のオチを伝えておくべきだと判断した。あと、一言文句を言ってやらないと気が済まない。
暁良は……まぁ、ついでみたいなものだ。
「ったく。圭一のせいで、計画は台無し。これまでの努力が水の泡になっちまったじゃねーか。何が悲しくて、ラブコメをしなくちゃならないんだよ」
「だから騙していたことについては、何度も謝っているだろう?」
「嫌だね。絶対許さない」
「真紘も僕に、同じことをしようとしていたのに?」
「……」
そこを指摘されると、もうこちらからは何も言えなくなってしまう。
「お互い様ってことで、この件は終わりにしないかい?」
圭一が、右手を差し出してくる。
「何だ、その手は?」
「仲直り。まだしてなかったよね?」
「そういえば、そうだったな」
遠神の告白未遂があったから、圭一と絶賛喧嘩中だったことをすっかり忘れていた。
「僕的にはこれからも真紘と仲良くしていきたいんだけど、真紘はどうだい?」
「……数少ない友達を、こんなつまらないことでなくしてたまるかよ」
圭一からの仲直りの握手に、俺は応じる。
俺だけ損をしていることだけが、甚だ納得いかないが。
「暁良も、これで満足かい?」
俺と握手をしながら、圭一が暁良に聞く。
暁良は俺たちの間に流れる不穏な空気を心配し、早く仲直りするよう促していた。
「あぁ。これ以上険悪ムードが続くようなら、危うくこっちの気が滅入っちまうところだったぜ」
「それはそれとして」。暁良は目を細めながら、俺を見る。
ニヤついているように見えるのは……多分見間違えじゃないと思う。
「その後遠神はどうなんだ? アプローチが積極的になったりしたか?」
「そんなことはない。と、言いたいところなんだがな……」
昨晩、つまり告白未遂があった日の夜のことを思い出し、俺は言い淀む。
「おっ。その反応、何かあったんだな」
「遠神さんの手助けをした身としては、僕も気になるところだね」
口を滑らせたら最後。逃がさないと言わんばかりに、二人は詰め寄ってくる。
こいつらには失恋したことも教えているし、今更隠す必要もない。脚色しまくりで誰かに話したりしないなら、いくらでも話してやるさ。特に暁良。
「昨日の晩、いつものように『すおう亭』に行こうとしたんだけどさ」
『うんうん』
「そしたら遠神がいきなり訪ねてきたんだ。それもカレーの入った大鍋を持って」
「成る程。料理という自分の特技をアピールすると共に、真紘が蘇芳さんに会いに行くのを阻止したんだね。遠神さんも考えたね」
短期間とはいえ共犯関係にあっただけのことはある。圭一は遠神の思惑を的確に見抜いていた。
「蘇芳って、真紘がフラれた幼馴染みのお姉さんのことか?」
「うん。遠神さん、蘇芳さんのことを随分警戒していたから。今だから言えるけど、遠神さんが真紘に告白まがいのことをしたのって、蘇芳さんの存在を知ったからなんだよね」
そうだったのか。だけど華さんとは何も始まることなく終わったのだから、警戒なんてする必要ないと思うが。
「それで、その後は? まさか甲斐甲斐しく夕食を作ってきてくれた遠神さんを、無情にも追い返したりしてないだろうね?」
「してないよ。ていうか追い返そうとしたけど、頑としてドアの前から動かなかった」
そして「いつまでも立っていられると他の住人の迷惑になるから」と、またも俺が根負けしたわけだ。お決まりの展開である。
「遠神さんは料理上手だからね。前に食べた卵焼きも美味しかったし、カレーもさぞ絶品なんだろうね」
「実は遠神お手製のカレーを食べるのはこれで二回目なんだけどな」
「そうだったのかい?」
「あぁ。正直『すおう亭』のメニューと比べても遜色がないくらい美味かった」
「そのセリフ、遠神さん本人に言ってあげれば良いのに」
「絶対言わねぇ」
言ったら無駄に喜んで、調子に乗って、また料理を作って押しかけてくるじゃねーか。
遠神とのラブコメが強制的に始まってしまった以上、俺が望むのは現状維持。ラブコメを進行させるような言動は、是が非でも慎みたい。
「おっ、噂をすれば」
暁良が教室の入り口を見ながら、声を上げる。遠神が登校したのだ。
「真紘、嫁が来たぞ」
「嫁じゃねぇ」
「じゃあ、彼女か?」
「彼女でもねぇ。ただの隣人だよ」
なぜか俺のことが好きな、ただのお隣さんだ。
遠神は自分の席、つまりの俺の隣席に鞄を置くと、腰掛ける前にこちらを向いて会釈をした。
「日高くん、澤口くん。おはようございます」
「おはよう、遠神さん」
「おーっす」
遠神が二人と挨拶を交わす。……え? 俺には?
「皆さん、おはようございます」と言えば良いところを、遠神はわざわざ俺の名前だけ抜かした。
いや、挨拶も広義的に見れば会話だし、交わさないで済むならそれに越したことはないんだけれども……こうも目の前で無視されると、それはそれで釈然としない。
お前、俺のこと好きなんだよな? 告白寸前のことまでしてたよな?
それともあれか? 押してダメならってやつを実践しているのか?
そう思っていると、「真澄くん」と名前を呼ばれる。
「どうして先に登校しちゃったんですか!」
「どうしてって……約束してたっけ?」
「してませんよ」
「なら、問題なくない?」
「問題大ありです!」
前は作戦会議も兼ねて一緒に登校していたが、今はその必要もなくなった。問題はおろか、一緒に登校する理由もない筈だ。
「今朝は一緒に登校しようと思っていたのに……」
「……何で?」
「家が隣だからに決まってるじゃないですか」
「いや、決まってないだろ。どんな理屈だよ、それ」
その理屈が通るのならば、寮住まいの学生は毎朝集団登校しなくちゃならないじゃないか。
華さんにフラれて、ラブコメと絶縁して。俺の青春には、華やかな恋模様なんて要らないと思っていた。
こうして学年トップクラスの美少女に好意を寄せられているなんて、ちょっと前までの俺は想像もしていなかっただろう。
本当はラブコメなんて今すぐにでもやめたいし、灰色一色の高校生活で構わないという気持ちに変化もない。だけどまぁ――少しくらいなら色が付いても、良いのかもしれないな。
心の中でそう呟きながら、俺は恨むべきヒロインに笑いかけるのだった。




