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ラブコメの終わりと始まり

「おい、遠神」


 俺は前を歩く遠神を呼ぶ。


「……」


 遠神はこちらを振り向かず、また返事もしない。


「もしもーし、遠神さーん」

「……」

「遠神、待てって。聞こえてないのか?」

「あー、もうっ! ちゃんと聞こえていますよ!」


 その割には、歩くスピードが変わらない。

 聞こえてはいるが、聞く気は全くないらしい。


「どこに向かっているんだ? 話なら、わざわざ移動しなくてもグラウンドで出来ただろう?」

「そうですね。でもグラウンドは野球部が使うので、長話が出来ないでしょう? それにグラウンドでは、雰囲気が出ませんし」


 雰囲気という単語に、俺は一抹の不安を覚える。そしてその不安は、見事に的中した。


「さあ、着きましたよ」 


 遠神に連れられて来たのは、噴水の前。そう、告白成功率100%で知られる中庭の噴水の前だった。


「移動するなら、最初から噴水に呼び出せば良かったじゃねーか。どうしてこんな回りくどい真似を?」

「森峰高校随一の告白スポットである噴水に呼んでいたら、聡いあなたのことですから勘付いて来てくれなかった可能性があります。日高くんがグラウンドに誘う。それが最も効果的だったのです」


 そりゃそうだ。俺は圭一に、野球部の使うグラウンドに呼ばれたからこそ、何の疑問も抱かずのこのこと足を運んだ。


「それで、その森峰高校随一の告白スポットで、お前は俺に何を言おうとしているんだ?」

「まだ、わかってくれないんですか?」


「わかって欲しい」という願望と、「どうしてわからないんだ?」という苛立ちを込めながら、遠神は言う。

 遠神の表情は、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。


 チッ。俺は内心舌打ちをする。

 噴水の前まで案内されて、こんな表情を見せられて。ここまでヒントを出されて、わからないわけないだろうがよ。

 或いは鈍感系主人公だったら、それでも何も察せないかもしれない。


 だけど俺は、鈍感系主人公じゃない。主人公にならずに済むように、常に思考を巡らせ続けた。そして――間違えた。


 俺はゆっくりとは目を閉じる。

 そうだ、見なかったことにしよう。

 見ていないのなら、知らないのなら、何も察せなくても仕方ない。


 でも……まぶたの裏に先程の遠神の顔がしっかり焼き付いていて、どう頑張ってもなかったことに出来ない。


 これもラブコメの神様の計らいなのだとしたら、相変わらず趣味が悪い。こんなのもう、呪い同然じゃないか。


 どこだ? どこで間違えたんだ? 俺は遠神が307号室に越して来てから今日までの出来事を思い出す。


 途中細かなミスがあったことは認めよう。されど基本的に作戦は順調に進んでいて、軌道修正だってきちんと出来ていた筈だ。

 遠神も圭一も、出会ってすぐに名前呼びになったし、デートも成功させたし。


 あとは告白して、恋人同士になるだけ。告白は遠神からでも圭一からでも構わない。俺にとってはどちらからでも何ら問題ないことだし、圭一からの告白だって十分あり得る状況だったのだから。


 過程に致命的なミスはなかった。それこそ恋愛コンサルタントとして、模範的なPDCAだったと思う。だとしたら――


 過程に問題がなかったのだとしたら、ミスを犯したのは根本。

 いつからじゃない。そもそも最初から、俺は間違えていたのだ。


 ……あぁ、クソッ。俺はわしゃわしゃと頭をかいて、その後まぶたを開いた。


 わかったよ。間違いを認めれば良いんだろ。見えないふりをしたり目を逸らしたりせず、現実を受け入れれば良いんだろ。

 

 遠神爽香は、真澄真紘のことが好きなのだ。


 認めてしまえば、まるで憑き物が落ちたみたいで不思議とスッキリした……なんてことはなく、寧ろ不愉快極まりない。


 だってそうだろう? ラブコメしない為に行動してきたつもりが、実はラブコメを推進していたなんて、こんなにも滑稽な話があるものか。


 恐らく、圭一は遠神の気持ちを知っている。それどころか、圭一も遠神の真の計画に加担している。

 噴水前でランチをしたあの昼休み、恐らく遠神は圭一に自分の本当の恋心を打ち明けていた。そして圭一は、遠神に協力することを約束した。そう考えれば、順調過ぎた計画にも、遠神に告白されそうになっている現状にも説明がつく。


 席替えをして、遠神と隣席になったあの日、俺はまだ彼女のことを何も知らなかった。


 これからご近所さんになるということも、実は料理やお菓子作りが得意だということも、可愛いのかよくわからない神様のスタンプを愛用することも、本屋が好きでよく足を運んでいることも。どれもこれも、俺がラブコメを回避している最中に知った情報だ。


 なるべく関わりたくないというのに、ラブコメをしたくないというのに。そんな思いとは裏腹に、俺は遠神のことをどんどん知っていった。


 だから彼女の言おうとしていることも、もうわかっている。

 例えばここが噴水の前ではなく、それこそ汗と防具の臭いが充満している剣道場だったとしても。彼女が頬を赤らめず、仏頂面だったとしても。きっとこれまで遠神と過ごしてきた時間が、その時間が形成した繋がりが、俺の意思など無視して正解を導き出していただろう。

 それくらいには、遠神に詳しくなっていた。


「真澄くん」 


 遠神に名前を呼ばれて、俺の意識は現実に連れ戻される。


 もう逃げるのはやめよう。覚悟は決まった。

 遠神の想いを真正面から受け止めて、その上で拒絶する。


「私は、真澄くんに言いたいことが――」


 さあ、いよいよくるぞ。俺が身構えていると、


「――ありません!」


 力強く言い切る遠神。……んん? どういうこと?


「……ちょっと待ってくれ」


 思考が追い付かず、俺はたまらずタイムをとる。


「言いたいことはないのか? 本当に?」

「はい、ないです」


 再度確認するも、返答は変わらない。俺の聞き間違いでも、遠神の言い間違いでもなかったようだ。


「だって今言葉にしたって、フラれるのは目に見えてますもの。負け確定の勝負に挑むほど、馬鹿じゃありません」

「まあ、それもそうだな」


 俺が遠神のことを知ったように、遠神もまたこの数日で俺のことを知った。俺が恋愛をしたくないと思っていることくらい、当然把握している筈だ。


 ……だとしたら何で、圭一の協力を仰いでまで俺を呼び出したんだ? 告白以外で異性をこの噴水の前に連れて来る理由が、思い付かない。


 問い掛ける前に、遠神はその疑問の答えを口にする。


「私の目的は、こうして真澄くんを噴水の前に呼び出すだけで達成しているんです。だから何も言いません。えぇ、言いませんとも。代わりに――」


「好きです」。遠神は声に出さず、ゆっくりと口だけ動かした。 


 不意打ちで動かされたその唇を、俺は都合良く見逃すことが出来なかった。

 今のは告白か? 告白なのか? 誰にでもなく、自分に問う。


 遠神の想いは、確かに俺に伝わった。でも彼女が告げたわけじゃない以上、返事をするのは不自然だ。

 あくまで俺が気付いただけ。気付かされただけ。だからきっと、これは告白じゃない。


 告白じゃなくてラッキー? いいや、寧ろその逆だ。

 好意を示されたというのに、断ることが出来ないなんて……遠神によって始められたラブコメを、俺は終わらせることが出来ないのだ。


「今の言葉、いつか伝えさせて貰います。あなたが二つ返事で頷いてくれると確信出来た時、絶対に伝えてみせます」


 遠神は人差し指で俺を指す。


「覚悟していて下さいね」


 望みが叶ったわけじゃない。ハッピーエンドには程遠い。あくまでようやくスタートラインに立っただけ。


 それでも目的を果たした遠神の顔は、雲一つない初夏の晴れ日のように晴々としていて。


 ハハハ。やってくれたな。


 こうして大変不本意ながら、非常に残念なことに。俺を主人公、遠神をヒロインとしたラブコメは、始まってしまったのである。

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