表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

遠神爽香の好きな人③

 真澄くんと日高くんと三人でお昼ご飯を食べた、例の昼休み。真澄くんがトイレに立ち、日高くんと二人きりになるやいなや、私は行動を開始した。


 最初にやるべきことは、決まっている。


「日高くん、ごめんなさい!」


 突然の謝罪に、日高くんは困惑した顔を浮かべた。


「えーと、僕はどうして謝られたのかな? もしかして、さっき食べた卵焼きの中に毒が入っていたとか?」

「そんなことしませんよ!」


 声を上げる私に、日高くんは「冗談だよ」と苦笑する。……うぅ、からかわれた。


「そうではなくてですね、私本当は……」


 真澄くんの計画を阻止して自身の恋を叶える為とはいえ、他人に自分の恋心を打ち明けるのは恥ずかしい。今まで恋愛相談をしたことなんてなかったし、その初めての相手が異性なのだから、尚更だ。


 私は大きく息を吸い込んだ後で、


「私、本当は真澄くんのことが好きなんです」


 言ってしまった……。


 バクバクと心臓が尋常じゃないくらい音を立てながら、あり得ない速度で鼓動している。100メートルを全力で駆け抜けた直後みたいな感覚だ。

 恋心を人に話すだけでこれなのだから、告白本番はオーバーヒートして逆に心臓が止まってしまう気がする。


 湧き出るアドレナリンの勢いに任せて、私は真澄くんと立てた計画について話した。それから私が、その計画を阻止したいと思っていることも。


 話を聞いた日高くんは一瞬驚きを見せたが、すぐにどこか安心したような表情に変わる。


「こんな言い方は失礼なのかもしれないけど、取り敢えず良かったよ」

「良かった、ですか?」

「今の僕は、誰とも付き合う気がないからね。遠神さんみたいな素敵な女の子に本当に好かれているんだとしても、僕はその気持ちに応えることが出来ない。だからどうすれば君を傷付けずに拒絶することが出来るのか、頭を悩ませていたところだったんだ」

「それは……気を遣わせてしまったようで、ごめんなさい」

「気にしなくて良いよ。それに遠神さんの方が、僕よりずっと頭を悩ますことになるんだし」

「……?」


 私は日高くんの発言の意味を計り兼ねていた。そんな私に、日高くんはある衝撃的なカミングアウトをする。


「真紘のやつ、もう恋愛なんてしないって言ったんだよね」

「え? どうして?」

「真紘がつい最近、幼馴染みのお姉さんにフラれたことは知っているかい?」


 私は頷く。


 昨日の朝、昇降口で深芳野さんがそんなようなことを言っていた気がする。


「偶然耳にする機会がありました。……でももし私が知らなかったら、どうするつもりだったんですか? 日高くんが教えたことになりますよね?」

「大丈夫。僕が教えなくても、どうせ遠神さんの耳に入っていただろうし」


 ハッハッハッハッと、日高くんは笑う。笑い事じゃないと思うんだけど……。


「真紘はさ、小さい頃からずっとその幼馴染みのお姉さんのことが好きだったんだよ。彼女の話をする時の真紘は、本当に楽しそうで、幸せそうで。だから失恋が余程応えたんだろうね。すっかり恋愛に臆病になってしまったんだ」

「恋愛に臆病に……だけどそれなら、そのトラウマを克服すれば彼がまた恋愛をする可能性もありますよね?」


 真澄くんはあくまで、自分の恋愛感情に封をしただけ。失くしたり、初めから持っていなかったわけじゃない。


「そうだね。その場合、きっと真紘はまた幼馴染みのお姉さんを好きになるんだろうけど」


 ……成る程。日高くんの言っていた苦悩の意味が、ようやくわかった。


 恋愛したくない真澄くん相手では、普通のアプローチをしても無駄。そもそも論、女の子と付き合う気がないのだから。

 仮に恋愛したいと心変わりしたとしても、その赤い矢印は幼馴染みのお姉さんに向く。……日高くんの言う通り、難航するのは間違いない。


「遠神さん。ここまで話した上で聞くけど……遠神さんは、それでも真紘を好きでい続けるのかい? 想いを伝える気があるかい?」


 日高くんの問いかけは、私の気持ちというより覚悟を問うているように思えた。


 だとしたら、正直馬鹿にするのも大概にして欲しい。私はラブコメがしたいんじゃない。真澄くんと、ラブコメがしたいのだ。

 真澄くん以外の男性に惚れるつもりも、告白するつもりも毛頭ない。


「出来ることなら、告白したいと思っています。今でもその気持ちに変わりありません。日高くんの話を聞く限り、告白でもしなければ私の気持ちは彼に伝わりませんから」

「行き着く先が、望まない結果だったとしても?」


 当然だ。


「たとえフラれても、それは一時的な敗北であって完全敗北ではありません。諦める必要はありませんし、フラれてから意識されるなんてことも十分考えられます」

「そうか……遠神さんの考えは、よくわかったよ」


 日高くんは腕を組み、何やら考え込み始める。数十秒後。


「……うん!」


 閃いたように、力強く頷いた。


「遠神さん。君の考えを聞いた上で、僕からの意見を言わせてもらう。……遠神さんのその恋が成就するように、僕にも手伝わせて貰えないかな?」

「……はい?」


 私は自分の耳を疑った。

 てっきり真澄くんのことは諦めろ的なことを言われると思っていたんだけど……聞き間違いかな? 日高くんは今、私の恋を手伝うって言った?

 つい先日も似たようなことがあったから、デジャヴったのかな?


「信じられないかい? だったら手を貸す証明として、一つ提案をするよ。……遠神さんは可能なら真紘に告白したいと言っていたけど、正直それは難しいと思う。恋をしないと決めて以来、真紘はこと恋愛に関して妙に敏感になっているからね」

「告白の機会を設けることすら難しいということですか? 私も同感です」


 どうして真澄くんが私に日高くんを紹介したのか? 今ならわかる。

 真澄くんはしたくもないラブコメをせずに済むように、私を日高くんに押し付けたのだ。


 本当、失礼極まりない。乙女心を何だと思っているんだ。

 そんな彼が、告白を匂わせる呼び出しにみすみす応じるとは到底思えない。


「そこでなんだけど……真紘の計画を阻止するだけじゃなくて、寧ろ利用して告白イベントに持っていくっていうのはどうかな?」

「真澄くんの計画を利用して、告白まで持っていく? そんなことが本当に出来るんですか?」

「遠神さんは、どうして真紘の口車に乗ったんだい? 自分を売り込むチャンスも、機を伺う時間も、たっぷりある筈だよ?」

「確かに……今の私のポジションなら、従順なフリをして、油断しきっている真澄くんを誘導することが出来るかもしれません。日高くんは、天才ですか?」

「遠神さん程じゃないけど、成績は良いんだよ」


 しかしこれから私は真澄くんを落とす為に日高くんと手を組み、日高くんを落とす為に真澄くんと手を組んでいる演技をしなければならないのか。……ややこしいな。考えただけで、頭が痛くなる。骨も折れそうだ。

 でも、それで少しでも真澄くんと恋人同士になれる確率が上がるのならーー。


 いつか後悔しない為に、今出来ることを全てやっておきたい。


「日高くんの提案を採用しましょう。お力添え、よろしくお願いします。でもその前に、一つ確認しなければならないことがあるんです」

「何だい?」

「日高くんは、真澄くんの友達ですよね? なのにどうして、私を助けて真澄くんを陥れるような真似をするんですか?」


 これまでの日高くんの話を聞く限り、彼に真澄くんのような利己的な目的はない。純粋に、私の恋を応援してくれているように思える。


 じゃあ、それは何で? 親友の真澄くんより、今日初めて話したと言っても過言ではない私を優先する理由は? 

 日高くんを信用していないわけじゃないけれど、尋ねずにはいられなかった。


「別に、陥れようとしているわけじゃないんだけどね」


 日高くんは、頭をかきながら続ける。


「真紘はラブコメが嫌いだ。だからラブコメをしたくないって言っているけど、僕にはそれを理由に恋愛から逃げているようにしか見えなくてね」

「恋愛から逃げている、ですか?」

「うん。失恋以来真紘は、自分から女子と関わろうとしない。それどころか、恋愛に発展しないよう露骨に避けている節もある。そんな真紘だから、好きになってくれる女子なんて現れず、本当に二度と恋愛が出来なくなるんじゃないかと思ってた」

「それは違います。私がいます」

「そう、遠神さんがいた。君は今、真紘のダメなところを理解して、それでも真紘が好きだと言ってくれた。そんな女の子、この先現れないかもしれない。だからこの機会を逃しちゃいけない。僕は遠神さんというより、真紘を助けたいと思っているんだよ。真紘に幸せになって欲しいと思っているんだよ。……遠神さんには、申し訳ないけどね」

「……」

「どうしたの、遠神さん?」

「いいえ、何でも。ちょっと妬けちゃっただけです」


 だって、私以上に真澄くんを想っている人間がいたのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ