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遠神爽香の好きな人

 結論から記そう。私、遠神爽香が好きなのは日高くんではなく、真澄くんだ。


 それも私の恋を全力で応援してくれる姿に惚れたんじゃない。初めから、それこそ真澄くんに「日高くんのことが好きだ」と嘘をつくずっと前から、彼のことが大好きだった。


 恋の始まりは特別だというのがラブコメの定番だが、私の恋は全然高尚な始まり方をしていなかった。

 劇的でもなければ、情熱的でもない。精々非日常に片足を突っ込んだ程度の、所詮は何気ない日常。それでも――

 私にとっては、到底忘れることの出来ない特別な日常の一コマなのだ。


 時は一年と数ヶ月前に遡る。  


 天気はカラッとした冬晴れで、顔に当たる北風が言葉にならないくらい冷たくて。あまりの寒さに、手先や足先の体温が下がっている。

 夏の近付く今の時期からしたら、その寒ささえ恋しく思えてしまう。そんな冬のある日のこと。


 入学試験を受ける為、当時中学生だった私は森峰高校にやって来ていた。


 地元の生徒数の少ない公立中学校とは違い、私立高校の敷地は広大で、設備も充実している。一年以上も通っていればその広さも当たり前になってくるのだが、当時の私からしてみたら迷宮に迷い込んだ感覚だった。


 だから案内の貼り紙があったにもかかわらず、私は初めて訪れた校舎でものの見事に迷ってしまったのだ。


「えーと……ここはどこなんでしょう?」


 受験票には駅から森峰高校までの地図は記載されていても、校舎内の見取り図までは記されていない。だというのに私は、受験票と睨めっこしながらその場で立ち尽くしていた。


「どうかしたのか?」


 そんな私に、一人の男子が話しかけてきた。――その男子こそ、真澄くんだ。


「あっ……」


 私は小さく声を漏らした後、


「実は迷ってしまって」


 恥ずかしいという感情を、この時の私は持ち合わせていなかった。試験開始時刻までに席に着かなければ。焦燥感だけが先行する。


「受験教室は?」

「それもまだ……」

「そうか。受験票を貸してみろ」


 私は彼に受験票を見せる。


「あぁ。この受験番号なら、1年B組だな」

「B組ですか。ありがとうございます」


 お礼を言って、私は1年B組の教室に向かおうとする。……って、1年B組ってどこだろう?

 なにせ今自分がどこにいるのかすらわからないのだ。結局私はそこから動けなかった。


 対して彼は歩き出す。数歩進んで、そして一度立ち止まり、こちらに振り返った。


「何してるんだ? 行くぞ」


 最初は何を言っているのかわからなかったけど、すぐに私を1年B組の教室まで案内してくれるのだと察した。


 制服は、森峰高校のものじゃない。彼も私同様、受験生なのだろう。

 きっと彼も1年B組が試験教室で、向かうついでに私を案内してくれているんだと思う。

 ともあれ親切な人がいてくれて良かった。危うく試験も受けられず不合格になるところだった。


 彼に案内されて1年B組の教室に着いたのは、試験直前。他の受験生は皆余裕を持って着席していて、空いている席なんて一つしかなかったから、自分の席はすぐに見つけられた。


「あそこじゃないのか?」

「だと思います」


 念の為机に貼られているシールの受験番号と受験票の受験番号が一致しているのを確認する。……うん、この席で間違いない。


 ギリギリとはいえ試験開始時刻に間に合ったことを安堵した後で、私はここまで案内してくれた彼にお礼を言った。


「ありがとうございました」

「気にするな。お互い試験頑張ろうな」

「はい。また四月に、入学式でお会い出来るのを楽しみにしています」


 私は席に着く。

 少し急いでシャーペンと消しゴムを準備していると、ふとある事実に気が付いた。


 この教室で唯一空いていた席に私が座ったのなら、彼は一体どこで試験を受けるのだろうか?

 答えは簡単だ。彼の受験教室は、1年B組ではない。それでも彼は、私をここまで案内してくれたのだ。


 自分が試験に遅れてしまう可能性があるにもかかわらず。


「あのっ」


 勢いよく立ち上がり、声を発した時には手遅れで。丁度彼は1年B組の教室から出て行くところだった。


 引き戸が閉まる。私の声は、もう届かない。

 立った時の勢いは、どこへやら。私は引き戸を見つめたまま、ゆっくりと座り直した。


 名前、聞きそびれちゃったな。どこの中学なのかも。

 お礼を言えたのは良かったけど、本音を言うと、もうちょっとお話していたかった。


「……また会えるでしょうか?」


 きっと、そう遠くないうちに会えるだろう。具体的には二か月と少し経った頃、森峰高校の入学式で。

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