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放課後の校庭の呼び出しで、ラブコメの神様が何も仕掛けないわけがない

 放課後。俺は圭一の指示に従い、グラウンドにやって来ていた。


 ホームルームが終わってすぐに教室を出たので、グラウンドにはまだ野球部員の姿は見られない。練習着に着替えたり道具の準備をしたりしているのだろう。

 もう10分もすれば、グラウンドは野球部員でいっぱいになる筈だ。その前に用事を済ませたいし、圭一もそのつもりだと思う。


「さて、どこで待っていようかな」


 サードからホームベースへ向かって、グラウンドの外周を歩いていく。すると、バックネット裏に一人の生徒が立っているのが見えた。


「……あれ?」


 しかしバックネット裏に立つその生徒は、圭一ではない。遠目でもはっきりと、そのことがわかる。


 圭一にしては、身長が小さすぎる。髪が長すぎる。それらも一種の判断材料ではあるけれど、それ以上に。

 男子生徒の圭一は、制服のスカートなんて穿かない。


 俺はバックネット裏に近付いていく。そこにいたのは――遠神だった。


「どういうことだ……?」


 野球部とは縁もゆかりもない遠神が、どうしてグラウンドでさも誰かを待っているように立っているんだ?


 俺は圭一に呼ばれていて、だからグラウンドには圭一がいる筈で。しかし実際はその圭一の姿がなくて、代わりに遠神がいる。それって……。


 頭の中に、最悪のシナリオが思い浮かぶ。

 ……いやいや、ちょっと落ち着け、俺。遠神は別件でここにいるだけで、俺が呼び出されたこととは全く関係ないのかもしれないだろ。

 何でもかんでも自分に不都合なラブコメに結びつけるのは、悪い癖だ。


 バックネット裏は予約済みみたいなので、別の場所で圭一を待つとしよう。俺はくるりと体を180度回転させて、来た道を戻ろうとする。


「真澄くん!」


 ……撤退失敗。俺は再度体を回転させて、遠神の方を向いた。


「日高くんにグラウンドに来るよう言われたんですよね?」

「そうだけど……どうしてそれを遠神が知っているんだ?」


 圭一との朝のやり取りの時には、遠神はまだ登校しておらず、教室にいなかった。圭一の呼び出しを、遠神は知らない筈だ。


「さあ? どうしてでしょう?」


 小悪魔的な笑みを浮かべながら小首を傾げる遠神の仕草を見て、あぁそうか、俺ははめられたのだと悟った。


「圭一はここに来ないんだな?」

「はい。真澄くんに用があるのは私。私が日高くんに頼んで、真澄くんを呼び出して貰ったんです」 


 遠神はあっさりと白状する。


「圭一と話したのか?」

「日高くんは友達ですから。友達と話すのは、おかしなことですか?」

「いや、おかしなことじゃないんだが……」


 圭一からしたら、俺も遠神も同罪だ。

 俺からのメッセージはことごとく無視するのに、遠神とは普通に会話しているなんて、そんなことあり得るだろうか? 


 その件については、もう二人で話し合って、誤解も解き、仲直りしたとか? それとも……初めから誤解も仲違いも存在しなかったとか?

 それとも……まさかとは思うが、遠神のいる308号室を圭一が訪れるという修羅場は、偶然ではなく必然的に発生したイベントだった?


 ビーッビーッビーッ!


 俺の中で、警告音が大音量で鳴り始める。ラブコメ警報の発令だ。


 聞き間違いだろうか? 遠神のやつ、さっきから圭一のことを「日高くん」って呼んでいないか? ファーストコンタクトのお昼休み以降、彼女は徹頭徹尾「圭一くん」呼びを貫いていた。


 単純に呼び間違えただけ? こんなに何回も? 遠神に限って、そんなわけあるか。


 ……どうにも、雲行きが怪しくなって来た。嫌な予感がしてならない。


「圭一が来ないなら、俺は帰るぞ」


 俺がグラウンドに来たのは圭一に呼び出されたからであって、断じて遠神と話をする為じゃない。彼女と話すことなんて、何もない。


 不要な会話はラブコメを発生させるだけ。俺は早急にこの場からの離脱を図った。


「逃げるんですか?」


 俺の考えを見透かしたように、遠神は呼び止める。


「約束も守らずに、逃げ出すんですか? そんなの、男らしくありませんよ」

「約束って、何のことだ?」

「バッティング勝負で日高くんに負けたペナルティ、忘れたわけじゃありませんよね?」

「あぁ、そのことか」


 無論、忘れてはいない。


「あの時真澄くんは、圭一くんからの呼び出しに応じて、話をきちんと聞くと約束してくれました。その約束を、反故にするつもりですか?」

「反故にするも何も、きちんと聞くと言ったのは圭一の話であって……」

「それはおかしいですね。呼び出すのは圭一くんでも、誰の話とまでは言っていないですよ?」

「そんなことは……」


 圭一の発言を一言一句覚えているわけではないので、「そんなことはない」とは言い切れなかった。


 遠神にも、同様のことが言える。

 ボイスレコーダーで録音していたわけでもなし。故に、遠神が自身の発言を証明する手立てもない。だけど――


 現状、遠神と圭一が手を組み何かを画策していたのは明白で。だとしたら、圭一がそのくらいの罠を仕込んでいてもおかしくなかった。


「でもそれは、わざわざ言う必要がないから言わなかっただけであって。常識的に考えろ、常識的に!」

「真澄くんが勝手に勘違いしただけですよね? 常識という言葉を使って、自分を正当化しないで下さい」

「……っ」


 勢い任せの俺の反論に、遠神は冷静に対処する。

 準備や対策なしの口喧嘩で遠神に勝てないことは、強制登校イベントや押し掛け晩御飯の経験で既に学んでいる。


「真澄くん、私について来てくれますよね?」


 そして今回も、最終的には彼女の要求を飲むことになるとわかっていた。

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