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華のターン

 空が茜色に染まり出し、ダブルデートの終わりが近づいてくる。デートの最後を締め括るのは、華さんお勧めの場所だ。


 四人の中で唯一成人している彼女は、俺たちをどこに連れて行ってくれるのだろうか? 大人の女性らしく、綺麗な夜景を見下ろせる高級レストランとか、お洒落なバーとかかな? 俺たち未成年組はお酒飲めないけど。


 映画館という俺の選択を非難したんだ。カラオケやゲームセンターのようなありふれた行き先は選ばないだろう。


 期待に胸を膨らませながら、俺は見慣れた道を歩いていく。…………ん?

 俺は立ち止まり、辺りを見回す。


「この道って……」


 見慣れているも何も、この道は毎日通る最寄り駅から308号室への帰り道。そして308号室の近くにあるのは――。


 俺は大事なことを失念していた。彼女は大人の女性である前に、蘇芳華という一人の人間だ。高級レストランやお洒落なバーも好きなのかもしれないけど、それ以上に『すおう亭』が大好きなのだ。


「少し早いけど、夜ご飯なんてどうかしら?」

「構わないよ。でも、最初のデートで男を実家に連れて行くか、普通?」

「あら、両親への挨拶なら、とっくの昔に済ませているでしょう?」

「まぁ、そうなんだけど……」

「それに新常連獲得のチャンスだもの。無駄になんて出来ないわ」


 流石は経営学部。流石は未来の『すおう亭』店主。抜け目がない。


 遠神と圭一の同意を得てから、華さんを先頭に『すおう亭』に入店する。


「華に真紘くん、おかえりなさい! 後ろの二人は、いらっしゃい!」


 注文を取っていた蘇芳母が、元気良く俺たちを出迎えてくれた。


「おかえりなさい……?」


 遠神が俺を見ながら、首を傾げる。


「小さい頃から通っているから、華さんの両親からは息子同然に思われているんだよ」


 仕事の忙しい母さんの代わりに俺の授業参観や三者面談に来た時は、マジで驚いた。実のところ森峰高校への進学を提案してくれたのも、蘇芳の両親だったりする。


「事前に連絡を貰っていたから、奥のテーブル席を確保しておいたわよ」

「ありがとう、お母さん」


 蘇芳母にお礼を言った後、華さんは俺たちを一番奥のテーブル席に案内する。卓上には『予約済み』と書かれた、即席間丸出しの紙が貼られていた。


「今水を持ってくるわね」


 チラッと、華さんは俺を見る。……はいはい。手伝えってことですね。


 俺は無言で立ち上がる。

 華さんがグラスに水を注ぎ、俺がそのグラスを運んだ。


「注文が決まったら教えてね」


 いつのまにか華さんは、俺の彼女役から『すおう亭』の看板娘に戻っていた。


 隣同士座る遠神と圭一が、二人で仲良く一つのメニュー表を見る。俺はいつも通りメニュー表に触れようともしない。


「蘇芳さん。僕は親子丼をお願いします」

「日高くんは親子丼ね。真紘と遠神さんは?」

『とんかつ定食でお願いします』


 ……注文が被った。ついでに声もハモった。

 俺と遠神が顔を見合わせる。


「真似するなよ」

「真似なんてしてません。私の方が0.1秒早く注文しました。なので真澄くんの方こそ、真似しないで下さい」


 小学生か。


「女子なのにとんかつみたいな脂っこいもの食べて良いのか?」

「それは男女差別ですよ。生憎私は太らない体質なので、心配無用です」

「あぁ……」

「何ですか、その人を憐れむような目は? 取り敢えず胸部まで落とした視線を上げて下さい。不愉快です」


 嫌だよ。だって今視線を上げたら、遠神めっちゃ睨んでるじゃん。


「あなたたち、つまらないことで喧嘩しないの。同じものを頼んだって、別に良いじゃない」


 そう嗜める華さんは怒るというより、呆れているような様子だった。


「それはそうなんだけど……」


 席が隣になったり隣の部屋に越してきたりと、最近何かと不自然な偶然の続く遠神相手なので、ラブコメの神様が裏で糸を引いているんじゃないかと、つい勘繰ってしまう。


「親子丼にとんかつ定食が二つに、私はサバの味噌煮定食にしようかしら。出来上がるまで、お喋りでもして待っていてね」


 それからおよそ15分。

 圭一の親子丼、俺と遠神のとんかつ定食、そして最後に華さんのサバの味噌煮定食という順番で、テーブルに運ばれる。


 四人全員の注文が揃うと、華さんも一旦休憩。俺の隣に腰掛けた。


「いただきます」をして、俺が最初に味噌汁を啜ると、


「味はどう? 味噌汁は、私が作ったんだけど」


 華さんが味の感想を求めてくる。


「もう最高。毎日でも作って欲しい」

「え、毎日お店に通ってくれるの? 常連割で、お安くしとくわよ」

「金取るんかい」


 感想に織り交ぜたさりげないプロポーズは、いとも容易く躱された。


 ふと遠神の食事の手が止まっていることに気が付く。彼女は箸を宙に浮かせたまま、ジーッとこちらを凝視していた。


「何だ、遠神? 物欲しそうな目をしても、あげないぞ? これは俺のとんかつと味噌汁だ」

「同じメニューを頼んだんですから、要らないですよ。どんだけ私は食いしん坊キャラなんですか。そうではなくて」


 遠神はとんかつを一切れ摘むと、


「真澄くん、私の料理ではそんな顔しませんでした」


 はむっ。豪快にも一口で食べた。


「……どうして不貞腐れているんだよ?」

「べっつにー。不貞腐れてなんかいませんけどー」


 いや、どう見ても不貞腐れているだろうがよ。「べっつにー」とか言うタイプじゃないだろ、お前。


 味噌汁を啜った次は、メインのとんかつだ。

 俺のとんかつの食べ方は少し独特で、ソースではなく醤油の入った容器に手を伸ばした。


『あっ』


 全く同時に、遠神も醤油に手を伸ばす。そして触れる二人の手。

 とんかつに醤油とか、そんな珍妙な食べ方をする奴がこんな近くにいたのかよ。嫌な偶然だな。


「真澄くん、先にどうぞ」

「いや、醤油は遠神が使ってくれ」


 俺はソースを手に取る。


「醤油とソースを間違えただけだから」


 醤油とソースの容器は、似ても似つかない。一見の客なら兎も角、小さい頃から通い詰めている俺が間違えるわけがなかった。


 俺がとんかつにソースをかけると、案の定華さんが眉をひそめて訝しんでいた。

 当然だ。彼女は俺がとんかつに醤油をかけることを、昔から知っている。

 しかし特に何も言ってこなかったので、俺から掘り返すこともしない。


 ソースのかかったとんかつも、凄く美味しい。だけど言い知れぬ違和感があったのも確かだった。


 美味しい食事に舌鼓を打つだけでなく会話も楽しみ(主に俺の子供の頃の、それも恥ずかしいエピソードばかりだったのが、納得いかないが)、そしてあっという間に時間は過ぎていく。七時を回ると、常連客が次々と来店して、『すおう亭』も徐々に混み始めてきた。


「だいぶ混んできましたね」

「この時間になると、いつも『すおう亭』は満席になるからな。今から大体30分くらいがピークタイムだ」


 厨房で何種類もの料理を一度に作る蘇芳父。カウンターと各テーブル席との間を忙しなく何往復もする蘇芳母。そして俺の隣で、手伝いたそうにウズウズしている華さん。


 ったく。お店を手伝いたいならそう言えば良いのに。どうせクソ真面目に「今日は一日ダブルデートに付き合うことになっているから」とか考えて、言い出せずにいるのだろう。


 ……仕方ないから、一肌脱いでやるか。


「なぁ、皆」

「どうしましたか、真澄くん?」

「美味しい料理に落ち着いた空間……名残惜しい限りだが、店内も混んできたし、そろそろお開きにしないか?」


 華さんを想っての提案にいち早く反応したのは、他ならぬ華さんだった。


「お店自体を貸切にしているわけじゃないし、そこまで気を遣わなくて良いのよ? ゆっくりしていって」

「でも華さん、お店を手伝いたいんでしょ?」

「そっ、そんなことは……」


 そんなことはない。とは言わせない。


「嘘付け。さっきから注意が散漫しているくせに」

「……バレてた?」


 華さんは俺だけでなく、遠神と圭一にも確認を取る。二人は遠慮気味に、頷いた。


「うぅ……そんな……」


 羞恥に悶える華さんも可愛い。

 今はデート中で恋人同士って設定だから、ギュッてして良い? ここは定食屋だから、いっそ華さんも食べちゃって良い?


「そういう責任感の強いところ、華さんの長所だと思うよ」

「ちょっと、真紘。恥ずかしいから、二人の前でベタ褒めしないで」

「褒めてはいるけど、ベタではない」


 ベタ褒めがご所望なら、悶死必至な歯の浮くようなセリフをガトリング銃の如く吐きまくるぞ? 華さんとなら、どんなセリフを口にしても、それこそ「愛してる」と叫んでもラブコメに発展しないし。


「はいはーい。お二人さん、僕たちを忘れてイチャイチャしない。お腹だけじゃなく、胸もいっぱいになっちゃったよ」


 おっと、いけない。ダブルデートではあるが、今日の主役はあくまで遠神と圭一。最後の最後でそのことを忘れるところだった。


 店外に列が出来始め、冗談抜きでお店が混み始めたので(いつもより繁盛している気がする。きっとこれもラブコメの神様の企てだ)、この日のデートはいよいよお開きとなった。

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