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真紘のターン

 全国展開しているイタリアンレストランで昼食を済ませて、ダブルデートは後半戦に入る。とうとう俺の番が回ってきた。


 皆をどこに案内しようか? 午前中、ダブルデートを楽しみながら、ずっと頭の片隅で考えていた。そして選んだのは、映画館だ。


「映画って……ねぇ」


 華さんが、何やら同意を求めるように圭一と遠神を見る。


「……まぁ」

「真紘らしいといえば、真紘らしいですけど」


 下手に冒険するより無難にいこうと思って選んだ映画館は、あまり好感触ではなかった。


「何だよ。文句があるなら聞くぞ」

「文句ってわけじゃないんだけどね。……時間を潰そうとしているのが丸わかりよ」


 映画ならば、ただ席に座って鑑賞しているだけで二時間程度稼ぐことが出来る。つまり到着と同時に俺の役目も終わるわけで。

 ぶっちゃけた話楽をしようとしたわけだが、そんな安直な考えは、皆に見透かされていた。


 きっと遠神も圭一も、映画館という選択肢を思い付いていただろう。それを選択し、実行するかどうか。そこが俺と彼女たちの差だ。


 デートといえば、定番はラブストーリーということで。話し合った結果、現在日米で大ヒットしているという洋画のラブストーリーを観ることになった。


 上映までまだ時間があったので、人数分の飲み物とポップコーンを二つ(それぞれのカップルで一つだ)購入する。


 やがてスクリーン開場の放送が流れるなり、俺たちは係員にチケットを提示して入場した。

 俺たちの席は、真ん中より少し下段。気持ち顔を上げなければならないが、首が疲れる程じゃない。


 大ヒット映画の、それも日曜昼間の上映回だ。四人並んで席が取れただけ、運が良かったといえよう。

 左通路側の端から圭一、遠神、俺、華さんの順番で座る。


 上映中は、お静かに。私語もスマホも、勿論イチャイチャも厳禁だ。

 ……あっ、でも手を繋ぐのはOKだよ。上映作品がラブストーリーだから、寧ろ推奨されるべきだよ。だから遠神と圭一は、積極的に相手の手に触れていこう。

 共通の肘掛けに手を置いたら、偶然二人の手が重なってしまうなんて、まさにラブコメディじゃないか。


 今後上映予定の映画の予告映像が流れ、そろそろ飽きて眠くなってきたなというタイミングで周囲が一層暗くなり、本編が始まる。


 主人公キャサリンは職場の先輩であるジェームズに想いを寄せているのだけど、ジェームズはキャサリンをまるで意識していない。どうにかしてジェームズを振り向かせたいキャサリンは、わざと彼に嘘の恋愛相談を持ち掛けて、接点を増やし、徐々に自分の魅力に気付かせていく。映画はそんな内容の恋愛奮闘記だった。


 恋愛相談は、その人物の魅力を熟知していなければ到底出来るものじゃない。王道には程遠いキャサリンの策略は、とても効果的だといえた。


 ほら、上映開始20分足らずでジェームズはキャサリンを意識し始めちゃってるし。フラグ立ちまくりだし。


 物語が佳境に入ったところで、上映前に購入したアイスコーヒーを飲みすぎたらしく、催してきた。

 時刻を確認すると、上映時間はまだ40分程残っている。……我慢出来ないな。


 今ジェームズが自身の気持ちを自覚する重要なシーンなんだけど……背に腹はかえられない。上映前に済ませておかなかったことを悔やみながら、俺はトイレに立った。


 用を足し終えスクリーンに戻る道中、入れ替わりでトイレに向う遠神と出会した。……丁度良いや。


「遠神」


 俺は遠神を呼び止める。


「どうだ、調子は?」


「別に体調は悪くないですけど」みたいな、古典的なボケは要らないからな?


「まずまずと言ったところですかね。圭一くんとは、それなりに会話も出来ていますし」


「そうか」と返した後、俺は一番大事なことを聞く。


「楽しいか?」

「楽しいです」

「それは何より。楽しめてるってだけで、このデートは大成功だ」


 願わくば、圭一も遠神と同じ感想を抱いていて欲しい。


 キャサリンの全力の恋に感化されたのだろうか。この時ばかりは、デートが俺のラブコメ回避作戦の一環だということを忘れて、純粋に遠神の恋の成就を祈った。


「ところで真澄くん、一つお聞きしても?」

「何だ?」

「蘇芳さんなんですけど……」

「華さんのこと?」


 華さんの言動に、おかしなところでもあったのだろうか? 


「そうです。……真澄くんは、あの人のことが好きなんですか?」


 質問内容は華さん自身のことではなく、俺が華さんをどう想っているのかということ。要するに俺のことじゃねーか。


「……圭一から何か聞いたのか?」

「いいえ、圭一くんからは何も」


 遠神は否定する。


「でも見ていればわかります。だって真澄くん、蘇芳さんと話す時だけ口調や態度がまるで違うんですもの」

「……マジで?」

「はい。蘇芳さんと話している時の真澄くんの口調って、どこか柔らかいんです。態度だって、なんだか甘えているような……」


 ……自分じゃ気付かなかった。


 華さんとは幼馴染みだから、つい弟として接してしまうのだろう。きっとそれが、口調や態度に現れているのだ。


『すおう亭』の常連を含め、今まで華さんと会話しているところを多くの人に見られてきたが、そのような指摘を受けたのは初めてだ。


 遠神の観察眼には舌を巻く。だけど、一つ大切な部分を勘違いしている。


「俺は華さんのことが好きなんじゃない。好きだったんだ」


 そう。全ては過去の話。

 今の俺は、恋をしていない。これからだって、する気はない。


「それって……」


 遠神はハッと、何かに気付いたような顔になる。

 どこかのバカ暁良が流し回った「真澄真紘がフラれた」という噂。遠神はそれを耳にしているのだから、誰にフラれたのか察してもおかしくない。


「あの、ごめんなさい」

「謝る必要なんてない。終わったことだ」


 だからといって、根掘り葉掘り詮索欲しいことでもないが。


「なあ、遠神。キャサリンみたく俺も華さんに恋愛相談をしていたら、フラれずに済んだと思うか?」

「それは……」

「答えなくて良い。答えなんて、わかりきっている」


 現実はフィクションとは違う。

 たとえキャサリンを真似たとしても、彼女のように一生懸命恋をしたとしても、結末は変わらなかった筈だ。


「恋愛なんて、するだけ無駄なんだよ」


 気付けば俺の意識は映画から現実へと引き戻されていて。遠神の恋愛を応援する立場だというのに、ついそんなことを口走ってしまった。


「それでも」


 遠神の目は、しっかりと俺の目を見ている。


「それでも私は、全力で恋をすることが無駄だなんて思いません。私もキャサリンと同じです」


 同じって……。


「映画の登場人物と自分を重ねるとか、戦隊ヒーローになりきる幼稚園児かよ」

「花の女子高生を園児扱いしないで下さい」

「だったらただのバカだろ?」

「失礼な。学年首席ですけど?」

「あぁ、そうかよ。ならバカ呼ばわりされないように、恋を叶えないとな」


 言い残して、俺は先にスクリーンに戻る。


 映画はやっぱり、ハッピーエンドを迎えた。

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