ダブルデート
ラブコメの神様の猛襲溢れる平日は瞬く間に過ぎ去り、土曜日がやってきた。
天気は一日中晴天らしく、気温も丁度良い。絶好のデート日和といえよう。
朝起きたら季節外れの台風や降雪なんていう嫌がらせを受けて、遠神と圭一のデートが中止になる心配もしていたのだけれども、そこまで常識はずれなことはラブコメの神様もしなかったようだ。
集合時間から逆算し、朝の九時を少し過ぎたあたりに出発する。
マンションを出て、『すおう亭』の前を通り過ぎようとすると、店の前では華さんが立っていた。
「おはよう、真紘」
ひらひらと手を振る華さん。
今日のコーディネートは、ぴったりフィットした春用ニットに、濃紺のジーンズ。ニットの裾をジーンズの中に入れているので、体のラインがくっきり表れていて。肌の露出は少ないのに、なんかこう、物凄くエロい格好のように思えてしまう。どうしよう……超絶可愛い。
「先に行っててくれて良かったのに」
「待ち合わせがしたかったの。その方が、デートっぽいでしょ?」
え、何この人? 超絶を通り越して、悶絶可愛いんですけど。
……と、危ない危ない。フラれたのもラブコメと絶縁したのも忘れて、思わずもう一度告白してしまうところだった。
「今朝はきちんとご飯を食べて来たんでしょうね?」
「華さんに怒られた次の日、買い出しに行ってきたからね。因みに今朝は、目玉焼きを食べました」
「それならよろしい。……どうする? 手でも繋ぐ?」
そう言って、華さんが手を差し出してくる。
「魅力的な提案だけど、遠慮しておくよ。俺たちのデートは、あくまで口実なんだから」
理由はともかく、手繋ぎを遠慮したいのは事実だ。今の精神状態で華さんと触れ合ったりなんてしたら、欲求に負けてしまう。
バッドエンド確定の華さんとのラブコメが、また始まってしまう。
「そう……」
どこか寂しそうに手を引く華さんを見て、胸がチクリと痛む。それでも華さんにフラれた時の痛みに比べれば、蚊に刺された程度だ。
俺たちは幼馴染みの距離を保ったまま、歩き出した。
遠神と圭一との集合場所は、駅前のロータリー。目印の時計台の前に着くと、なんともお似合いな美男美女カップルが一組。遠神と圭一は、既に到着していた。
「よう」
軽く手を上げる俺に、遠神と圭一はそれぞれ「おはようございます」、「やあ」と返す。そして。
「こんにちは」
『こっ、こんにちは』
ダブルデートするとは言っていたが、相手が華さんとは言っていなかったからな。見知らぬ年上美女の登場に、遠神も圭一も戸惑っている。
「どうも、初めまして。真紘のセフレです」
「おい、何ちゃっかりとんでもない嘘ついちゃってんだ。一度たりともすることさせてもらった覚えはないぞ」
小さい頃から数え切れない程同じ部屋で夜を明かしたというのに、だ。
すぐさま反論したというのに、圭一と遠神は真面目に捉えたようで。自分たちとはまだ縁遠い単語に、顔を赤らめていた。
「セッ、セフレ……」
「真紘って、僕の思っていた以上に大人だったんだね。勿論、下半身的な意味で」
虚しくなるだけだから、その「聞いちゃいけないことを聞いてしまった」的な反応やめろ。
俺は恨めしそうな目を華さんに向ける。
「華さん。自分の嘘には、きちんと責任持ってよね」
「わかってるわよ」
クスクスと笑いながら答える華さん。反省の色が全くない。
「セフレっていうのは嘘。反応が可愛くて、つい揶揄っちゃったの。ごめんなさいね」
「揶揄うって……ハハハ」
こういった扱いをされることに慣れていない圭一は、苦笑いをするしかなかった。
「改めまして。私は蘇芳華。真紘の幼馴染みよ。日高圭一くんと遠神爽香さんよね? 真紘から話は聞いているわ」
「あぁ、あなたが」
華さんの自己紹介を聞いて、圭一が納得したように頷く。
「僕も色々聞いていますよ。うん、聞いていた以上に美人なお姉さんだ」
このイケメンは、どうしてサラッとそういうことが言えるのだろうか? 美人とか可愛いとかは、隣の遠神に言え。
ただスタイルに関しては、NGだぞ。本人も気にしているから。
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
華さんは圭一の耳元に顔を近付ける。
「因みに真紘、私の悪口とか言ってなかった?
「聞いたこともありませんね。それどころか、いつもいつもベタ褒めです」
ヒソヒソ話なら、せめてこっちに聞こえないようにやってくれよ。「今夜空いてる?」じゃなくて良かったけど。
華さんはニヤニヤしながらこちらに振り返る。
「へぇ。ベタ褒めだったの」
「……事実をありのまま言っただけだよ」
華さんには不満も文句もない。欠点すら愛おしく思える。だからあれだけ恋焦がれたのだ。
「あの!」
半ば蚊帳の外だった遠神が、突然声を上げる。
その表情は、「面白くない!」と訴えかけていて。どうやら華さんと圭一が仲睦まじくしているのが、我慢出来なかったようだ。ったく、可愛い奴め。
俺を含め三人の注目が、遠神に向けられる。
「いつまでもこんなところで話し込んでないで、そろそろ移動しませんか?」
「……お喋りなら、歩きながらでも出来るものね。それで、今日のデートはどこへ行くつもりなの?」
尋ねられた俺は、圭一を見る。
「デートプランなら、圭一が考えてきてくれているんだろ?」
いきなりのパスに圭一は、「えっ!?」と驚きの声を上げる。
「真紘が計画を立てているんじゃないのかい? ダブルデートを提案してきたのは真紘だし、てっきりそういうことだと思っていたんだけど……」
俺も圭一も互いに互いがデートプランを立てているものだとばかり思い込んでいて、つまるところ、現状ノープランだった。
『……』
女性陣からの「嘘だろ、こいつら……」的な視線が痛い。
そして運の悪いことに、俺も圭一も女の子と遊びに行く経験なんてないに等しく、即席でデートプランを構築出来なかった。
「……仕方ない。あいつに頼るか」
俺はスマホを取り出す。デートのことなら、デートのプロの知恵を拝借すべきだ。
俺は考え得る限り最もデートに精通しているであろう知り合いに電話をかけた。
4コール目が鳴り終わろうかというタイミングで、電話の相手は出た。
『真紘か? どうした?』
「暁良。ちょっと聞きたいことがあって電話したんだが、今大丈夫か?」
『あぁ。少しだけなら』
「実は森峰高校のリア王と名高いお前に相談があってだな。……デートって、どこに行けば良いと思う? そういうの、お前詳しいだろ?」
『デート? もうラブコメはしねぇって言っていたお前が? 随分あっさり宣誓を撤回するんだな』
「……うるせーよ」
ラブコメしたくないという俺のスタンスは変わっていない。これは俺ではなく、遠神のラブコメだ。
しかし遠神の名前を出すわけにもいかず、苦し紛れの反論しか出来なかった。
『相手は?』
「個人情報保護の観点から、伏せさせて貰う」
『成る程。俺の知っている人間ってわけか』
これだから下手に知恵の回る奴はやりづらい。元中の友達とか、適当に誤魔化しておくべきだった。
『まっ、言いたくないなら詮索しないけど』
暁良が深く追及してこなかったのが、せめてもの救いだ。
「で、どうなんだよ? 女の子を喜ばせるのに、最適なデート場所ってどこだ?」
『そうだなぁ……』
暁良は電話の向こうで考え込む。
『真紘って、一人暮らしだったよな?』
「そうだけど……それが?」
『なら真紘の自宅に女を呼べば良い。それが一番女の子を喜ばせられるデート場所だ』
「自宅? トランプや人生ゲームでもするのか?」
ショッピングやアミューズメント施設みたいな回答を期待していたんだけど……自宅とは、少し拍子抜けだ。
『何言ってんだ? 高校生は、ラブホに入れねーんだよ。だから親のいない自宅で……』
お前が何言ってんだよ。
気付くと俺は、『切』ボタンを連打していた。相談する相手を間違えたな。
通話を終えた(というより強制的に終了させた)俺に、圭一が尋ねる。
「今の電話の相手、暁良だよね? どう? 何か収穫あった?」
俺は首を横に振る。
「いいや、留守電だった」
「思いっきり会話してたよね!?」
華さんのセフレ発言で顔を赤らめるような純真無垢な奴らに、どうして大人のお家デートを提案出来ようか? だから留守電で、暁良とは話していない。それで良いのだ。
救援要請もまるで頼りにならず、もう手詰まりかと思い始めたその時、「ちょっと良いかしら?」と華さんが俺と圭一の会話に割り込んできた。
「まだ予定は決まっていないのよね? だったら私に提案があるんだけど?」
流石は華さん! 最後に頼れるのはあんな粗大ゴミではなく、幼馴染みのお姉さんだ。
「提案って、これからの行動についてだよね?」
「えぇ。……四人それぞれのオススメの場所に行くっていうのはどうかしら? 初めてのデートだし、まずは相手のことを知るべきだと思うの」
ナイスアシスト! 思わずそう叫びたくなった。
俺と華さんは互いのことを熟知していて今更な提案だが、あくまで今回の主役は遠神と圭一。二人はまだ、互いのことをよく知らない筈だ。
俺の称賛に気付いた華さんが、してやったりとウインクをする。俺は脇腹のすぐ横で、グッジョブと親指を立てた。
大まかな一日の計画は決まった。しかしここで、新たな問題が浮上する。
最初に誰のオススメの場所に行くのか、だ。
「華さん、一番手はどうやって決める?」
もし男からと言われたら、すかさず圭一を売るつもりだ。
「それはもちろん、これしかないでしょう?」
華さんは拳を握って、顔の高さまで上げる。
「……殴り合い?」
「バカね。じゃんけんに決まっているじゃないの」
「だよね。良かった。華さんと遠神に手を上げるなんて、いくら何でも出来ないからさ」
「えっ、僕は?」
圭一が自身を指差す。
野郎に容赦はしない。自分の利の為、問答無用で戦争だ。
「はいはい、そこの男二人。公共の場で、物騒なこと始めようとしない」
ファイティングポーズを取っていた俺と圭一は、華さんに嗜められる。
『……はい。ごめんなさい』
「わかればよろしい。……それじゃあいくわよ。覚悟は良い? 最初はグー」
華さんの音頭に、俺たちも合わせる。
『じゃーんけーん……』