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振り返りは大切

 その日の夜。一日の終わりにやることといえば、その日の振り返りに他ならない。

 予習復習が大切だという歴代担任たちの言葉を、俺はラブコメというジャンルで初めて実感していた。


 それでは、本日の振り返りは? 反省するべき点は? そんなものはないだろう。

 昼休みの計画はうまくいった。昨日のミスを帳消しにしても、お釣りがくるくらいの成果だ。


 まったく、素晴らしい作戦を立案したものだ。自分の軍師ぶりが恐ろしいね。そんな自画自賛を何度も繰り返す。

 あのラブコメの神様に一泡吹かせたことが、無性に嬉しかった。


 まだ完全にラブコメを回避したわけじゃない。遠神と圭一が付き合い始めるまでは、油断は禁物だ。


 だけど……少しくらいなら、浮かれても良いよね? よーし、今夜は祝杯をあげるとしよう!

 そう思い立って冷蔵庫を開くと、悲しいことに、中はすっからかん同然だった。調味料が無造作に放り込まれているくらいで、ペットボトルの一本すらない。昨晩飲んだウーロン茶が最後だったようだ。


「そういやこのところラブコメ主人公回避作戦を考えるのに忙しくて、全然買い物に行けていなかったな」


 毎週欠かすことのない卵の特売も、昨日はうっかり忘れてしまっていた。


 時間的に、スーパーはまだ開いている。でも今から買い物に行って、料理をして、食べて、片付けて……それは少し面倒だな。


 出来合えの弁当を買えばいくらか工程を短縮して楽出来るけど、どうせなら温かいご飯が食べたいしなぁ。

 昨晩遠神手作りのカレーライスを食べたせいで、一層手料理が恋しくなっている。


 となれば、よし。選択肢は一つしかない。

 今夜は『すおう亭』に行くとするか。


 俺がブレザーの内ポケットから財布を取り出して、308号室を出ようとすると、


 ピーンポーン。


 ……あー、はいはい。こうも連日続くと、いい加減お決まりの展開すぎてツッコむ気にもなりませんよね。


 丁度出かけようと玄関に来ていたところだから、タイミングが良かったのかもしれない。


 俺は玄関のドアを開ける。

 来訪者は、やはり遠神だった。


「来ちゃった」

「来ちゃった、じゃねぇよ」


 お前は通い妻か。


「こんな時間に男の家を訪ねるところを、知り合いに見られたらどうするんだよ? 圭一が好きなら、もうちょっとその辺に気を遣えって」


 同じような注意を、昨夜もした気がする。


「だって……真澄くんの連絡先知らないんですもの」


 ……言われてみれば。


 これまでの作戦会議は登校中や夕食中で、面と向かってのものだったから、連絡先を交換する必要を感じていなかった。

 なので連絡先を交換するのをすっかり忘れていたのだ。いやマジで。


 連絡先の交換もまた、ラブコメの定番イベントの一つ。だけど俺と遠神の関係性を鑑みれば、交換することによって生じるデメリットよりも、交換しないデメリットの方が大きい。


「計画について話し合いたい」と、ことあるごとに学校で呼び出されたり、今みたいに自宅に押し掛けられるのは迷惑だ。それらは周囲に誤解を生み、あらぬ噂が立つ確率を上げるだけである。だったら――


「俺がQRコードを表示させるから、お前が読み込んでくれよな」


 俺は遠神と、連絡先を交換した。

 メッセージアプリの、『友達』一覧。この羅列の中に華さん以外の女の子の名前が表示されるなんて、思ってもみなかった。


 俺はスマホをしまうと、


「それで、今日は何だ? 夕食の誘いなら、ノーだぞ」


 見たところ大鍋は持っていないようだし、全くの別件と見るべきだろう。

 俺の予想は、的中していた。


「違いますよ。今夜は長居するつもりありません。報告に来ただけです」

「報告?」

「はい。実は今度の週末、圭一くんとデートをすることになったんです」


 詳しく聞くと、俺がトイレに行っている最中に話が盛り上がり、「もっと沢山お喋りがしたいね。じゃあ週末に二人で会おうか」という運びになったらしい。


 こんなに早くデートの約束を、しかも圭一の方から誘わせるなんて、順調に計画が進んでいる証拠だ。

 それに圭一の呼び方も、いつのまにか「日高くん」から「圭一くん」に変わってるし。


 寧ろ順調過ぎていて気味が悪くもあるけれど、良い意味でのイレギュラーなわけだから、特に気にする必要はないと思う。ラッキーと、ここは素直に喜んでおくことにしよう。


「まぁ一緒に遊びに行こうと言われただけで、デートと明言されたわけではないんですけどね」

「安心しろ。それを一般的にデートって言うんだよ」


 互いに少なからず好意を抱いているのなら、デートと称して差し支えないだろう。


「それでですね、デートに臨むにあたって、真澄くんにお願いがあるんですが」

「避妊具なら持ってないぞ」


 女の子を家に泊めるとか、そんなラブコメイベントを俺が許容する筈ないだろうに。故にそういった道具は常備していない。


「最初のデートで何最後までやらせようとしているんですか。そうじゃなくて、真澄くんもデートについてきて欲しいんです」


 ついてきて欲しい? こいつは何を言っているんだ? 


 ……あぁ。遠くの柱の影とかで見守って、時々アドバイスが欲しいってことか。電話……だと楽しいデートに水を刺しちゃうから、さっき交換したばかりのメッセージアプリでも使うとしよう。


「あっ、勘違いしないで下さいね。遠くで見守って欲しいとかじゃなくて、デートに参加して私と圭一くんの仲を取り持って欲しいんです」

「普通に勘違いしてたわ」


 イチャイチャしている二人をすぐ側で見守るソロの男子高校生。

 何だ、その光景。悲しすぎる。惨め以外の何者でもない。


「嫌だって言ったら?」

「一人でデートを乗り切る自信がないんで、残念ですが週末の誘いは断ります。非常に残念ですが」


 遠神は胸の前で、大きくバッテンを作る。ほとんど脅迫じゃねーか。 

 折角デートまで漕ぎ着けたというのに、こんなくだらない理由でふいにするなんてバカらしいにも程がある。


「……俺のことは空気同然に扱ってくれよ」


 結局またも、俺が折れる形になってしまった。

 

 宣言通り、今晩の遠神は報告だけして帰っていった。


 その後デートの集合時間や待ち合わせ場所と共に、『土曜日はよろしくです!』というメッセージが、スタンプ付きで送られてきた。


 スタンプは、何やら愛らしい神様のキャラクター。遠神だけに。

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