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作戦変更!

 一緒に登校というリスクを冒してまで立てた『日高圭一の理想の女の子に大変身作戦(仮)』は、俺が圭一の好みを聞き出すという第一段階から失敗に終わった。


 とはいえ俺は、たった一度の失敗で諦めるような男じゃない。諦めも悪ければ往生際も悪い。そんな男だ。

 時を変え場所を変え言葉を変え、どうにかして圭一の女性の好みを聞き出そうと試みた。……が。

 結局その後も大した成果はなく、一日が終わってしまった。

 なんとも幸先の悪い初日だろうか。出鼻を挫かれるとは、まさにこのことだ。


 帰宅した俺は日中の授業の復習をしようと参考書とノートを開きながらも、終始上の空で。自分のせいで計画が破綻しかけているという罪悪感に苛まれて、まるで集中出来ていなかった。


 一体何がいけなかったのか? 至らなかった点を反省した上で、明日以降どう行動すべきなのか? ページも繰らずペンも動かさず、そんなことばかり考えている。

 遂には椅子の背もたれに体を預けて、天井を見上げ始めた。


「本当、どうするかなぁ……」


 直球勝負では、圭一に軍配が上がる。付け焼き刃の変化球も、まるで通用しない。

 そうなると、未だかつて誰も見たことないような魔球で意表を突かないことには、望む答えは得られないだろう。


「……って、そんな高等テクニックがあったら、こんなに苦労も苦悩もしないっての」


 ハハハと、俺は渇いた笑いを漏らした。

 そんな俺の笑いに呼応するかのように、インターホンが鳴る。


「この図ったようなタイミング……まさか……」


 偶然を運命へと昇華させるのは、奴の十八番だ。そう、あの忌々しいラブコメの神様の。

 俺はモニターを確認することなく、玄関に向かう。ドアを開けると、案の定、来訪者は遠神だった。


「やっぱりお前かよ」

「さっきぶりです、真澄くん。夕食のお裾分けに来ました」


 一人前にしては明らかに大きな鍋を軽く持ち上げながら、遠神は言う。

 鍋の中身は、見なくとも匂いでわかった。カレーだ。


「あっ、そういうの間に合ってるんで、結構でーす」


 女子の手作り料理なんて、安易に口にしてたまるか。ケーキみたく甘いものは別腹ならぬ別枠だが、程よくスパイスの利いたカレーは論外である。

 入室はNG。俺はドアを閉めようとした。


「待って下さい」


 閉まりかけたドアに、遠神はガッと足をねじ込む。そしてもう一度カレー鍋を掲げて、


「つい作り過ぎちゃったんです。食べるの手伝って下さい」


「この前一緒にケーキ食ってやっただろ?」。そんなニュアンスを含んだつもりかもしれないが、いやいやその鍋のサイズで「つい作り過ぎちゃった」はないだろう。明らかに確信犯じゃねーか。


「アポなしでいきなり来られても困るって。こっちにも色々都合があるんだよ」

「もしかして、もう食事を終えちゃいました?」

「……いや、まだだけど」


 外に食べに行くつもりだったので、用意すらしていない。


「でしたら、問題ないですよね?」

「問題大ありだよ!」

「誰かに勘違いされるから?」

「それもあるけれど! そもそもひとり暮らしの男の家を訪ねるとか、どういう神経してるんだよ?」


 昨夜は308号室に俺だけが住んでいると知らなかった。だから仕方ない。

 でも、今は違う。今の遠神は、308号室に俺しか住んでいないと知っている。知っている上で、部屋に上がろうとしている。

 年頃の女の子にしては、軽率な行動と言わざるを得なかった。そういうのは、大人の女性になってからにしなさい。


「クラスメイトの家に行くのに、何を警戒しろって言うんです? それとも真澄くんは、私に何かするつもりなんですか?」

「しないけど」

「なら、安心ですよね?」


 ニコーッと、遠神は笑顔を見せる。

 なんでかなぁ。この笑顔を前にすると、何を言っても意味がないように思えてしまうんだよな。

 蛇に睨まれた蛙というと些か語弊があるような気もするが、身動きが取れなくなることに変わりない。


 角部屋とはいえ、ここは集合住宅。玄関先で騒いでいては、ご近所迷惑だ。


「……飯食ったら帰れよな」


 今朝の登校同様、またも俺が折れる形となってしまった。


「いくらなんでも、泊まっていくほど図々しくありませんって」


「お邪魔します」。遠神が308号室の敷居を跨ぐ。わかってんじゃねーか。マジで邪魔だよ。


 同じマンションの同じ改装の部屋ということもあり、307号室(遠神の部屋)と308号室(俺の部屋)はほぼ同じ間取をしている。308号室は角部屋なので、窓が多めに付いている。違いなんて、それくらいだ。


 靴を脱いだ遠神は、勝手知ったると言わんばかりに迷うことなくキッチンへと足を進めた。


「カレーを温め直したいんで、キッチンをお借りしても良いですか?」

「構わないけど、俺猫舌だから熱々にしないでくれよ」

「わかりました。温かい程度にしておきます」


 遠神は大鍋に火をかけ始める。


「……俺は米の用意でもするか」


 パックのご飯なら、備蓄していたものがあった筈だ。ついでにインスタントのスープも。

 電気ケトルに水を入れ、お湯が沸くのを待っていると、


「フフフ~ン♪」


 遠神の鼻歌が聞こえてきた。

 自分の家のキッチンと錯覚して、つい歌ってしまったのだろうか? だとしたら、お気楽なものだ。


 好きでもない男の家に単身上がり込んで、鼻歌交じりで楽しそうに料理をしている。こんな状況を圭一に見られたら、致命傷どころの話ではない。即死だろうに。


 チンしただけのご飯を深皿に盛り付け、遠神手作りのルーをかける。隣にはお湯を注いでかき混ぜただけのインスタントのスープと、市販のウーロン茶。簡素ではあるが、夕食の支度が終わった。


『いただきます』


 俺はまずカレーを頬張る。


「お味はどうですか?」

「ん? 美味いぞ。やっぱりレトルトとは全然違うな」


 丹精込めて作ってくれた料理を手抜き前提のレトルトと比較するのは、ちょっと失礼だったか? しかし遠神に、気にしている様子はなかった。


「良かった。もしかしたら甘すぎたかなって思っていたんです」


 寧ろ「美味い」と言われて、喜びさえ感じている。


「辛かろうが甘かろうが関係ないだろ。美味いカレーは美味い、それだけだ」

「ですね」


 口を潤したかったのか、遠神はスープを啜る。


「熱っ」


 だろうな。だからスープはある程度冷めるまで手を付けないんだよ。


 食事中にバカ騒ぎするのは高校生として気品にかけるが、全くの無音というのも味気ない。そんなの、一人で食事しているようなものじゃないか。

 俺はテレビの電源を付ける。丁度『巷で話題のカレー特集』なる番組がやっていたので、チャンネルを変えずにそのままにしておいた。


「あっ、この店前に入ったことある」とか、「チーズとバターと蜂蜜を入れるんですか!? 女子の天敵じゃありませんか!」みたいな会話を交わしながら、俺たちは食事を進めていく。

 ひとり暮らし不満があるわけじゃないけれど、たまにはこうして誰かと食卓を囲むのも悪くない。今夜は久し振りに充実した夕食になった。


 ペロリとカレーライスを完食すると、


「おかわりどうですか?」

「お願いするわ」

「はい、お願いされました」


 二杯目のカレーライスが出されると、俺は一杯目と変わらないペースで口に運んでいく。

 その様子を、遠神はテレビそっちのけでニコニコしながら見ていた。


「……っ」


 向けられた笑顔で、俺はギューッと胸を締め付けられるような痛みを覚える。どうしてそんな顔が出来るんだよ……?


 俺はスプーンでカレーをすくい、だけどそこで手を止める。


「……悪かったな」


 笑顔から一転、遠神は鳩が豆鉄砲を食ったようにキョトンとなった。


「え? 何がです?」


 俺がどうして謝ったのか、本気でわかっていないようだった。


「何がって……圭一の好みを聞き出すのに失敗したことだよ」


 任せとけと大見得を切ったくせに、なんたるざまだろうか。まったくもって、情けない。

 自己嫌悪真っ只中の俺に対し、遠神はというと、


「あー」


 ようやく思い出したかのように、気の抜けた声を上げるだけだった。


「そのことでしたか」

「寧ろそれ以外に何があるって言うんだよ?」

「朝電車の中で、私の胸を触ったこととか?」

「それについては不可抗力ってことで双方納得したじゃねーかごめんなさい」

「結局謝るんですか」


 そりゃあ、下手に刺激して「やっぱり通報」なんてのはゴメンだからな。


 手のひらを返した俺を、遠神は愉快そうに笑った。


「冗談ですよ。怒ってなんていませんし、なので真澄くんが謝罪する必要もありません」

「……胸を触ったことに、か?」

「両方に対して、です」  


 両方……それが朝電車の中で胸に触れてしまったことと、圭一の好みを聞き出せなかったことを指しているのは、言わずもがなだった。 


 遠神の表情に、口調に、嘘をついている様子は見受けられない。俺を気遣っている感じもない。彼女の言葉は額面通りというわけだ。 


「まぁ、もうちょっと上手く聞き出せなかったのかと苦言を呈したいところもありますけどね。何ですか、あのド直球な質問は?」

「……すみません」

「でも、朝の一件以降も何度もチャレンジしてくれたみたいですから、努力点くらいはあげますよ。それに……日高くんのあの様子では、真澄くん以外の誰がどんな聞き方をしてものらりくらりと躱されて、望む答えは得られなかったでしょう」

「そうなのか?」

「そうですとも。……気付きませんでしたか? 日高くん、わざとすっとぼけたんですよ?」 


 まるで気が付かなかった。が、遠神のこの推測を、俺は不思議とすんなり受け入れられた。

 モテる圭一は、この手の質問をもう何度もされているはずだ。対処法を常日頃から用意していたっておかしくない。 


「もしかすると日高くんは、真澄くんの背後に私という第三者がいることを見抜いていて、その上で「今は誰とも付き合う気がない」と牽制をしていたのかもしれませんね」

「いやいや、それは流石に……」


 あり得ないとは、言い切れなかった。  


「そう考えると、質問したのが真澄くんで良かったんでしょうね。私が直接聞いていたら、はっきり拒絶される可能性がありましたから」

「気付かないうちに大ピンチに陥っていて、偶然九死に一生を得ていたってことか?」

「有り体に言えば。ですのでこれからは、一層慎重に事を進めなければなりません」


「そこで!」。遠神はスプーンの先をこちらに向ける。  


「私から、一つ提案があります」

「提案?」

「はい。計画を大幅に変更しませんか?」

「計画の変更か……」


 俺はスプーンに乗せたままにしていたカレーを口に運び、食事を再開させる。しばらく放置していたせいか、ルーが若干渇いていた。 


「確かに一歩目から盛大に躓いていて、立ち上がったところでまたすぐに躓くのは目に見えている。そんな現状で計画を進めても、完遂が難しいのは明白だよな。……で、具体的にはどんな風に計画を変えるんだ?」

「計画を変えると言いましたが、実際に変えるのは方向性です。その結果、計画も変更せざるを得ないというか」


 どう説明したら最も簡潔且つ明瞭に伝わるか、遠神は一瞬思案してから続ける。 


「私が日高くんの好みに合わせるのではなく、日高くんの好みを遠神爽香という女の子に合わせて貰うんです」

「ややこしい言い方だな。要するに圭一の好みの対象を遠神爽香に変えちまおうってことか?」

「ザッツライト」


 遠神はまた音の鳴らないフィンガースナップをする。


「理解が早くて助かります。その理解力を勉強に活かせれば、赤点を取ることもなくなると思いますよ」


 余計なお世話だ。


「今朝私が「恋愛は商品開発と類似している」と言ったのを覚えていますか?」

「沢山いる女の子の中でたった一人の特別な女の子になる為には、相手の求める女の子になることが必要不可欠……みたいな感じだったか?」

「みたいな感じです。でもそれって、日高くんの好みのタイプがわからない現状では成り立たない理論なんですよね」

「相手の好みを知らなかったら、好みに合わせるもクソもないからな」

「というわけで、人事異動です」


 ……。この女は、またわけのわからないことを言い始めた。

 商品開発やらマーケティングやら人事異動やら、どんだけ会社大好き仕事大好きなんだよ。学生の頃からそんな思想をしていたら、将来は立派な社畜になること間違いなしじゃないか。隣人として、心配になってくる。


「今このときをもちまして、私は商品開発担当から営業担当に変わります。遠神爽香という女の子を、日高くんに売り込むんです。そこで一つ、真澄くんにお願いしたいことがあるのですが……」


 そう言うと、遠神は途端にもじもじし始める。


 空調は効いているし、カレーがべらぼうに辛いということもない。だというのに、遠神の顔が赤くなっている。……一体どれほど恥ずかしいお願いをされるのだろうか?

 俺が身構えていると、


「私のセールスポイント、つまりは長所って何だと思いますか?」


 ……長所を聞くだけで赤くなるとか、どんだけ初心なんだよ。まぁ俺も異性に「格好いい」とか言われたら、多少は照れたりするけれど。


「遠神の長所か……髪とかまつ毛じゃねーの?」

「そうですよね。自慢の黒髪は長くてサラサラしていますし、まつ毛も人より長いと自負しています。お陰でほら、お目々もぱっちり! ……って、ちがーう!」


 堅苦しい優等生キャラとは裏腹に、思った以上に長めのノリツッコミ。正直驚いた。ある意味これも長所じゃね?


「物理的に長い部分じゃないですよ。私の魅力は何かって聞いているんです」

「そんなことはわかってるけどよ……」


 わかっているからこそ、わからなかった。答えられなかった。

 考えてもみろ。俺と遠神は去年からクラスメイトではあったものの、昨日初めて会話をしたようなものなんだぞ。

 遠神の好きな食べ物は? 得意な教科は? 休みの日は何をしている? 俺は遠神のことを、ほとんど知らない。知っていることと言えば、遠神が圭一を好きだということくらいだ。

 大して知らない奴の長所なんて、答えられるわけがない。


「しいて挙げるとしたら、可愛いところ、頭が良いところ、大人っぽいところ」 


 だから取り敢えず、一般的に長所になりそうなものを指折り列挙した。


 可愛いのも頭が良いのも大人っぽいのも、決して嘘じゃない。客観的に見て事実だし、どれか一つくらいは自覚あるだろう。


「全くその通りなんです」

「……は?」


 一つどころか、まさかの全面肯定。思わず耳を疑った。


「女性への褒め言葉を挙げれば、大抵当てはまってしまう。私って、なんて末恐ろしい女なんでしょう。しかしだからこそ、どれを一番のセールスポイントにすれば良いのか迷ってしまうのです」

「何その強キャラ発言。一度で良いから、言ってみたいんですけど」


 しかもその発言、自惚れなんかじゃないんだよなぁ。加えて、


「長所が多いのもそうだが、お前って欠点らしい欠点もないよな」

「そうですか?」

「あぁ。お前みたいな一見完璧超人には、実はコミュ症みたいな欠点が一つくらいあるものなんだが……」


 遠神には、それがまるで見当たらない。

 ……いや、一つだけ、誰の目から見ても明らかな欠点があるか。


 俺は遠神の残念なくらい貧相な胸部に目を向ける。不可抗力とはいえ、この手で触れたからわかる。B……と言ってあげたいところだけど、頑張って贔屓してもAが限界だった。


「真澄くん」


 名前を呼ばれて、俺は遠神の胸部から顔に視線を戻す。


「元気いっぱい?」

「胸ちっぱい。……あっ」


 やべぇ、口が滑った。

 遠神の奴、俺の視線に気付いて自白させようと誘導したのかよ。


「……やっぱり、胸を見ていたんじゃないですか」

「……はい」

「何か言うことは?」

「……圭一に揉んで貰えば、きっと大きくなるさ」


 シュパッ。遠神の手から放たれたスプーンが、俺の頬をかすめる。

 ディナーがカレーで良かった。もしステーキやハンバーグだったら、ナイフを投げつけられていたもの。

 俺は食事を中断させて、その場で土下座をした。


「ごめんなさい」

「……本当に反省していますか?」

「はい、もちろんですとも」

「でしたら、私の欠点ではなく長所を答えてください。成果を出して、今のセクハラを帳消しにしてください」

「……はい」


 それが罰だというのなら、甘んじて受け入れるしかない。

 俺はありすぎる遠神の長所の中で、何をセールスポイントにするべきか思案を巡らせる。


 容姿も学力も大人っぽさも、遠神の魅力であることには変わりないんだけど、どれも抽象的すぎて決定打に欠ける。

 だけど具体的な長所を模索するには、まだ彼女との関係が浅すぎる。俺が遠神について知っていることなんて、たかが知れているぞ?

 そうすると、やっぱり容姿や頭の良さをアピールしていくしかないのかなぁ。


 苦悩している内に、二杯目のカレーも食べ終わろうとしていた。……って、あれ?


「なあ、遠神」


 俺はカレーライスを指差す。


「お前って、ケーキやカレー以外にも料理作れたりする?」

「えぇ、まあ」

「例えば?」

「シチューでもコロッケでもハンバーグでも。余程手の込んだメニューでなければ、大抵のものは作れますよ。毎日自炊をしているので、その賜物でしょう」

「そうか……」


 俺は残っていたカレーを口の中にかき込む。ウーロン茶も飲み干し、「よし!」と意気込んでから、


「料理が上手いってのは、大きな長所になるよな?」

「確かに料理の出来る女性がタイプだという男性は、統計的に見ても多いようですね」

「あぁ。かくいう俺も、料理の得意な女性に弱い」

「そっ、そうなんですか……」


 どうしてそこでお前が赤くなる? 俺の言う料理の得意な女性っていうのは、華さんのことだ。


「圭一の理想の女性は終ぞわからなかったが、料理の出来る女の子が嫌いなわけもないだろう。だからそれを武器に、圭一にアプローチを仕掛ける。具体的には、そうだなぁ……明日弁当を作ってこい」

「お弁当ですか?」

「そうだ。そしてその弁当を持って、昼休み中庭に来ること。俺が圭一と昼飯を食っているから、偶然を装って話しかけるんだ。「あら、日高くんと真澄くん。ご機嫌麗しゅう」って」

「どこのお嬢様ですか。普通に話しかけますよ。……ですが真澄くんの言いたいことは、大体理解しました」


 皆まで言わずとも作戦の全容を把握するとは、学年首席の肩書きも伊達じゃない。ちゃんと音の鳴る指パッチンをしながら「ザッツライト」と言ってあげたい気分だ。


「そうやって日高くんとの接点を作るわけですね」


 前言撤回。何もわかってなかった。


「お前はバカか」

「学年一位ですけど?」

「現時点ではな。もし学校の試験に恋愛って教科が追加されてみろ。お前は確実に赤点だぞ。漏れなく俺の同類だ」

「え? 絶対ヤダ」


 真顔で嫌がるなよ。傷付いちゃうだろうが。


「昼休み、中庭で俺と圭一に話しかけたお前は、何を持っている?」

「何をって……お弁当?」

「そうだ。遠神爽香という女の子の魅力がたっぷり詰まった、この上なく美味なお弁当だ。だとしたら、圭一に食べさせない手はないだろう」


 料理が上手いだけでは何の意味もない。手料理を食べて貰い、「美味しい」と言われて初めて、料理上手という長所は洗練された武器となるのだ。


「私の料理を食べたら、日高くんは私を好きになってくれるでしょうか?」

「弁当一つで成就する程、恋愛は簡単じゃねーよ。だけど意識させるきっかけにはなる。なにせ明日の遠神が作ってくるお弁当には、今晩のカレーには入っていない特別な調味料があるんだから」


 俺は胸の前で、ハートマークを作る。


「愛情っていう調味料がな」

「……」

「……何か言ってくれよ」

「言っていて恥ずかしくないんですか?」

「うん、結構恥ずかしい」


 ちゃっかりキメポーズまでをしたものだから、恥ずかしさ倍増だ。


「時に日高くんって、食べられないものとかありますか?」


 好みのタイプはわからないが、それくらいなら知っている。なにせ俺は、圭一の親友だからな。


「虫や化学薬品を混入してある料理はNGだと思うぞ。ネットで叩かれちまう」

「嫌いな食べ物的な意味で聞いたのですが」

「だからそういう意味でも答えたつもりなんだが?」


 要するに、嫌いだからって理由で女の子の手作り料理を突き返すようなクズじゃないってことさ。圭一は見た目だけじゃなく、性格もイケメンなのだ。


「わかりました。でしたら私の得意料理を、最大限美味しく作ってくるとしましょう」

「その意気込みだ。勝負は明日の昼休み。圭一のハートを射抜く前に、胃袋を掴む!」

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