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その8 「野人転生」ー 生き足掻く輝き ー


 最初に大事だと思うことを書いておく。

 ・言うべきことが何も無いときには「言いたいことが見つかりません」と素直に伝えるべきだ。ただしよくよく考えると、言いたいことが沢山ある場合には、取り敢えず出来るだけ早く、全部話してしまった方が良い。長くても良いから。


 

 異世界の危険性については、これまで多くの作家先生方によって指摘されて来た。

 氾濫する「異世界無双モノ」に嫌気がさした作家先生方により、本来は「不遇な状況」に置かれた主人公に対する救済であった異世界が、即死も辞さない地獄と化して久しい。


 生きやすい環境や、自身に有利過ぎる強さ、便利過ぎる能力、ご都合主義的な出会い、ドラマチック過ぎる展開、アクが強すぎる登場人物。

 こういった要素は実のところ「異世界モノ」だけが持っているわけでも無く、他の人気作品も、それこそ少年誌をはじめとするコミック作品から、老舗の出版社が出す渋い小説までが持っている。


 全く逆の要素にしても作品は成り立つ。

 治安が悪く貧しい環境、人間の範疇を出ない強さ、生活には多少便利な能力、地獄に仏的な出会いと残酷な別れ、アクが強いというより人間的悪を体現した登場人物。

 異世界テンプレを土台にしながら、逆の要素を描くことで、成功した作品がある。


 今回のドクショカンソウブンはおそらくこういったアンチテーゼ的作品の中でも、先行者に入るのではないかという作品について書いてみる。(この辺はニワカの勝手な思い込みなので、先行者と言ったらこれだろ! という作品が他にあったら、どうかご容赦願いたい。)



 「野人」先生の「野人転生」だ。


 私がこの作品を魅力的だと思う理由は、上記の「逆要素」として挙げたが、もう少し具体的に書き出して以下に並べてみる。

 書き出したそれぞれの内容について、どうしてそう思うのかを述べていきたい。


 1.世界の管理者(神)による致命的失敗が無い。


 2.本来の意味での「中世ヨーロッパ風」の作品舞台。


 3.「等身大では無い」主人公の人間としてのしたたかさ。


 以上について、ストーリーや作品内の描写を交えつつ、どういう事なのか説明したい。




 1.【世界の管理者(神)による致命的失敗が無い】について

 

 この作品は異世界テンプレを一応土台にしている。

 主人公:野崎人志(通称:野人)は他人を助ける為に、自分がトラックにひかれて死んでしまう。

 その結果、こちらの世界の管理者である神により異世界に送られる。

 理由は「この世界の神と向こうの世界の神による約束により、お互いの世界の魂を交換している」というものだ。

 

 ものすごく簡潔にあっさり書かれている。

 普通ならもっと重要な目的を出すなり、風呂敷を広げてほしい、とそう思ってしまう読者もいるかもしれない。


 しかしここで、超越者であるはずの神が、風呂敷を広げてしまうのは実は非常に不味い。


 神というのは自身に対処出来ない問題があってはいけない。

 また失敗の調整の為に、他人の被造物を借りて来てもいけない。

 全ての被造物について平等に管理し、単一の種族に肩入れするのも本来は不味いし、そうしたいのであれば、その種族が自然と栄える様に世界が出来ていなければ、全能者でも超越者でもない。


 よくある「自然の淘汰圧を上げまくったら、人間が滅びそうなので、何とかしてほしい」と言ってしまう神は実は「その辺にいるバカ」とたいした違いが無いのだ。


 この作品ではテンプレは「主人公を過酷な状況に叩き込む」ためだけに利用されているに過ぎない。マクガフィンなどになっていない。

 

 管理者が大きな変化を求めないが故に、主人公には会話に困らないための「言語チート」しか渡されない。

 しかもいきなり、文明社会と隔絶した密林に投げ込まれる。


 何故「魂の交換」という約束があるのか、疑問に感じる部分はあるのだが、非常にあっさりした描写と、それに続く主人公の危機的サバイバル生活により、割とどうでも良いこととして流せる疑問になっている。

 



 2.【本来の意味での「中世ヨーロッパ風」の作品舞台】とは何か?


 よくある「中世ヨーロッパ風の世界」というのは実のところ、言われている以上に本来の中世ヨーロッパ世界との解離が激しい。


 ああした比較的治安が良く、豊かで生きやすい世界というのは近世ヨーロッパの方がまだ近いし、無難にただ単に「ヨーロッパ的な」もしくは「RPG的な」とでも表現された方が、今後のためにも良いのではないかと思える。


 さらに「封建制」と「絶対王政」と「皇帝制」が、グチャグチャに混ざった作品もあり(最近はそうでも無くなってきた)、お貴族様のことは詳しく書かない方が良いかもしれない。


 主人公である野人を取り巻く環境は厳しい。


 富と特権が集中する領主は、それを領地にほとんど還元しない。

 故に一般市民は貧しく、治安維持の予算も乏しい様で、犯罪が絶えない。


 鍛冶屋は談合による、高い価格の維持にやっきになっている。

 おそらく他の職業ギルドでも、同じかそれに近いことが当然の事として行われている。


 冒険者はと言えば「武装した日雇い労働者」としての正しい在り方として、同業者への恐喝や暗殺など、職業倫理の欠如した輩が大部分だし、冒険者ギルドは支配者層や富裕層への密告が常態化しているため、この状況に拍車をかけている。

 主人公がサバイバルしなければならないのは、大自然の中だけで無いのは明白だ。


 しかし作品舞台として、中世ヨーロッパに近いのは、むしろこちらの方だと言える。

 貧しくて、危険で、不衛生で、不平等がまかり通るこの環境は、私には耐え難いけれど、だからこそ主人公が魅力的に見えるのだと思う。




 3.【「等身大では無い」主人公の人間としてのしたたかさ】が光る。


 体育会系の人間が「異世界モノ」の主人公をはるのは、比較的珍しいのでは無いかと思う。

 大抵は「引きこもりニート」とか「社畜で過労死」とか「文科系サークル出身者で運動がダメ」などのネガティブな特徴を持っている。


 そういったことを考えると、主人公:野人は充分に人間としては強い、主人公に相応しい、仰ぎ見られるタイプに見える。

 彼は「空手道場で自分を鍛え」「アウトドアを趣味にして、屋外サバイバルの知識も豊富」であるからこそ生き残れている。


 つまり自分が元々持っているもの、鍛練や経験の結果、得たものだけで勝負している。

 この作品は異世界テンプレとして、レベルやスキルという要素を持っているが、それ程に重点を置かれていない。

 

 物語の構成としては

 ①最初に密林に放り出される→腰ミノと木の槍、石で出来たナイフという、ほぼ裸でサバイバル


 ②街へ行って、冒険者として活躍するも、周囲がアレな状態なので、街でもサバイバル


 ③領主または有力者から目をつけられ、これを何とか退けるも、街から逃げざるを得ず、またも屋外でサバイバル


 ④追跡してくる官憲や冒険者を振り払う→身体中に泥を塗り、相手をスニーキングと空手で殺し、金と装備を奪って、新しい街へ向かう


 以上のことを繰り返しながら、この異世界を旅していく。


 物語の構成だけみると、何やら「非情の男」みたいに見えるが、主人公:野人は人間としての弱さもちゃんと持っている。 

 

 野人は生きていくために「仕方なく」自身の倫理観にフタをして「郷に入らば郷に従え」とばかりに、他者の「人間的悪」を許容し、同時に自らの行為も(割と前向きに)受け入れていく。


 同時にそうしなければ、生きていけない自分に嫌気がさすこともあるし、仲間や知り合いと離れなければならない事態に、孤独を募らせることもある(こういった事情でハーレムどころかヒロインも不在)。

 あまりにも寂しいので、子狼を拾って育てていたりする。


 反面、街の衛兵に袖の下を握らせる、薬師ギルドの事務長に、交渉が難しいから素直に泣き付いてみる、などの世慣れた一面も持っている。

 決して無敵ではない者にとって、必須のスキルではないかと思う。


 そしてまた、この世界で美味しいものを探して、それを食べてみたいという、前向きな楽しみを持っている。


 こんな感じで、非常に人間臭く、主人公:野人は描かれている。

 「等身大では無い」本当はスゴい奴なのに、どこか同じ弱さを持っている。

 だからこそ主人公が魅力的に見える。血のかよった生きた人間に見えるのだろう。



 そろそろ文字数が、スゴいことになってきたので、この素晴らしい作品を送り出して下さった「野人」先生に感謝の意を表しつつ、感想を終わりにしたい。


 ※野人先生と言えば、体調を崩されて、入院しておられたとのこと。

 「野人転生」も諸事情により、重版が見送られているそうで、ご本人の状況含めて、心配なところだ。

 心配するなら……では無いけれど、人気が出て、作品の売上が伸びてくれたら良いと思う。

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