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「な、頼むよ、智花! 恋愛マスターのお前にしか頼めない!」
「ええ!? 私が恋愛マスター!?」
再び智花が大声で驚き。
次第に笑顔になっていく。
「そか。それなら仕方ないね」
大きく頷く。
「分かった! この恋愛マスター智花様に任せなさい! 裕介がデートで恥をかかずに済むように、いろいろ教えてあげるから!」
智花が胸を張り、鼻の下を得意気に人差し指を横にして擦った。
裕介はそれを見て内心「やった!」とガッツポーズする。
これで智花とデートできる。
何だか騙してるようで気は引けるが、好きな娘のための練習なのは間違いない。
ただ自分が本当に好きな相手とする、おかしな練習ではあったが。
その日から裕介と智花のデート練習が始まった。
週末に限らず、ほぼ毎日いっしょに行動した。
ゲームをして、映画を観て、ライブに行き、カラオケで唄い…。
「ねえ、裕介」
1ヶ月後のある日。
放課後、人もまばらな学校階段の折り返しスペースで智花が口を開いた。
「いいかげん、裕介の好きな娘が誰なのか教えてよ」
「え!?」
裕介がギクッとなった。
この1ヶ月は本当に楽しかった。
やっぱり智花はかわいいし、性格も良い。
自分との相性も合ってると思う。
このまま付き合いたい。
何なら裕介はもう付き合っているような錯覚に陥る時さえあったのだ。
「だってもう何回も練習してるよ! 私、こんなに協力してるんだから!」
「あ…ああ…」
裕介の眼が泳ぐ。
「これだけ練習すれば大丈夫だよ! 裕介はレベルアップしてる! 私が保証する!」
智花が胸を張る。
「だからそろそろ、その娘にちゃんと告白しなよ」
「ええ!? あー…」
「裕介!!」
智花が裕介の正面に立ち、じっと見上げてくる。
「な、何だよ…?」
「だからー」
智花の眼が吊り上がった。
「さっきから言ってるじゃん! 勇気を出しなよ! それともこのまま告白しないでいるつもりなの!?」
「うっ…そ、それは…」
裕介が怯む。
智花の顔が近い。
ピンク色でかわいらしい唇に、何故だか視線が集中してしまう。
「ちょっと聞いてるの!?」
「ああ…」
「裕介、臆病すぎるよ! やる時はやらないと!」
「やる時…」
「そう! もっと思い切って男らしいところを見せないと、その娘もオッケーしてくれないよ!」
「お、男らしいって何だよ?」
「うーん…」
智花が腕を組み、首を傾げ考え込む。
「えーと…ドラマじゃないからバックハグはいきなりは駄目だし…頭撫で撫では男らしさじゃないよね…」
眉をしかめる。
「そだ、あれは! あれあれ!」
「あれ?」
「壁ドン! 壁ドンとかどう!? その娘も裕介の男らしさを見たら好きになってくれるよ!」
壁ドン…壁ドン…智花に壁ドン…。
裕介の頭の中は一瞬で、自分が智花に壁ドンする妄想でいっぱいになった。
そして智花のピンク色の唇。
気付くと裕介は智花に壁ドンしていた。
「え!?」
智花が眼を丸くする。
「ゆ、裕介…どしたの? また…練習…? ちょっ、急に…急にしないでよ…」
「智花、俺…」
裕介の唇が智花の唇に重なる。
時間が止まった。
どのくらい経ったのか?
実際は一瞬だったのかもしれない。
裕介が唇を離す。
智花は呆然としている。
「裕介………どうして………」
智花の瞳がみるみるうちに潤んでくる。
「しまった」と裕介が思った時には、智花の頬をポロポロと涙が零れ落ちた。
「ひどいよ…裕介…」
「あ…智花、ごめん…聞いてくれ、これには訳があって…俺は…俺が好きな娘は…」
「いやーーーーーーっ!!」
智花のフルスイングのビンタが裕介の頬にクリティカルヒットした。