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小林裕介の頭の中に「マッハチュウチュウ」のファーストアルバム「チキンウインク」の3曲目「絶体絶命チェックメイト」がエンドレスで流れていた。
校舎の屋上。
空は曇天。
落下防止のフェンス前には、こちらに背を向けた1人の女子生徒。
私立高校星雲学園2年F組のクラスメイト、高橋智花。
小柄な身体が微かに震えている。
「智花! ホントにごめん! 俺が100%悪い! 許してくれ!」
裕介は屋上に土下座した。
額が着きそうになるまで、頭を下げる。
ああ!
まったくどうして、こんなことになっちまったんだ!
「絶体絶命チェックメイト」の歌詞と裕介の心境が完全にシンクロした。
「『マッハチュウチュウ』いいよねー」
後ろで束ねた黒髪を揺らし、智花が瞳を輝かせる。
「私は『逆転タングステン』が1番好き。裕介は?」
「俺は『絶体絶命チェックメイト』だな。イントロとサビ、めちゃくちゃカッコいいだろ?」
「うんうん、分かるー」
放課後、お互いに別々の用で残っていた2人が下駄箱で偶然に出逢い、いっしょに帰る流れになった。
6月初旬の夕暮れ。
蒸し蒸しするが、このところ何日もぐずついていた天気が今日は回復していた。
同じクラスになり、すぐに意気投合。
あっという間に友達になっていた。
2人は漫画や映画、音楽の趣味が似ていて、その話でよく盛り上がる。
「『マッハチュウチュウ』の曲みたいな切ない恋愛に憧れちゃう!」
川沿いの土手を歩き、赤い夕陽の光を全身に浴びながら、ふと智花が真面目な顔をした。
裕介の片眉がビクッと震える。
「あ…智花は…好きな奴とか…居るのかよ?」
訊いてすぐに裕介は「しまった」と思った。
これじゃバレバレじゃないか!
「私?」
智花が振り返る。
「居ない、居ない!」
満面の笑みで返事した。
どうやら、こちらの本心には気付かれていない。
裕介は胸を撫で下ろした。
智花はけっこうな天然なのだ。
「裕介は? 好きな娘居るの?」
かわいらしい両眼をキラキラさせて、裕介を見つめてくる。
「お…俺は…」
「あー! そのリアクション!」
智花が興奮する。
「居るんだー! 誰、誰よー!? やっぱり東条さん?」
智花がクラスの美少女の名を上げる。
「ち、ちげーよ!」
「ええ!? じゃあ、誰!? 誰よ!?」
「い、言わねーよ!」
「ええー。何よそれ…気になるー」
智花が口を尖らせた。
「ひ、秘密だ!」
「ふーん。もうデートはしたの?」
「し…してない…てか、誘えてない…」
「そっか。何だか裕介が女の子とデートしてる画が想像できない…」
「え?」
「裕介って子供っぽいから」
「なっ…お、お前だってそうだろ!?」
「あはは、私は大人だよ。デートも経験済みだし」
智花が自慢げに胸を張る。
裕介は一瞬イラッとしたが、急にあるアイディアを思いついた。
「なあ」
「うん?」
「俺の…デートの練習相手になってくれよ」
「ええ!?」
智花が眼を丸くする。
「わ、私が!?」
「ああ」
「ゆ、裕介のデートの練習相手!?」
「俺が好きな娘を誘ってもデートで失敗したら、そこで終わりだろ? だから経験値を溜めてレベルアップしたいんだよ」
「ええー…まだ告白もしてないんでしょ?」
「ああ」
「それなのにデートの練習?」
智花が首を捻る。
「何だか変じゃない?」
「へ、変じゃないだろ!」
裕介は両手を顔の前で合わせて、智花に頭を下げた。
ここまで来たら、もう引き退がれない。




