9 リアラの娼館潜入
リアラ視点
初対面で、変な男だなと思った。
ダイスの事だ。
私みたいな女に近づいてくる男は大体二つに分かれる。
実力不足の身の程知らずか、そこそこ実力がある身の程知らずだ。
ダイスはどちらでも無かった。十分な実力を持っていた。
安心という言葉と無縁で生きてきた私が、それをうっすらと理解したのが山賊の砦での戦いだった。あの時、私は初めて安心して背中を任せた。初対面の男に。
男を連れて歩くなら自分と同程度には強いのが条件だ。守るなんてまっぴらごめんだ。
これから私たちは娼館に潜入する準備を本格的に開始する。
盗賊ギルドの男たちが来てから、半日。街は夜になりつつある。
日が沈み、ガロンは繁華街へと生まれ変わっていく。そして生まれる闇の中では何人かの人が死に、同時に何人かの人殺しが誕生する。ガロンの日々の営みだ。
エマを預かって良かった。不意にそう感じた。
ダイスと私の二人だけでは慣れ親しんだ死の香りの漂う世界へとつい足を向けてしまう。
今回の依頼でも足を踏み入れかかっている。だが、エマが付いてくるということが一つの歯止めになるだろう。
危険になったら死ぬまで戦うのではなく、エマを連れて逃げなければならないのだ。
逃げる。なかなか取らない選択肢だ。
「じゃあ、役割分担だが、リアラが娼婦として潜入、俺、ソフィ、エマは小間使いとして潜入する」
ダイスが私たちに役割を伝えた。
私が娼婦だと? 正気か?
「娼婦はできない。ソフィ代わってくれ」
ソフィは青ざめた。私だって同じ気持ちだ。
「もちろん、娼婦としての仕事は本当にやらなくてもいい。俺たちの動きから目をそらすのが狙いだから、ずっと感じ悪く客を威圧しててくれ。誰も近づけないほどにな」
「なるほど。なら構わない。だがいきなり出向いて雇ってはくれないだろう?」
「安心してくれ。さっき街中で見つけた暗殺ギルドの男が紹介状をくれた。ついでにターゲットの男のことも聞いてみたが、残念ながら知らなかった。お休みしてもらったから生まれ変わるまでは起きないだろう」
どこかに行っていると思ったらわざわざ暗殺ギルドの者を探して紹介状を手に入れていたのか。まめな男だ。
「はいはいっ! 変装はしますかっ!? しますよねっ!」
「わかったわかった。したいんだろ? ソフィに化粧でもしてもらえよ。あとは……リアラは普段化粧をしていないよな? エマと一緒に化粧してもらってくれ。俺はまあ、小ぎれいにしていくよ」
ダイスも普段はぼさぼさで無精ひげの男だからな。小ぎれいにするなら雰囲気も変わるだろう。
私も化粧とかする機会がなかったからな。それなりに変わるかもしれない。
「あの、普通に小間使いをするだけでいいんですか……?」
「ソフィはエマを見ていてほしい。エマはどっかでおとなしく。リアラが陽動で、俺が探る」
ダイスがざっと話をしたところでエマが手を挙げて発言をした。
「ソフィのペルソナは活かさないんですか? 《ペルソナの勇者》のペルソナ!」
「そういえばその二つ名ってどういう意味なんだ?」
「それは私も気になっていた」
仮面でもつけるのか? ダサいな。
「それは、その…………お化粧で顔がよく変わるもので…………」
「あ、そうなのか……ま、これからみんなの化粧をするんだ。好都合だな」
ダイスが適当にフォローする。なんともいたたまれない空気になったな。
せめて魔法で外見が変わるぐらいかと思っていたが。
そうだ、魔法。
「魔法はどんなものだ?」
ソフィも私とダイスの魔法は知っている。エマについても、全部は把握していないかもしれないが、ある程度は知っている。。
これではフェアではない。
しばらくソフィは黙り、意を決したように話した。
「……遮断の魔法です。見えない壁を張って、音やにおい、気配を遮断することが出来ます」
なるほど。あのやたらと薄い気配もその魔法の恩恵か?
いや、違うな。明らかに魔法を唱えていない普段から気配を消す力量が高い。
真の強者がほんのりと気付ける程度の気配だ。これが罠になるわけだ。強者の油断だな。
つまり、魔法を唱えた場合は絶対にそこにいることに気付くことができない。いないと思っていても、そこにいる。
これは凶悪な奥の手だな。
「……どの程度の衝撃まで耐えられるんだ?」
「子供のパンチ程度で破壊されますよ」
「なるほどな。それに化粧も組み合わせれば立派な暗殺者だな」
「はは……そうですよね」
ソフィは力なく笑っている。リアクションも能力も勇者の称号を持つ者とは思えないな。
「そんなことよりソフィ! 化粧を教えてください!」
エマがうずうずしている。本当に好奇心旺盛だな。うらやましい。
「はぁ、じゃあ、リアラさん、エマ、お化粧しましょう。ダイスさんはご自由に」
そしてソフィにお化粧をしてもらった。
途中である程度感覚がつかめたので自分でやろうとしたが、間違いだった。化粧は人を殺すよりも難しい。顔が大変なことになってしまった。
ソフィは半泣きになりながら私の顔を直してくれた。
*
当たり前だが、潜入先は違法な娼館だ。
本来、娼館は都市によって管理され、働く女の素性もそれなりに審査されるが、ここは違法奴隷を扱っている。
正式な開業届けも出さず、働く者も不法に集められているのだ。無理やり娼婦をさせられているわけだ。
暗殺者の女たちは気まぐれに男の前に出ることもあるが、ほとんどは裏でだらだらとしている。嫌になるぐらい汚い場所だ。
その場所で私は今、男たちを威圧していた。
初めはわらわらと男たちが寄ってきていたが、あまりにも鬱陶しくて強めに威圧することにしたのだ。無言で殺気を放てば近付くものはいない。
『美しすぎるし、目立ちすぎる。最高だな』
ダイスは潜入前にそう言っていた。口の軽い男だ。適当なことばかり言う。
だが、確かに私は普段とは全く別人になっていた。
娼館の男たちも、気品あふれる貴族のようだと、中身は何も変わっていないのに私を褒めたたえた。
褒められるのは良いがクサい息を吐くなと思った。殴りたい衝動に駆られるも我慢した自分をほめたい。
今は全員が沈黙し、私に目を向けるものはいない。
しかし、見る者が見れば私が《くびおとし》であることは明白だろう。
なんせここは暗殺ギルドの下部組織の拠点の一つだ。知り合いも来るかもしれない。それを隠すつもりはない。聞かれれば肯定するつもりだ。
目的はダイスから目をそらすことだ。それを第一に考えればわざわざ否定する理由も無いと言うもの。かと言って自ら言うつもりもない。微妙なところだが、流れ任せだ。
他には、接触してくる大物がいれば儲けものだろう。ターゲットの情報を持っているかもしれない。
しばらく、娼館のロビーで適当に男を威圧していた。
周りの女たちは適当に男に捕まって二階の個室に入っていく。
私はずっとロビーで客を睨む係だ。
そろそろ娼館の男たちも怒り出しそうだな。面と向かって怒れるとは思わないが。
ふと、一人の男がこちらを見ていることに気付いた。
大男だ。筋骨隆々とした強そうな男で、周囲の態度からしてもそれなりの地位にあるのだろうことがわかる。
「よぉ、美人だな」
「そうか。お前には関係ないだろうがな」
「はっ、言うじゃねえか。娼婦に身を落としたか? 《くびおとし》」
私の正体を知る者が現れたか。
あまりにも事態に動きが無いから寝るところだった。待ちくたびれたぞ。
「その通りだが。首が落ちることを恐れないのか」
「そう簡単に落とさせるかよ。おい、魔王を渡しな」
ほう、エマの事も知っているか。ターゲットの事も知っているかもな。
しかし、暗殺者ギルドはエマを諦めていないのか。盗賊ギルドに比べると随分と強気だな。恐ろしく強いというターゲットがカギなのか?
「娼館のどこかにいるから欲しければ連れていけ」
「マジかよ……」
ソフィがいれば問題なかろう。ソフィが私やダイスを殺せるとは思えないが、その逆もなかなかに難しそうだ。能力の相性だな。
エマを連れてこの娼館から逃げきるぐらいは造作もないだろう。
「マジだ。それでお前は今からどうする?」
「お前を犯して殺す。《くびおとし》をやったとなれば暗殺者としての名誉もほしいままだ」
下卑た笑みだ。思考回路が単純で幸せ者だな。そもそも暗殺者に名誉などあろうはずがない。
呆れる私に十数人の暗殺者が同時に襲い掛かってきた。
女たちが悲鳴を上げる。
「本気だな。だが殺しては犯せないぞ?」
私を殺すつもりでかかってくる男たちの一人を逆に殺しながら男に言う。
「はっはぁ! 別に殺してから犯してもいいんだぜ!」
吐き気を催すクソだな。
そんなクソの部下から奪ったナイフを使い、敵を斬り殺していく。
ダイスがいないな。どこに行ったんだ。ここまでの騒ぎなんだから出てきてもいいと思うが。
山賊の砦での安心は錯覚だったか。
七割ほど殺したところで、大男が引いていた。驚愕の声が微かに聞こえてくる。
「まさかここまで強いとは。娼婦に落ちぶれた女が……」
大男は裏口らしき扉から外へと逃げだした。部下を置いてだ。部下たちはどうしたものかと色めきだっている。
統制も取れていないし、下部組織にしてもひどい。
私が組織にいたころなら全員処分を選択しただろう。そう思いながら、今日は敵としてその場にいた全員を殺した。
私も大男が逃げた扉を開け、外を追いかける。
暗がりの中に残る微かな汗のにおいが追跡を可能としていた。
そしてそれは途中から血の匂いに変わる。
娼館の裏手の森の大きな岩。木々の隙間から見え隠れする月。それに照らされ、岩の上で男は息絶えていた。鮮血に染まる腹部は強い異臭を放っていた。
気配をひとつ感じて視線を移す。
闇夜に一人の男が立っていた。
紳士然としたその立ち振る舞いは感心に値する。
優雅に歩きながら手についた血をぬぐい、そのハンカチを死んだ大男の顔にふわりとかぶせた。
折り目のついたズボンにシャツ。白髪はオールバックにしており、口髭は綺麗に整えられている。身長は高めで、ダイスと同じぐらいだ。
静かで落ち着いた男だと思った。
歩いているだけだが、滑らかに踊るような体の動き、そして爛々と輝く鋭い目つきからは、どう猛な猫科の肉食獣のような印象を受ける。
反面、その態度は紳士そのものだった。
強い。
「品がない。何よりプライドがない。このままでは余計なことばかりするだろう。周囲を腐らせる前に殺すのが組織にとって一番だよ」
紳士はそう言った。
読んでいただきありがとうございます。
また、感想や評価、ブックマークもありがとうございます。
引き続きよろしくお願いいたします。