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殺しすぎたふたり  作者: 猫村あきら
7/31

7 勇者

「花壇でも造るか」


 ふと思い立ってつぶやく。

 前に少し話題に上がったものの、酒が優先され後回しになっていた。

 部屋の中は荒れ果てているが、外からでも綺麗にしてみよう。


「眠い」

「だろうな。寝てるか?」

「……いく」

「そうか」


 美女は気怠げだが、やる気はあるらしい。

 昨日の朝、ソフィが領主様のところへエマの扱いを伺いに発った後、リアラは夜まで眠り、俺の部屋を訪れた。

 ついにリアラがその気になったのか、そう考えたのも一瞬。冷静に観察すれば手に持つのは酒瓶だった。

 そういうわけで、リアラは昨晩から俺と酒盛りをしていた。

 そしていつものように朝方つぶれ、俺を抱いて寝た。足まで絡ませてがっちりホールドされた状態だった。

 役得だがそろそろ我慢も限界に近い。


「花壇! 造りましょう!」


 エマ嬢は自身の命が何処へ向かうかなど何処吹く風。無関係な花の命を愛でる事に全力を注ぐご様子だ。

 満面の笑みで飛び跳ねている。

 そんな少女を見てリアラは優しく笑った。


「エマも最後に見るのは綺麗なものがいいだろう」


 優しい笑顔とは裏腹に内容はえげつなかった。


「はい! リアラもすごくきれいですっ!」

「わかってるじゃないか」

「えへへ」


 普通ならその凍えるような美貌に萎縮するところだろうが、エマは朗らかに笑っている。


「さ、まずは買い物に行くか」

「ああ……」

「はい!」


 扉を開けると、俺に向かって真っ直ぐ太陽の光が射していた。

 街路樹の下で踊る木漏れ日。風に乗って届けられる何処かの誰かの食事の香り。人々の生活する音、気配。

 盗賊ギルドへと向かった時の、暗く死の匂い漂うスラム街とは違う。いま、この場所には『明るい生』が満ちている。

 僅かに気後れしながら外へと足を踏み出した。


   *


 大都市ガロンは五つの区画にわかれている。東西南北と中央区だ。

 その中心にはトスカート城スカーレットローズがそびえ立つ。華麗にして重厚。その威風堂々とした佇まいには圧倒される。

 小高い丘陵に築かれたその城は、古くは要塞としての機能を持ち堅牢さを誇った。しかし、現在は要塞と呼べるものではない。

 街が広がっていくにつれ城に続く道は整備され、城壁は街を囲うように拡張され続けた。

 今では領主の住まい、政治の中心、権力を誇示するものとしての城でしかない。

 城は街のどこからでも見える。路地裏から、坂の上から、部屋の窓から、公園のベンチから。


 中央区には街の行政を担う貴族や騎士が暮らしている。

 ガロンの北側は険しい山が存在し、防衛的にも優れた立地であるため、北区には貴族ではない資産家や法律家、芸術家が暮らしている。

 逆に南区には下流階級が集中している。そのため、一部がスラムや賭博場、風俗街となっている。

 東区、西区は中流~下流が暮らす。

 街の入り口は西区に存在するため、商業的に最も活発な区画は西区だ。

 何でも屋も西区にある。

 対して、東区は学校や病院、教会など市民に密着した施設が多い。


 俺たちは西区――近所の雑貨屋を適当に巡る。

 昼間に出歩くのは珍しい。だが、たまにはこういうのも良いかと思ったのだ。せっかく傭兵を辞め、何でも屋になったのだ。何でもやってみよう。

 スコップに花に柵。これまで戦場で踏み潰してきたそれらを購入し、事務所兼自宅まで歩く。


 戻ると六人の男たちが事務所の看板の前で下品な言葉を交わしながら笑っていた。何でも屋を馬鹿にするような内容のセリフが聞こえてくる。

 普段ならお楽しみの時間だと思うところだが、真昼間で、しかも新たな生活の象徴を購入した後のこと。

 俺の心を仄暗いものが満たしていく。


「どけ、邪魔だ」

「あん? なんだお前」


 男たちの一人が答える。スキンヘッドの厳つい男だ。派手な装備に身を包んでいる。風貌からして冒険者だろう。


「お前らが入り口をふさいでいる事務所で営業している何でも屋だ……もしかして客か?」


 そう言うと男たちは笑い出した。


「お? おめぇが何でも屋か! おい、ウチの便所掃除でもしてくれんのか?」

「はは、てめぇの家の便所なんて最低ランクの冒険者でも掃除しねえぞ!」

「俺はそっちの女に相手して貰いてぇな! 何でも屋なんだろ? いくらなんだ?」


 口々に言い、笑う男たち。

 全員股間をつぶして捨て置きたいところだが今は昼間。しかも事務所の前ではそうもいかない。

 ちゃんとお答えしよう。


「便所掃除も夜の相手も、貴様らが命を対価にするなら検討ぐらいはしてやるさ」


 ぴたりと笑いが止まる。俺が挑発していることは理解してくれたようだ。


「なんだぁ、調子に乗ってんのか。こっちはBランクの冒険者だぜ」

「魔物を退治するだけで冒険を名乗る馬鹿、しかもランク自慢で相手の実力も見極められない糞野郎が――」


 言い終わる前に一人の男に殴りかかられるが、軽く足払いしつつ殴り倒し、言葉を続けた。


「――笑わせる」

「くそが!」


 二人目が殴りかかってくるが、同じように殴る。

 リアラは俺たちを無視して買ってきた花を事務所の横に置き始めた。自由すぎるだろ。

 エマは興奮している。『いまだ! やれ!』とか言っているが、応援しているのは明らかに冒険者だ。後で叱ろう。

 そのまま三人目、四人目と殴り飛ばしたところで声をかけられた。


「あ、あのぉ……喧嘩ですか?」


 ソフィが戻ってきたようだ。

 おろおろとした表情だが動きは素早く、俺を追いかけながら話しかけている。

 しかしソフィの素早さことよりも気になるのは揺れる胸だ。リアラに続いてソフィまで俺の欲求を刺激してくる。

 気持ちを静めて無表情でソフィに答える。


「喧嘩にはなってない。飛んでくる羽虫を叩き落しているだけだ」


 俺のセリフは羽虫を怒らせたようで、彼らは勢いを増して飛び回る。鬱陶しいな。


「や、や、や、やめなさーい!」


 ソフィが叫んだ。こんな大きな声出せるんだな。

 まあでも俺がイラっとして破壊の魔法でも唱えればガロンが終わるのだから大声ぐらいは出すか。そんなことするつもりはないが。


「やめなさい。わ、私、ソフィ・ロザンタールの名において命じます。ここでの喧嘩……この何でも屋への手出しは禁じます」


 ソフィ・ロザンタール……この存在感の無さに対して立派な胸……じゃない、この強者の風格。おかしな奴だと思っていたが思い出した。


「《ペルソナの勇者》……」


 冒険者の一人が恐れ慄く。そう、彼女は勇者と呼ばれる存在だ。かつて強大な悪魔を退けたことからそう呼ばれている。


「元S級冒険者の?」

「《白銀の閃光》?」

「《永遠の怠惰の果て》?」


 二つ名多くないか?

 とにかく、ソフィの威光のおかげか、Bランクであることが自慢の冒険者たちは走って逃げていった。

 さすが領主の飼い犬。なかなか便利だ。権威主義者に抜群の威力を発揮してくれる。


「とりあえず花壇は今度にして中に入るか。どうなったか聞きたい」

「はい、わかりました」


 中に入り、全員が椅子に腰かけるとエマがソフィに問いかけた。


「処刑ですかっ!?」


 エマはいつも通りだ。お前の話だぞ。もっとビビれよ。


「普通に考えれば処刑以外ありえない」


 リアラも子供の気持ちを慮ることをしろ。なんて考えている俺も別にとめることはしないのだが。


「セレナ様からの依頼です……曰く『活かしたり育てたりする仕事をしてみたいということだから育てて活かしてくれ』とのことです」

「…………詳しい説明を求める」


 まず処刑はしないのか。しないにしてもなぜここに預けるのか。

 そもそも人を育てるなんて何でも屋に依頼することではないだろう。いや、何でもやるのだから依頼先としては間違ってはいないが。

 特にウチは元傭兵と元暗殺者だ。教育上よろしくない。


「あらためて、今日からこちらでお世話になります!」


 詳しい説明の前に、すでにエマは喜んでいた。

 説明だけでなく俺たちの返事もまだなのだが。


「そうか、わかった。領主様は誰を殺したいんだ?」


 リアラの理解は元一流暗殺者として真っ当なものだった。育てろってそういうことか。魔王を一流の暗殺者にしろということなのか。そういう発想はなかった。


「ソフィ。ともかく説明してくれ」

「あ、ですよね。えと、すみません暗殺者としてとかではないです。言葉通りの意味で、『普通に生活』させてあげてください」

「……やはり依頼の意図がわからない」


 悪いが『普通に生活』できる家ではない自信がある。城なら部屋もたくさん余っているだろう。なぜわざわざこんな所に依頼をするのか。


「ここより安全な場所はなく、城の人員にも余裕がないんです」

「なるほど。たしかに安全な場所という面では城に勝るだろうな。だが――」

「処刑は?」


 リアラが続きを聞いてくれた。どうしても処刑にしたいのかこの女は。


「魔王特有の好戦性がないので……上も判断に迷っているんです」

「迷っている?」

「ええっと、有り体に言えば魔王っぽくないというか。魔法を複数使う以上、魔王であることは間違いないのです。それが魔王の定義ですから。しかし、人の上に立ち戦争を引き起こす魔王には思えない、ということです」

「魔王っぽくない、か」


 史実とは異なる性質の魔王。俺とリアラの魔法によって作られた墓場に倒れていたエマ。何より魔法の数と墓標の数の一致。これらに関連があるのかないのか。

 気になるところだが、ともかく狙いはうっすらと理解できた。史実通りの好戦性がないならただの便利な人材だ。領主としては有効活用したいとかそんなところだろう。

 だが、何かあった時に抑えられる余剰人員がいない。


「持て余したから『何でも屋に丸投げしちまえ』と考えたわけか」


 ものは試しで『魔王が使えるなら使ってみよう』というわけだ。

 もし、上手くいきそうになければソフィがすぐさまエマを引き上げる。

 恐らくは、その時点で処刑だろう。


「丸投げされた方の身になってほしいものですねっ!」


 エマは神妙な面持ちで真剣に頷いた。

 しかし声のトーンが底抜けに明るいので真面目な空気にはならない。

 やはり魔王っぽくはないな。


「まあ、面白そうだ。リアラが良いなら育てても良い」

「私も構わん」


 リアラも了承したが、元傭兵と元暗殺者の大量殺人ペアに育てられるこの少女は道徳的見地に真っ向から反する大人になることだろう。


「おおーっ! お二人とも懐がでかいです! よろしくお願いします!」

「決まりだ。ソフィ、後で報告すべきことや報酬、期間を教えてくれ」


 まあ、だいたい想像はつく。何も決まってないってとこだろう。


「わかりました。まずはお引き受けいただいたことをセレナ様に報告いたします」


 やはりな。何も決まってなさそうだ。

 だがこの短時間でここまで決めただけでも大したものだろう。これほどの案件、領主様含むガロンの上層部でも意見は対立していたはずだ。

 あの小娘はなかなかに政治が得意らしい。


「しかし、《勇者》と《魔王》が同居とは笑えるな」

「《ペルソナの勇者》ソフィ・ロザンタールでしたっけ?」


 エマは身を乗り出す。


「《白銀の閃光》、とも言われていたか?」


 リアラが無情にも追い討ちをかける。ソフィは恥ずかしそうに頬を赤らめた。その気持ちはわかる。


「そう言うリアラさんも、《くびおとし》、《落日の女神》なんで二つ名をお持ちですよね」

「やめろ」


 そう、リアラには《くびおとし》だけじゃなく《落日の女神》なんていう二つ名もある。

 美しすぎるその風貌を見ながら殺されるということが由来らしい。そちらも気に入っていないようだが。


「あたしもそういう二つ名が欲しいです!」


 エマは目を輝かせている。


「《おそうじ魔王》でどうだ? お前の最初の仕事はこのゴミ屋敷を快適なリゾートに改造することだ」


 適当に答えたのだがエマは嬉しそうだった。


「任せてください! 燃えてきました!」

「そうか、何よりだ。成功した暁には報酬は惜しまない」

「報酬よりも名誉です!」

「ほう。そういうタイプか」


 俺なら報酬を取る。結果的に金だけ持っている退屈を持て余した男が出来上がったわけだが。名誉なんて何処にもない。あっても何にもならないと思うが。

 適当に受け流した俺に変わってリアラが教育をしてくれた。


「エマ、名誉を重んじるのを悪いとは言わんが報酬は貰え。正当な対価を拒否した時、お前は獣に成り下がるだろう」

「わかりました、女神様っ!」


 こうして、《破壊神》と《女神》が営む『何でも屋』に《魔王》と《勇者》がやって来たのだった。


おかげさまで日間ジャンル別ランキングで1位が続いております。

本当にありがとうございます。

感想、評価等いただけると嬉しいです。

少しでも面白いと思っていただけるよう頑張ります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先が楽しみな展開ですね。 メンバー4人になって、この先どんなトラブルに巻き込まれていくか、期待しています。
[一言] 破壊神と女神と魔王と勇者… えっと( ̄~ ̄;)・・・
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