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殺しすぎたふたり  作者: 猫村あきら
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6 魔王

 外に出ると朝になっていた。

 雨も止んでいる。朝日が眩しい。木々を伝う雨水が朝日を反射してきらめいている。

 明け方に歩く道は夜中に雨の中を歩く道とは全く違う様相だ。


 リアラは首をかくかくさせている。

 戦闘中、いつのまにか寝ていたがまだまだ寝足りないのだろう。

 盗賊やら暗殺者やらがいて眼前で仲間が戦っているのに眠れる彼女の神経は太い。


 ぶらぶらと歩きながら無言で事務所に戻るとソフィが来ていた。ドアの前で頭を抱えている。

 なんだこの女? 変な奴だな。


「どうしたんだ?」

「ヒエッ……ご、御不在だったんですね」


 セレナと一緒だった時とは違い、今日は気配を隠そうとはしていない。

 茶色がかった髪はボブカットにしている。健康的な肌色、背丈は低くもなく高くもなく。

 先日と違い今日はしっかりメイクをしていて美人だ。

 動きやすそうな服装で、その大きな胸には革の胸あてをつけ腰に剣をさしている。

 領主であるセレナにも信用されていたのだから、かなりの腕前であることは間違いない。


「ああ、ちょっと散歩しててな。今日からか?」


 領主の方の仕事がひと段落したのだろう。

 彼女も今日から『何でも屋』になるというわけだ。


「よ、よろしくお願いします……」


 よろしくお願いなんてしたくない。そんな声が聞こえて来そうだ。

 この世の終わりのような顔をしている。新しい人生の門出だというのにあまりにも暗い。


 挨拶をしている横で、リアラはフラフラと事務所の中に入っていった。

 寝ぼけているか酔っているか判断がつかないな。

 ソフィの戸惑いが伝わってくる。


「気にするな。眠いんだろう。夜中から歩いていたからな」

「夜中から……」


 ソフィは顔を一層青くした。

 俺たちが人をたくさん殺してきたとでも思ったのだろうか。間違いじゃないが。たしかに盗賊と暗殺者を何人か殺した。


「で、女の子を拾ったんだ」


 肩に担いだ女の子をアピールする。


「あ」

「知っているのか」

「あ、はい……その、割と詳細に……」


 ソフィは絶望した顔のまま呪われていそうな声で答えてくれた。


「教えてくれ」


 盗賊ギルドで確認し損ねたのだ。


「は、はい……」

「では、中へどうぞ。ようこそ、名もなき何でも屋へ」


 暗い表情の美しい女性の前でカッコつけ、我がゴミ屋敷へと乗り込んでいく。

 そう、ゴミ屋敷だ。

 もはやここは事務所ではない。一時は酒場にでもなるかと思ったが、そうはならなかった。

 ところ狭しと空の酒瓶が転がっている。それに紛れて元暗殺者の美女が倒れている。


「おい、リアラ。新入りだ」


 さっきは見事なスルーっぷりだったが、声をかけるとモソモソと上体を起こし、顔にかかる長い髪の向こうで返事をした。


「……ああ」


 気だるげに髪をかきあげる。ゴミ屋敷の中にあっても絵になる女だ。


「あ、あの、水を持って来ますね」


 ソフィはなかなか気が利く。これは生活の改善に一役買ってくれるかもしれない。

 袖を捲り上げ、キッチンの方へ行き、立ち止まった。


「う、うわ……きたな」


 だろうな。リアラが倒れていたリビングの倍は汚い。ソフィはゴミをかき分けて進む。


「くさっ!」


 ガロン名物のオークパイの残りだろうか。アレは確かに臭う。地元ガロンの人間でもキツいらしい。


「目にしみる……」


 日も経ったし、そうかもな。悪くなっているのだろう。


「ぬるぬるするぅ……」


 なんだろう。ぬるぬるしそうなものなら多いが。

 しばらくドタバタと音を立てて戻ってきたソフィの手にはお盆があった。

 コップが四つ乗せられている。女の子が起きた時のものも用意したのだろう。


「お待たせしました……お水です」


 先ほどよりも動きが荒い。声は静かながら若干の怒気をはらんでいるように感じられる。

 汚いのが許せないのか。片付けてくれるなら助かる。


「リアラ、拾った女の子だが、暗殺ギルドと盗賊ギルドが取り合っていた理由をソフィが知っているらしい」

「え、そんなことになっていたんですか?」


 上ずった声で驚くソフィ。


「そこは知らないのか。じゃあ何を知っているんだ?」

「エマの正体です」

「エマ?」

「ああ、その女の子の名前です」

「そうか、で、正体ってのは」

「えと……実はエマは魔王です」


 リアラと俺の身体が一瞬、固まる。少し驚いた。

 魔王とは穏やかではない。完全に予想外だ。探知系の魔法を使っていたので、それの精度が高くて便利とか、その程度だと想像していた。


「……実物を見るのは初めてだな」

「私もだ。組織にもターゲットにもいなかったな」


 そう簡単にお目にかかれるものではない。

 魔王。それは、この世界のルールを越えるものだ。

 一人に一つの魔法という原則は魔王には適用されない。使用できる魔法の数に制限がないのだ。

 真偽はわからないが数百の魔法を使いこなす魔王の伝説なんてものもある。

 ともかく、二つ以上の魔法を使えるものは魔王と認定される。


 しかし魔法をたくさん使うだけならば魔の王などと呼ばれたりはしない。

 理由はその生き様にある。

 魔王は例外なく王になり、凄惨な侵略戦争を起こすのだ。多くの命を奪い、多くの屍の上に生きる。それが魔王だ。


「エマはもともと諜報部が発見し、城で保護する予定でした。しかし護送の途中、街中で魔法を駆使して逃げ出し、行方が分からなくなっていました。諜報部は今も追っているはずですよ」


 なるほど。その後、何らかの方法で魔王がいると知った盗賊ギルドと暗殺ギルドが奪い合っていたと。

 魔王を擁する組織など国すら容易く動かすだろう。盗賊ギルドはよく諦めたな。いや、俺から奪う手段がなかっただけか。


「魔王か……裏の組織は当然欲しがるだろう。諜報部は大失態だな」

「結構しょうがない状況だったみたいですよ。いくつも魔法が使える人間と対峙した経験なんてまずないですしね」


 そうは言っても魔王を取り逃がして『しょうがない』で済むほど甘い話ではあるまい。


「う、うーん」


 ちょうど女の子、エマが目を覚ました。


「おはよう。君を拾った男だ。ダイスという」


 普通に挨拶をすると、起きて早々にエマは元気よく返事をしてくれた。


「……あ、はじめましてエマです! ここはゴミ捨て場ですか!?」


 ゴミ捨て場に近いが、どちらかと言えば家だ。元気そうで好感が持てるな。

 というか外套に包まれているが中身は裸だ。

 起きたばかりで何も状況が分からない中、知らない男を前によくこのリアクションが出来るものだ。

 ソフィがこの世の絶望を一身に背負ったようなどす黒い雰囲気なのとは対照的に、エマはこの世のあらゆる祝福を受けた満開の花のような雰囲気だった。


「ゴミ捨て場じゃない。自宅兼何でも屋だ」

「なんでもやるのに掃除はしないんですか!?」


 エマは微笑みながら鋭い質問をした。


「自分の事は後回しにしてるのさ」

「わぁっ! 忙しいんですねっ!」


 なんでそんなに堂々と楽し気にしているのだろう。

 やり取りを見ていたソフィがため息をつく。


「エマは終始テンションが高くて……」


 やはり魔王らしくないな。全てを呪う邪悪さがない。

 その為か、リアラは物珍しそうにエマを見ている。

 エマはニコニコと自分を見るリアラを見つめ返している。

 邪悪どころか無邪気だ。何ならリアラの方が邪悪な気配を漂わせている。

 本当に魔王なのだろうか。リアラが魔王なんじゃないか?


「さて、確認させてくれ」

「なんでしょう?」

「お前が目覚めるまでの流れだ。諜報部に街まで護送されて逃げ出したんだってな。その後は? 盗賊ギルドに捕まって、そこから逃げ出したのか?」

「はい! あたしが街中で魔法を撃ちまくったことが悪い人たちの何かを刺激したみたいで!」


 魔王を支配したいという欲を刺激したんだろうな。


「どうやって盗賊ギルドから逃げ出したんだ?」

「はい、お風呂から逃げ出しました! 風と軟体と軽量化と……色々使いました! 盗賊ギルドでは数日過ごしたものの、つまらなかったので」


 風呂から逃げたから裸だったのか。

 倒れていた原因は魔法の使いすぎによる疲労かもな。まあ、それはいい。


「そうか、それで魔王なんだってな」

「はい、あたしは魔王です。でもみんなには秘密ですよっ!」


 しぃーっと指を一本口にあてながら大声で注意された。器用なことをする女の子だ。


「なら声を小さくした方がいいだろうな」


 エマはハッとした顔をして声を落とした。


「なるほど、そうですね……っ!」


 素直だがアホだ。さっきは『例外なく王になる』なんて考えたが、これは例外かもしれない。


「魔法はどれだけの数を扱えるんだ?」

「えーと……百だか……二百だか……ちょっとわかんないですね! いっぱいです!」

「そいつは凄いな」


 続けてソフィに問いかけた。


「ところでソフィ、エマはどこにいたんだ?」

「……お二人が破壊した砦の確認のため、ガロン諜報部は墓場の調査をしていました。そこで、気を失って倒れていたエマを発見したのです」


 墓場か。なんというか、嫌な予感がする。リアラは目を瞑り考え込んでいる。あるいは寝ている。寝不足だからな。


「もしかして山賊に捕らえられていたのか?」


 そうなるとあの魔法を生き延びたということになる。いつもの破壊の魔法ではなかったが、あの場で生き残るには相当の抵抗力が必要だろう。魔王なら可能かもしれないが。

 しかし、そもそもガロンの諜報部や盗賊ギルドから逃げられるこの女の子をあの山賊たちが捕え続けることができるだろうか。いや、もしくは山賊を従えていたのか。


「うーん、わかりません! 記憶喪失なんです! 名前と魔法以外はさっぱりです!」


 わっはっは、と笑う。


「そいつは災難だな」


 俺たちの魔法のせいで記憶喪失なのかもしれない。

 あの時の俺とリアラの魔法はいつもと違っていた。何かが起きたのだとは思うが、それを確かめる方法もない。

 リアラも同じことを考えているようだが……互いに頷きあう。

 そう、保留だ。わからないことは後回しだ。


「そして、エマを保護した諜報部は街へ戻ったんです……」

「このままではつまらない生活を送ることになると思ってたくさんの魔法をぶっ放しました! 十ぐらい」

「十か。そりゃ魔王だってバレるな」


 二、三個だったら見た方も勘違いかと思うかもしれないが。


「じゃあこの後は処刑だな」


 リアラが問題のど真ん中を突いてきた。

 処刑か。まあそうだよな。魔王を生かしておく必要などない。

 それにしても俺も運が良い。置き場に困っていた『女の子』の適切な置き場が身近にあった。


「ソフィ、来て早々に悪いが、エマの処遇を伺いに城に戻ってくれ。エマはこっちで見ておく。処刑するにしろ生かすにしろ何でもいいが早めにな。世話が面倒くさい」


 ソフィは俺とリアラを交互に見て頷いた。


「……ま、ここから逃げられるなら城からも逃げられますよね。わかりました、聞いてきます」

「気を付けてね!」


 エマは自分の処刑がかかっているとは思えない軽さでソフィを見送った。

 なお、リアラはその後すぐに寝た。

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