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殺しすぎたふたり  作者: 猫村あきら
4/31

4 女の子

 ガロンは雨の中だった。

 革の外套のフードを目深にかぶり路地裏を歩く。

 数日前に同じ場所を通りがかった時はゴミの臭いで数刻もいられなかったが、今はその臭いも全て流されている。

 ただの散歩だ。

 数日前に領主と会った後、ガロンに慣れるために歩き回るようにしていた。

 この街に来て間もない。こういう路地裏の様子までしっかりと把握しておかねば後々何かあった時に困りかねない。

 散歩は、リアラと二人だったり、一人だったり、その時々だ。


 今日は一人だ。リアラが呑んだくれて酒瓶を抱えて眠ってしまったためだ。

 毎回そうなのだが、酔いつぶれるときの恰好が目に毒なのだ。事務所にいると何か間違いを起こしてしまいそうで散歩に出かけることにした。

 それにしても何があろうと酒瓶を離さないあの姿勢はいつ培われたのだろうか。暗殺者らしからぬ習性だ。


 雨は石畳に激しく打ち付けられ、跳ね返る。外套の隙間から入った雨水でブーツの中までずぶ濡れだ。

 構わず街の中心部を背に歩を進めると石畳は途中から土に変わった。

 辺りを見回す。薄汚れた建物に汚い服装の住民たち。スラムが近いな。この辺りが街とスラムの境目なのだろう。


 雨は変わらずざぁざぁと降り続ける。聞こえる音のほとんどは雨が土や建物とぶつかる音だ。視界もぼやける強い雨。

 良い夜だな。そう思った。雨は全てを遮断してくれる。布団に包まれているかのような安心感が俺を満たす。


 そんな心地よさは目の前に落ちていた異物に追いやられた。


「死体か?」


 裸で倒れる少女を見つけた。スラム街に近いとはいえ、こういう光景を目にすることはガロンではそうそうない。

 スラムの子供が街へ向かう途中でヤバいのに剥かれたのか。それともよっぽど良い服を着ていたのか? だとすれば貴族かもしれないな。街で襲われここに捨てられたのかもしれない。


 翡翠色の長い腰まである髪の毛、今にも死にそうな白い肌。うつ伏せで倒れる少女の頭を持ち上げ、顔に張り付いた濡れ髪を払う。十歳ぐらいだろうか。子供の年齢はよくわからん。

 腕に触れる……脈はある。気まぐれに外套をかけてやる。


「その子供をこっちに渡せ」


 ボロい建物に挟まれた狭い道の向こうには三人の男が立っていた。俺の背後にも二人の気配がある。

 拾うのが早すぎたな。あと数分放っておけばこいつらが勝手に拾っていっただろう。


「お前らの子どもか?」

「そうだ」

「そうか、裸で放り出すなんていい趣味してるな。この子供……名前はなんて言うんだ?」

「そんなことどうだっていいだろう。早くしろ」

「そうだ。一瞬とはいえ保護してやったんだから謝礼とか出るんだよな?」

「貴様……」


 背後から飛びかかる気配を感じた。一人か。俺が誰かは理解していないようだな。殺気を感じる。俺を殺すつもりのようだ。

 ため息をつき、振り返らずに寸鉄を背後に投げる。

 どちゃりと音がした。泥に突っ込んだのだろう。音からして酷く汚れただろうな……だが、彼はもはや汚れを気にする必要もない死体だ。不幸中の幸いだな。


 残る四人の内、三人が遅れて仕掛けてきた。仲間の一人が死に行く様子を見ながら動く彼らに動揺は見られない。『死』に慣れているようだ。

 前に二人、背後に一人だ。三人はほぼ同時にかかってきている。

 しかし、同時なら良いってもんじゃない。

 隙を作る者、隙を突く者、役割を分担しタイミングを合わせる。連携とは同時に攻撃すれば良いわけではない。彼らはただ攻撃のタイミングが同じなだけだ。


 正面から来た男を掴み背後の男に向かって投げ、二人はぶつかった。

 正面の残り一人は鉄製のブーツで頭を蹴り潰す。

 振り向きざまにナイフを一人に放ち、もう一人は貫き手で喉を潰した。


 残るはお一人様だ。と思いきや即座に追加いただけた。

 三名様で上からお越しだ。すごいな。倒しても倒しても湧いてくる。ゴブリンと戦ってるみたいだ。

 だが、上から来ることさえ察していれば的でしかない。こういうのは気付かせずにできて初めて意味があるのだ。

 三人に向かって寸鉄を投げ、それぞれ寸分違わず眉間を貫いた。買ったばかりの寸鉄が大活躍だ。


 さて……目に見えるのは一人だな。最初に会話していた男だ。

 一瞬で七人も殺されたのが堪えたのか、相手方の動きがぱたりとやんだ。他にも気配はあるが……。おそらく俺が『最近街に来た手を出してはいけないやつ』だと気付いたのだろう。


「あ、あんた……」

「何でも屋だよ」

「何でも屋……あ……」

「あ? どうした。『あ』ってなんだ。何かに気付いたのか。良かったら教えてくれないか」


 男は答えずに走って逃げ出した。

 謝罪もなしか。まあいい。せっかくだから逃げてもらおう。退屈していたところだ。良いおもちゃが手に入った。

 というか女の子は俺がもらってもいいのか? また捨てるのも何だし、扱いに困るな。あれほどの大人数で確保しようとしたこの女の子は何者だ。


 雨は少しずつ弱まっていた。今はしとしとと降り続けている。


「派手にやったな」


 振り向くとリアラがいた。

 そう、こういう薄っすらとしか察することが出来ない気配で声をかけてくるのが強者というものだ。

 正直、少し驚いた。彼女は手に酒瓶を持ったままだ。グビッと一口飲む。


「…………」

「なんだ? これは私のだぞ」


 大事な宝物のように酒瓶を両手で抱きしめ、こちらを睨む。


「ああ、残念だよ。よくここが分かったな」

「暇だから探していた」

「相当に暇だったんだな」


 どれだけ歩き回ったのか………子供みたいな奴だな。凄腕の元暗殺者とは思えない。

 とりあえず簡単に経緯を説明した。

 歩いていたら裸の女の子が落ちていた。気まぐれに外套をかけて保護した。すると襲われた。

 たったそれだけの話だがな。


「お」

「ああ」


 話を終えるかというところで、刃物が飛んで来た。

 とっさに掴もうとするが、悪寒がして避けることにした。

 続けざまに二投目、三投目が飛んでくる。速いな。良い腕をしている。


「避けて正解。掴めば肉がただれてたぞ」


 リアラが冷静に飛んでいるナイフを観察し、教えてくれた。

 どんな動態視力してるんだよ。

 避けながら、足元に投げられ地面に刺さったナイフを引き抜く。普通の果物ナイフだ。だが、確かにドロッとした雨とも違う液体が塗布されていた。それも雨で流されつつある。


 道の向こうには一人の男がいた。


「あいつ」


 リアラがつぶやく。

 その瞬間、男は踵を返して逃げ出した。


「知った顔か?」


 そう聞きながら、逃げる男に向かってナイフを投げた。

 男の背にナイフが刺さる。上手く急所に当たったようで、どさりという音とともに倒れた。

 狭い通路で刃物投げ合戦は身体能力によほどの自信がない限りやってはいけない。襲って来た男が間抜けだっただけのことだ。


「業界では割と有名だな」

「そうか、暗殺者か」

「ああ、暗殺ギルドの者だ」

「最初のやつらは別口か?」


 転がっていた死体を指さし尋ねる。


「コレは違う」

「なるほど、じゃあコレは盗賊ギルド……かな」


 盗賊ギルドはああいう粗野な輩が多い。盗みと恫喝、暴力を仕事にしている。

 対して暗殺ギルドは人を殺すことに集中している。人殺しを生業にしているわけだ。


 この女の子、二組織から狙われているようだ。


「とりあえず、一つ目の相手――おそらく盗賊ギルドに挨拶に行く。一人、わかりやすく逃しておいた」


 正確には複数の気配が逃げているが、追跡する獲物が一人という意味だ。

 あいつが隠し持っていた毒物の匂いは覚えている。

 ここまで手間を取られたのだから急な訪問でも文句は言われまい。楽しませてもらおう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうの好き。続きに期待大(*⁰▿⁰*) [気になる点] 強いて言うなら見にくいので改行してもらえると嬉しい
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