21 領主の事情1
「すまない。遅くなったようだな」
現れたのはセレナだった。
数名の部下を連れている。一人はグラッドだ。
「お嬢さんなら来るだろうとは思っていたが……危険なところによくもまあ顔を出すな」
「部下が優秀だからな。安心してこれるのさ」
「自由な女だな……わがままか?」
「口を慎め」
セレナの横に立っているグラッドから殺気が溢れた。相変わらずの堅物だ。
鉄壁の女の一人が僅かに震える。
「物騒なやつだな。殺人鬼でももう少し殺気を抑えるぞ」
「何だと……?」
「グラッド、やめろ。何でも屋もだ」
セレナにたしなめられグラッドは苛立つそぶりはそのままに殺気を抑えた。
「さて、聖地の守り神よ。私はトスカート領を治める領主セレナ・フロウディア・トスカートだ。人の国の事など興味はないかも知れないが、この地の人の代表だと思って話を聞いていただきたい」
セレナはドラゴンの堂々たる佇まいに気圧されまいと姿勢を正し、凛とした声で話し始めた。
一人の少女と巨大な竜が対峙する。
エルダードラゴンはセレナをしばらく見つめ、おもむろに口を開いた。
「ふむ、見事。良い魂だ…………だが、ドラゴンを説得するのは――」
「酒を贈ろう」
「ふむ?」
「後ほど、酒を贈る。かつてスーガル村を守った際には酒を所望されたと聞いている。ガロンの名産酒ならば満足いただけるだろう。もちろん酔えるだけの量を用意しよう」
ドラゴンは悩むそぶりを見せ、そして頷いた。
「いいだろう。話せ」
酒でも良かったのか。ドラゴンを説得するには力というのが古来よりの決まりだったはずだが。
「感謝する……さて、まずは謝罪をさせていただきたい。今回の一連の事件で人が働いた無礼については弁解の余地もない。謹んでお詫び申し上げる」
「構わん。本調子ではなかったものの久しぶりにブレスを吐け我も楽しかった」
さらりととんでもないことを言う。かなり強力なブレスだと思ったが……嘘をついてるわけでもなさそうだ。
「そう言って頂けるとありがたい。その上で、更に無礼を承知で一つお願いをさせていただきたいのだ」
「ほう、厚顔無恥な……」
そう言いながらもエルダードラゴンはどこか嬉しそうだ。
本当に暇だったのかもしれない。今ねだればこの爺さんは何でも買ってくれそうだ。
「おい、待て。話す前に確認だ。ソフィはともかく、俺たちや鉄壁は聞いていいのか?」
俺がそう言うと、顔を見合わせていた鉄壁達から、盾を持っていない一人の男が前に出て恭しくセレナにお辞儀をした。
「トスカート公。自分はパーティのリーダー、ジェイク・アッシュガルドと申します。我々は冒険者ギルドから依頼を受けこちらのドラゴンを討伐しにきたのです。何やら大変な過ちを犯すところだったようですが、是非我々にも事情をお聞かせ願えませぬでしょうか」
自分から厄介ごとに首を突っ込もうとするとは冒険者とはイカれた連中だな。
そのスタンスでよく今日まで生きてきたものだと感心する。もちろん、人の事は言えないが。
セレナは手をひらひらと振りながら答えた。
「構わんよ。何でも屋には世話になっているし、冒険者パーティ《鉄壁のアッシュガルド》はガロンの英雄だ。ここまで関わったのだからしっかりと事態を把握してもらいたい。ま、経緯からして大した話ではない」
実際には大した話だろうと俺の直感が告げている。
「ああ、付け加えるが、別に強制ではないからな。聞くも聞かないも自由だし、聞いた後で何をするのかも自由だ」
領主様はそう言って不敵な笑みを浮かべ全員の顔を見た。ここまで引っ掻き回したのだから、しっかり経緯を把握して事態を収拾させろ、と聞こえたのは俺だけではないだろう。
「さて、守り神よ。お願いだ。ここにトスカート領の兵の詰所を設置させてもらえないだろうか?」
ふむ……意図はわからないが、これはもしかしたらドラゴンからすれば願っても無い話かもしれない。この暇を持て余したドラゴンの相手をできる兵の選出は難しそうだが。
「ふむ、なぜだ?」
「この場所がトスカート領内であることを対外的に示したいのだ」
領境だしな。隣領のスヴェニアとは争いが多いと聞くし気にするのもわかる。
しかし、なぜ今なのか。俺たちの疑問を感じ取ったのか、セレナは説明を始めた。
「実は何でも屋に依頼した山賊の砦の件が関係している」
「ほう」
ヴェント砦だったか。俺たちが墓地にしてしまった砦だ。
「もともとヴェント砦は二つの領を結ぶ山道の関所だった」
「だった?」
「過去の話だ。新しい山道が設けられてな。ヴェント砦は不要となった」
「なるほど」
「取り壊しを進めようとしたところで山賊に砦を奪われたのだ」
「失態だな」
「ああ。これが実はスヴェニアの領主アルドラの嫌がらせでな……山賊の件も、冒険者ギルドへの依頼主もアルドラだ。ここに来る前にようやく裏が取れた」
「…………スヴェニア領主? 魔王教団と関係は?」
「魔王教団とスヴェニアの関係はわからん。だが、山賊の件はただのスヴェニアの嫌がらせだっただろうな」
「なぜだ?」
「あの時はまだ魔王の存在を確認していなかった。それに山賊が砦に篭ったところで遠からず討伐されるだけだ」
「それもそうだな」
「というわけで山賊という嫌がらせをさっさと解決しようとしていたのだが……ちょうど計ったように大きな問題が浮上してきてな」
セレナは俺とリアラを見て続けた。
「《破壊神》と《くびおとし》がガロンに来た。扱いを間違えれば都市が壊滅しかねない災厄だ」
「ひどい言い様だな」
個人が国から災厄認定されるなど、真っ当な神経をしていたら傷付いて立ち直れない。真っ当でなくてよかった。
「事実だろう?」
グラッドは俺を睨む。油断すれば殺されそうだ。全くもって物騒な男だ。
「しかし、諜報部の報告によればそれらは決して災厄とも言い切れなかった。楽しそうに酒を飲んでいたと聞いてな」
自分で言うのも何だが、その認識は間違っている。俺やリアラは災厄と言っていいはずだ。
まあ、そういう柔軟な判断をする領主だからグラッドやソフィを従えられているのかもしれない。
しかし、考えれば考えるほど大胆な領主様だ。
俺たちが何でも屋を開業して即座にあの依頼を決断したのだ。
かなりの賭けだったはずだ。俺ならやらない。
「試しに依頼をしてみたのだが……砦が一日で更地になったのは私の失敗だったな」
エマが我慢しきれずに口を挟む。
「あの、領主様! なぜ砦が一日で更地になるとまずいんですか?」
「砦が一日で潰れれば人々も不安になるだろう? 事実そういう声がいくつかあった」
それはそうだ。エルダードラゴンがやったのではないにしても、そういうことができる存在が近くにいるというのは不安を煽るものだ。
例えば《破壊神》が同じ街に暮らしていれば不安で眠れない人も多いだろう。
「悪かったな」
砦は狙って潰したのだが、一応謝っておこう。
「いや、不用意に依頼をした私の不手際だ」
素直な領主様だ。まあ、否定はすまい。
「続けるぞ。そう言った不安が蔓延すれば、いらぬ噂も立つ。守り神の討伐に繋がるような噂もな。この地を自然の要塞に仕立てている要因のひとつが、ここに守り神がいる事なのだが……」
「なるほど。そこでスヴェニアがまた嫌がらせを考えたわけだ」
「ああ。ここに守り神がいなければ道をもう一つ作ることができるだろう。アルドラが冒険者ギルドに暴れ竜討伐の依頼をだした」
「確かに他に比べてここは道が緩やかだし良い道ができそうだ」
ここに来るまでの山道も、ピクニックにでも来たのかと思うほどの穏やかさだった。
しかし、砦がつぶれたという事実を種にして暴れ竜討伐までのストーリーを巧妙に組み立て依頼に至ったのだからスヴェニア領主も侮れない。
「本来ならば、今回の討伐依頼は即座に冒険者ギルドに停止命令を出しても良かった。しかし、同時に発生したいくつかの問題の対処で初手が遅れてな。アルドラは嫌な奴だがこういう手がうまい」
「嫌な奴だからじゃないのか?」
嫌な奴とはそういう手が上手いものだ。だからこそ嫌な奴なのだ。
「身もふたもないが、まあそういうことだな。さて、今回の噂を潰すことは簡単だがこの山がトスカート領になって以来、先延ばしにしていた問題と向き合ういい機会だとも思った」
「問題って何ですか?」
再びエマの質問だ。こう言う時に物怖じしないのは良いところだ。
「この要所がエルダードラゴンという存在に頼りきっている事だ。群れでもない、たった一つの生物である以上、それはいつかいなくなるかもしれない不確定要素だからな」
ドラゴンがいることで得をしている部分も多いが、いなくなったからといって大して痛手ではないだろう。代わりにしっかりと砦を築けばいいのだ。
だが問題は『いついなくなるのか』という点に尽きる。タイミングを見誤れば他に奪われかねない。
「ふむ。此処は気に入っているから当面……今後数百年は引っ越すことはないだろうな。後は……我とて不滅の存在とは言わぬが、容易には滅ばんぞ。特に寿命で滅ぶことはない」
「もしや」
「うむ。我はエンシェントドラゴンだ」
エマを除くその場の全員が息を呑む。エマだけ頭の上にクエスチョンマークを掲げていた。
話の腰を折りそうだと察したリアラが目でエマを黙らせた。よく教育できているな。
「なんと……確かに伝承を紐解けばそう思える要素はあったが。エルダーではなくエンシェントとはな」
鉄壁達は青ざめている。場合によっては自分たちのせいでトスカート領一帯が滅ぶところだったのだ。
目の前の竜はただの竜ではなく、神話の時代から生きる稀有な存在だということだ。
しかし、それにしては力が弱い。伝承通りならば、ブレス一つで山ぐらい消しとばすだろう。
「とは言え、我は分け身だからな。本体が封じられて数千年。本来の力はだせん」
「エンシェントドラゴンを封じるなど……神の技だな」
セレナは驚きを隠そうとせずそう言った。
「ああ、中々に強力な神だった」
「……まさか本当に神だとはな」
更に驚き言葉に詰まる。
神の技は比喩のつもりだったのだろう。
まさかこんなところで神話の存在から昔話を聞くとはな。驚きだ。




