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殺しすぎたふたり  作者: 猫村あきら
19/31

19 魔法使い

「――というわけで俺たちはそこで気を失ってる冒険者を説得しにきたんだ」

「説得とはな。殴っておるではないか」


 ここに来た経緯……というかリアラと出会って何でも屋を始め、砦を破壊してから今日に至るまでの経緯を懇切丁寧にエルダードラゴンに説明した。

 というか説明させられた。意外におしゃべりなドラゴンだ。


「これから説得するんだよ。手始めに殴っただけだ」

「ふむ……面白そうだったから話を聞いてやったわけだが実際に面白かったな」

「そりゃよかった」

「だが仕掛けてきたのはその者たちだ。しかと殺してやるのが闘いの礼儀というもの。それを途中でやめろと?」


 ドラゴンは少しの威圧を込めて俺を睨んだ。

 なるほど。ドラゴンの常識は知らんが冒険者は殺すべきと考えているようだ。


「ああ、そうだ。やめてくれると助かる」

「ならば始めるか」

「始める?」

「我を説得してみよ」

「うん?」


 疑問に対する答えを得る間もなく、エルダードラゴンはこちらを睨み大きく息を吸った。


「エマ! 結界!」

「え、はい。閉ざされた部屋、交わらない場所、変わらない世界、絶対なる存在!」


 エマが魔法を唱え、結界が俺たちを包んだ瞬間――ドラゴンの口からブレスが放たれた。


「ゴオオオオオッ!」


 途轍もない熱の奔流が結界の周囲で暴れ狂う。


「なんのつもりだと思う?」


 みんなに問いかけるとリアラが酒を飲みながら答えた。


「要望を通したいなら説得しろということじゃないか?」

「なるほど。さっきのソフィの一撃じゃ足りなかったのか」

「負けず嫌いなんですかね!? ドラゴンっぽいです!」

「うう……やっぱり爬虫類は好きじゃないです」


 ソフィの嘆きを無視して行動を開始する。


「エマは結界を張ったまま待機だ。リアラは酒を飲んでてくれ。ソフィは……」

「見てます……」

「ああそう」


 というわけで一人だ。刃物を持つと殺してしまうかもしれないから素手で行こう。

 ブレスが止まるのを見計らって結界から飛び出る。

 瞬間、ブゥンと風を切る音が聞こえた。眼前を巨大な爪が通り過ぎる。

 前髪が数本切れてはらりと舞う。


「なかなか早いじゃないか、ドラゴン」

「ガァッハッハッハッハッハァ!」


 高笑いと同時に尻尾が蛇のようにうねった。正面に立つ俺をめがけ迫る。

 その先端では鋭い鱗が陽光を反射していた。あの重量に速度――当たれば即死だろう。

 地面すれすれを這うように振られた尾を飛び跳ねて躱すと竜が真正面から俺を睨んでいた。

 口の中に小さく煌めく球――ブレスじゃない。


「カァッ!」


 ゴウッ。

 人の頭ほどの大きさの火球が轟音とともに吐き出された。


「チッ」


 面倒くさいことをしてくれる。尾を避けるために飛び跳ねたらこれだ。当然、ナイフを放っても防ぐことはできないだろう。熔けて終わりだ。


――死。


 ここで死ぬのも悪くない。咄嗟にそう考えた。楽になれる。なってしまう。だが、許されないだろう。俺はいつも甘えてしまう。

 こういう最低最悪の気分の時だけ使える奥の手がある。集中し、火球を睨み言い放った。


「――この身を蝕むもの!」


 ぐるんと空間がねじれる。一瞬だけ黒い渦が眼前に生まれ、火球とともに消失した。

 こんなところで奥の手を『二つ』も使わされるとはな。思った以上に厄介なドラゴンだ。戦い慣れているのだろう。

 だが俺の奥の手は予想外だったようで、驚愕する様子が見て取れる。


「貴様……たった一節で。古くはそういうものも見たことがあるが」

「へぇ、長生きなドラゴンだもんな。俺みたいなことをするやつもいるか」


 言いながら駆ける。

 同時にドラゴンの口から弾き出されるように高速で飛び出す無数の火球。

 知覚するのが困難なほどの速度と量。それを口の向きと速度で軌道を予測し、転がるように避けながら進む。

 遠い。目の前のドラゴンが遠い。火球の隙間を縫うようにじわりと進む。


「面倒くさいな」

「ヒュゥ……」


 俺がつぶやいた瞬間、火球が止まりドラゴンが大きく息を吸った。

 ここでまたブレスか。さっきの奥の手が今も使えれば楽なんだがな。残念ながら今の気分では無理だ。

 普通ならここで距離を取るところだが……長引かせるのも嫌だ。そろそろ終わらせよう。無数の火球よりはブレスの方がやりやすいだろう。

 心を決め、ドラゴンに向かって駆けた。


「ゴオオオオオッ!」


 じりじりと身を焦がす高温の火炎放射。その下を潜るように走り抜ける。

 ドラゴンも俺がそうすることはわかっていたようで、首を下へ下へと向けて俺を追う。

 火炎がブーツをかすめる。熱い。

 だが……俺の方が速い。さらに足に力を入れて地面を踏みぬく。加速する。


「グォッ!?」


 腹の下へと潜り込んで思いっきり殴りつけた。

 続けざまに喉へと手を伸ばしたところで、ドラゴンの声が耳に届いた。


「ぐぬ……よかろう」

「……満足したのか?」

「ふふ……がっはっは! いや、人間に殴られて痛い思いをしたのは久しぶりだ」

「そうか。楽しそうで何よりだ。で、説得できたってことでいいのか?」

「良いとも。ドラゴンを説得するには力……古来よりの決まりだ」


 どうもドラゴンは上機嫌に見える。殴られておきながら上機嫌とはわけのわからん生き物だ。


「しかし貴様。魔法使いだったのだな」

「まあな」


 火球を消した奥の手。あれは俺の『破壊の魔法』だ。

 魔法とは自分の魂の根源にある思いを言葉で構築し、世界に表現するものだ。三節以下ではその魂を捉えるには不十分で、四節が魂を表現する最小単位となる。

 だから魔法は四節で唱えるもの――と一般には思われている。


「面白い五節目の使い方だったな」

「詠唱をちょっとな」


 そう。五節以上も原理的には可能なのである。


「あの! あの! ちょっと待ってください!」


 俺たちの会話にエマが乱入してきた。

 こいつは魔法使いのことを気にしていたからな。知りたいんだろう。

 目の前で使ってしまったし教えてやるか。


「魔法のことか?」

「はい。魔法使いって結局なんなんですか!?」

「魔法は通常は四節だが、五節の魔法を使う者もいる。本来そういう奴のことを魔法使いって呼ぶのさ。一般には誤解されがちな定義だがな」


 だから世間には自称魔法使いが溢れている。

 一般人が剣を持っても剣士じゃないように、魔法を使えば魔法使いというわけじゃないのだ。その数は多くない。


 ついでに言うと、魔王と魔法使いは根本的に違う。

 魔法使いは自分の魂を五節以上の呪文で多面的に表現している。

 対して魔王はまったく異なる四節の魔法を複数扱う。だから魂を複数持っているのではないかと言われている。


「おお……すごいです! あ、あと! 五節の魔法とは?」

「条件付きの五節目を加えることで四節とは違う事象を発現させることができるのさ」


 俺の場合は四節の魔法に範囲を条件付ける五節目を唱えることで局所的な破壊をもたらすことができる。気分が最低の時にしか使えないのが難点だが。


「でもさっきダイスは一節しか唱えてませんでしたよ?」

「魔法ってのは魂を複数の言葉で多面的に表現することで立体的に意思を組み上げ顕在化させるものだからな。逆に言えば、意志が明確に組みあがってれば言葉はいらないんだよ」


 ただし、それでも五節目だけは口にしないと発動できない。そこまで詠唱を破棄するのは俺にはまだ難しい。


「魔法使いなのも驚きだが……詠唱破棄か」

「詠唱破棄……聞いたことはありますが初めて見ました」


 リアラとソフィも驚いていた。

 五節目の魔法、そして詠唱破棄。

 奥の手がバレてしまったが驚かせることができたから良しとするか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 古来より男の友情は殴り合って結ぶ物w
[一言] ダイスが思ったよりすごかった
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