17 嘘つき
「儂らの村の守り神様として古くから崇められているドラゴンがおる。聖地スカーヴェント山に住まうエルダードラゴンだ」
「聞いたことがある。大昔に魔物の群れから村を守ったとか」
リアラは聞いたことがあるようだ。
「うむ。守り神様には大恩がある。だからこそ、これまでその住処を守って来たのだ。しかし、それが脅かされておる」
「というと?」
「冒険者だ。誰だか知らんが冒険者ギルドに依頼をしたらしい。『スカーヴェント山に住み着く暴れ竜を討伐してほしい』とな」
「そいつは大変だな」
守り神様が討伐対象になったのか。それは気が気じゃないだろう。
「まったくだ! 村の冒険者ギルドから、この話を聞いてな。これは黙っておれんと依頼を受理したガロン支部まで駆けつけ抗議をしたんだが……」
村長は拳を握りしめわなわなと震えている。
「相手にされなかった……ってとこか?」
「その通りだ! 忌々しい! 何様だ、冒険者どもめ!」
村長は机に拳を叩きつける。エマが飾ったエキゾチックな小物達が振動に揺られた。
エマはハラハラしている。小物の配置にこだわりがあったのかもしれない。
「それで、なぜ何でも屋に?」
俺が聞くと村長はまた咳払いをして答えた。
「いや、こういっては失礼だが藁にも縋る思いでな……あちこち奔走しておるのだ」
「そうか、大変だな。なら、こんなところに来てる暇もないだろう?」
「いや、なんだ。その美貌で冒険者の方々を説得してくれたりしないかと思ってな! やれることは何でもやっておこうかとな!」
「いい心がけだ。じゃあ他にどんなことをやってるんだ? 冒険者の説得の材料になりそうだし教えてくれると助かる」
「他か。他には……そうだな、その、村の出入りの商人を訪ねてみたり、貴族の方にお願いしたり……」
「貴族か。冒険者ギルドに影響力がないような貴族だったのか?」
「いや、その、そうだな」
「そうか」
嘘つきだ。どう見ても嘘をついている。演技も下手すぎるし設定も雑だ。
リアラやソフィも同じ違和感を覚えたようだ。
空気が張り詰める。それをほぐすように青年が声を上げた。
「そ、村長、今からでも新しい手を考えましょう。ツテを辿ればまだなんとかなるかもしれません」
「たしかにな。やれることはまだまだありそうだ!」
ふむ。演技も持ち直したようだ。
こいつら暗殺ギルドか?
一瞬そう考えるも依頼者が身にまとう緊張感に欠けた空気はそれを否定している。
暗殺ギルド以外で俺たちに興味を持ちそうな奴ら……か。
魔王教団。それも穏健派かな。
まあなんだっていい。乗ってみるか。
ただのドラゴンの話なら乗らないところだが、こいつらが何かを隠しているというのなら、それはそれで面白そうだ。
見たところ一般人に見えるがな。戦闘訓練もしていないだろう。
「あんたらの依頼は『守り神の安全を確保してほしい』ってことだな?」
「それが出来るならそうしてほしいですが……すでに冒険者ギルドでは依頼を受けたパーティがいるんです。厄介なことに、Aランク冒険者パーティ《鉄壁のアッシュガルド》が受けています」
「へぇ、Aランクね」
冒険者のランクとしては上から二番目だ。このランクになれば英雄といっても過言ではない。受けている仕事がエルダードラゴンの討伐ということからも、かなりの腕自慢だということはわかる。
「はい。正直に言えば、我々も本当に守り神様が滅ぼされるとは思っていなかったのです。なんせエルダードラゴンですので。しかし、Aランク冒険者パーティが依頼を受けるとなると話は変わって来ます」
「滅ぼされる可能性もゼロではない、と」
Aランクともなればドラゴンスレイヤーもちらほら出てくる。
もしかしたら鉄壁のなんちゃらもそうかもしれない。そうだとしてもエルダードラゴンは少し厳しい相手だとは思う。
それこそ《拳王》ならエルダードラゴンなど容易く屠るだろうが。
「その通りです。ですから急ぎ、何らかの手段で彼らを止めたいのです。しかし、さすがにAランク冒険者を力づくで止めるなんてことは不可能です。何とかギルドや権力者を説得できないかと駆け回っているような状況でして……」
さて本当に俺たち以外のところを駆け回っているのやら。さっきの様子では嘘だと思うがな。裏をとってもいいがそこまでしなくてもいいだろう。
明らかに何かを隠した依頼主だ。これまでの依頼主で一番誠実だったのは盗賊ギルドかもしれないな。
「報酬は?」
青年は一瞬、固まった。
「……受けていただけるのですか?」
「正当な対価を示すなら」
俺がそう言うと村長が答えた。
「依頼は冒険者パーティ《鉄壁のアッシュガルド》の説得。守り神様の討伐を中止させてほしい。報酬は銀貨五枚。これが村の限界だ。前金もなし、成功報酬のみだ」
依頼内容が本当なら報酬もそんなもんだろう。いざとなれば鉄壁を殴るだけで解決する簡単なお仕事だ。
問題はこいつらがどこまで本当の事を言っているのかどうかだが……それは行き当たりばったりで良いだろう。
少なくともエルダードラゴンは間違いなく存在している。
「いいだろう。殺しもないし、冒険者に言うことを聞かせるだけだ。どうだ、リアラ?」
リアラは真っ直ぐに村長を見つめる。探っているのか。村長はたじろいだ。リアラの視線を真正面から受け止められる男は少ないだろう。
だからリアラが男を見つめ、そこから分かることなど多くは無い。
「……構わん。受けてもいい」
「決まりだ。この依頼、受けよう」
「お、おお……ありがたい。よろしく頼む」
村長と青年は深々とお辞儀をする。
「報告先はどうする? 村か?」
「……そうですね。村まで報告に来てください」
「わかったよ……ところで、ギルドに依頼を取り下げさせたらいくら出す?」
鉄壁を止めてもその場しのぎにしかならない。冒険者なんて掃いて捨てるほどいる。
第二、第三の刺客が守り神様の元へと送られるだろう。可哀想な守り神様だ。
「そこまでは……いや、そうだな。金貨一枚でどうだ?」
おっと失言だな村長。『そこまでは』か。なるほど。困るのか、あるいは求めないのか。
結局、金貨一枚を提案しているのだから、金銭的な問題はないのだろう。
そうすると『そこまで求めない』のは不自然だ。村の守り神を守るためには必要なことだからな。おそらく『そこまでされると困る』だろうな。
しかし、それにしても村長は演技が下手くそだな。
嘘をそのままに交渉を続ける。
「悪くない。ちなみに冒険者ギルドへの依頼者情報は非公開になっている、ということで間違いないか?」
「間違いない、非公開だ。まったく厄介な話だ」
冒険者ギルド支部長以上の承認が必要になるが、冒険者ギルドは依頼者の保護という名目で依頼者に関する情報を秘匿する場合がある。今回は冒険者ギルドのガロン支部長が承認したということだ。
秘匿するのもしょうがないだろう。なんせ一部では守り神として崇められているエルダードラゴンの討伐依頼だ。
そもそも冒険者ギルドが依頼を受理したことが不可解だが、受理したのならば依頼者名は非公開となる案件だろう。
「目星はついているのか?」
「さっぱりだな。だが恐らくヴェント砦の一件が関係しているはずだ」
「なんだそりゃ?」
「知らんのか? 聖地の近くに山賊が居着いた砦があったのだが、それが一夜にして更地にされていたのだ。こんなことができるのはエルダードラゴンだけだと噂が立ってな……」
「へぇ、おかしな話だな」
ここで砦の話か。俺たちの仕業と知っているのか、はたまた偶然か。
「あ、ともかく。依頼は以上だ。よろしく頼む」
村長はそう言って、青年とともにそそくさと出て行った。
*
事務所には沈黙が訪れていた。
あまりに不自然な依頼にそれぞれ思考を巡らせているのだろう。
「砦が更地になったのはダイスとリアラのせいですよねっ!? 二人のせいでドラゴンが討伐されるってことですか!?」
沈黙を破ったのはエマだ。
「正確には墓地だがな。奴らが言っている話が本当なら俺たちのせいだという可能性はある。だが、奴らは嘘つきだっただろう?」
「彼らは魔王教団ですよね。穏健派の」
「私もそう思った」
ソフィとリアラも俺と同意見のようだ。
ほろ酔いリアラでもわかるぐらいの粗い嘘だった。
だがエマだけはそこまで事情を把握できていない。
「んん? どういうことです!?」
エマは頭を抱え込んでいるが、これ以上の説明をする気はない。
「……それにしても、あんな依頼でも受けるんですね。いいんですか?」
「仕事に対する報酬が適正で、俺たちに時間があり、面白そうなら何でもやるさ。何でも屋だからな…………面白そうだっただろ?」
「え、どうでしょう……」
何でも屋なんて初めてやるから一般的なところはわからんが多分そんなものだろう。
ソフィはどこか呆れた様子だ。
「さて、狙いを確認しに行くか。エマは……留守番するか?」
「ええ!? あたしも行きたいです! 鉄壁がどれくらい硬いのかを見たいです!」
それは俺も見てみたい。殴ってみるのも面白そうだ。
それに相手の狙いがエマなら家に置いておくわけにもいかない。暗殺者や魔王教団信者が押しかけてきそうだからな。連れて行った方が良いだろう。
「そうか。まあ別に構わんが自分のことは自分でなんとかしろよ。死ぬときは邪魔にならないように一人で死ね。ソフィも行くんだよな?」
「…………もちろんです…………はぁ」
「じゃあ、全員で出発するぞ。まずはドラゴン退治をする冒険者退治だ」