16 新たな依頼
いつも通りの朝。
リアラはダイニングで飲んだくれていた。すでにシャツの胸元は開き始めている。朝だが依頼もないし問題はない。
何でも屋は特に営業時間は定めていないからだ。深夜でも来客があれば対応するし、朝から酔っ払っていても対応する。
つまり、どんな状態であっても対応せねばならないのだ。その覚悟があっての酔っ払いだ。
俺は事務所の外に出て、エマに魔法を教えていた。ソフィも一緒だ。
「果てなき苦痛、のたうち回り、喉は焼け付き、皮膚はただれる」
そんな呪文の魔法を俺に撃たれても困るので、害虫駆除も兼ねてそこらのネズミに対して撃っている。
撃たれたネズミは全身に火傷を負って絶命した。恐ろしいな。
訓練の効果としては二つ。命中精度、効果範囲、威力など魔法の特性の理解が一つ。
もう一つは――
「うまくできました! この分だと大魔法使いになれそうですね! 大魔王の大魔法使い!」
少女は無邪気に笑って言う。喜びジャンプしてパンチラを連発する彼女は、それがどれほど恐ろしいことか理解はしていないだろう。
「……魔法使いか。ならば魔法をちゃんと使えるようにならないとな」
「はい! このまま魔法の特性を理解して――」
「あー、ちょっと違う。それだけじゃ、魔法を使えているとは言えない」
エマの言葉をさえぎった。
「どういうことですか? 今は使えていないんですか? 命中精度とか……」
「そういうことじゃない。魔法使いってのは魔法を持つものを指すわけじゃないのさ。剣を持っていても剣士ではない。同様に、お前は六十四の武器を持っているがそれだけだ。魔法を使うとは、剣を使うと同義だ。まだお前は剣を持ったに過ぎない」
「魔法を理解して使うことが魔法を使うことにならない……魔法使いってなんなんですか?」
眉根を寄せるエマ。教えるのは簡単だが、今は教えない。
「魔法を使い込んでみろ。教えられなくても、いずれ分かる」
もう一つの訓練の効果は『魔法使いになること』だ。
魔法は使えば使うほど精度を増す。そして、その願いの本質を理解していく。
俺たちの訓練を眺めていたソフィがおもむろに口を開いた。
「あの……ダイスさん、いいんですか?」
振り向き彼女を見る。
今日はシャツに短パンというラフな格好をしており、胸の谷間が露になっていた。
気配を消す能力が誰より高いのに、なぜここまで胸は存在感を放つのだろうか。
谷間から目をそらし返事をした。
「……あー、何がだ?」
「《拳王》はダイスさんのところにくるのではないでしょうか?」
「来るだろうな。そんなことを言っていたし」
「こんなところでのんびりしていないで鍛えたり、研ぎ澄ませたり……そういう事をやった方がいいのでは?」
「やっているさ。悲しいことにいつも戦場の気分だ」
ソフィの胸を見て変な気分になっていたことは頭の片隅に追いやる。
「すぐにでも来るのでしょうか?」
「そうだな……すぐには来ないだろうな」
「なぜです?」
「美味そうな酒を見てすぐに飛びつくほど飢えちゃいないだろうよ。テーブルを整えるぐらいの上品さは持ち合わせていそうだ」
「……そうですか?」
伝わらなかったか。まあいいか。
俺がやることは変わらない。日々生きていくだけだ。
「そろそろ中に戻るか」
「はーいっ!」
「そうですね」
そうして三人でダイニングに行くと、床には下着姿のスレンダー美女が横たわっていた。
足首からふくらはぎ、そして太もも、ヒップのラインが素晴らしい。そしてくびれの後に訪れる適度なサイズの双丘。白く透き通るような美しい肌。
何よりその寝顔は女神と名乗られても納得するしかないほどの美しさだった。
普段まとめている長い金髪は乱れ、体に絡みついている。
数秒くぎ付けになった後、ソフィにダイニングから追い出された。解せない。
*
昼になり、目を覚ましたリアラも含めた全員でくつろいでいるとリビングにノックの音が響いた。
リアラはそのノックに覚えがあるようだった。
「依頼者だな。エマ、通せ」
「わかりましたっ!」
いつの間にやらエマは良く教育されていた。
「ノックの主は知り合いか?」
聞くと、リアラは得意げに返事をした。
「さっき花に水をやっていたらな……依頼をしたいから後で来ると言っていた。花の力だ」
事務所の前の花壇は丁寧に手入れされている。リアラは家の中のゴミには無頓着だが、花壇の手入れには熱心だった。
本当に花の力で客が来たのかは疑わしいが、本当なら花の世話をした甲斐もあったというものだろう。
花で客が来るなどなんとも豊かなことだ。傭兵や暗殺ではこうはいかない。
エマに通されて来たのは二人の男性だった。一人は老人、一人は青年だ。
青年の方が、こちらにも十分に聞こえる小声で老人に話しかける。
「村長、こんなとこじゃ無理でしょう」
「いや、この人ならなんとかしてくださるはずだ」
『村長』はリアラを見て言った。なるほど、リアラに釣られてしまったのだろう。花に釣られたのではなかった。ある意味では『花』と言えるが。
とはいえ、ここは何でも屋だ。
依頼が何であっても面白ければ受ける。聞くだけ聞いてみるか。
「ようこそ、何でも屋へ。依頼を聞こうか」
「儂はスーガル村の村長ウォーランだ。依頼は……ちょっとややこしいのだがな。我らが聖地のエルダードラゴンについてなのだ」
くだらない街のお困りごとを解決せんと始めた何でも屋の依頼に聖地のエルダードラゴンか。
ドラゴンの位としては上から二番目だ。神代より存在するエンシェントドラゴン、その後に生まれたエルダードラゴン。そこから後も幾らかの分類がある。
そんな強大なドラゴンに関わる依頼というわけだが……そもそも、こいつらは俺たちを何だと思っているのだろうか。
《破壊神》や《くびおとし》と認識した上での依頼ならまだしも『お花の世話をしていた美女』に依頼するには荷が重すぎる内容になるのではなかろうか。
俺たちの実力に問題ないとしても、依頼主の思考力に不安を覚える。
あるいは俺たちが何者かわかった上でわからないフリをしているのか?
こいつらが何を考えているかはともかく、よくよく考えてみればこれまでの依頼も碌なものではなかった。
領主からの山賊の投降勧告に始まり、領主からの魔王育成依頼、盗賊ギルドからの暗殺ギルド調査依頼。
言葉にするととんでもないな。街の何でも屋の仕事では無い。
そして、ドラゴンか。
冒険者ギルドに依頼するような内容なら断るが……とりあえず続きを聞こう。
「詳しく聞かせてくれ」
村長を名乗る男はコホンと咳払いをして続けた――