14 ガロンの夜
ガロンは大都市だ。華やかな眠らない街。夜はきらびやかな衣装を身にまとった女たちがそこかしこに姿を見せる。
一方で陰気で薄汚れた部分も多い。美しさと汚さは同時にあるものだ。この街は醜く、そして輝いている。
人間を体現する場所なのだ。
リアラとバーに来ていた。リアラを見る男たちがいる。
「昔の同業者だ」
「そうか。挨拶しなくていいのか?」
「どうでもいいな。そんなことより酒だ。マスター、おすすめのワインを」
男たちの溢れる敵意を茶化してみるが、リアラには軽く流された。
「それもそうか。こっちには……どうするかな」
品のいい店だ。マスターも仕立ての良い服を着ている。慣れた手つきでワインを用意しながら答えてくれた。
「ガロンの名産ガロニアウイスキーはいかがでしょう。煙で燻したような濃密な香りが特徴です。よろしければいかがですか?」
「それを」
「かしこまりました」
トスカート領は夏は温暖な気候だが、北方に高山があり冬はそこから強い冷気が吹き降ろす。それ故に強めの酒が好まれるが、一番の名産は独特の香りがするウイスキーだ。
「何に乾杯する?」
俺が聞くとリアラは即答した。
「何でも屋に」
「賛成だ。乾杯」
「乾杯」
それぞれ出されたグラスを軽く掲げる。
「うまい」
思った通り好みの味だ。薫製肉も好きだし、こういうスモーキーな味わいはたまらない。しかし、『うまい』としか言えない自分の語彙力が悲しい。
「こっちも中々イケる」
リアラも同じく語彙が少ない。
だが、うまいものをうまいと感じられればそれで十分だとも思う。
酒をしばらく楽しんだところで、店の雰囲気が変わった。奥のテーブルにいた奴らが動き方を決めたようだ。
一人が立ち上がり、こちらを見て言った。
「《くびおとし》、いつまでこの街にいるつもりだ?」
スキンヘッドのごつい男だった。俺より頭一つでかい。体重もかなりありそうだ。丸太を武器にしても違和感がないぐらいの体型だ。
こういう時に声をかけてくる定番のタイプだろう。この上品な店には似合わない。
「貴様らが消えれば良い。自分で出来ないなら殺してやってもいい」
親切な女だな。
「ああっ!? てめぇっ!」
と、男は凄むが腰が引けている。相手が相手だ。同情するよ。
「待ちたまえ、君」
店の入り口から老紳士がはいってきた。
「《拳王》か……」
「奇遇だな、リアラ嬢、ダイス殿」
「ああ、こんなに早く再会するとは思っていなかったよ」
「私もだ」
俺達の会話を聞いたスキンヘッドの男は慌てて奥へと引っ込んでいった。
「先日の続きをしたいところだが……」
紳士は髭を撫でながら俺を鋭く睨む。
緊張が走った。
だが……今ではないな。生粋な戦闘狂。殺人狂でもあるが、それよりも俺のような相手とやるなら場を整えたいタイプと見ている。
「すまんが死ぬつもりはない。まだ酒が残っているからな」
俺が答えると、紳士は俺たちのグラスに視線を移す。まだ半分も減っていない。
「ああ、酒を放って死ぬなど無礼にもほどがある。ちゃんと最後まで楽しみたまえ」
リアラは深く頷いている。共感できたのだろう。彼女の酒に対する礼儀正しさは、人に対するそれとは大きな差がある。何なら人より酒の方を尊敬している節さえ見せる。
「面白いな。いいのか?」
「酒の場で喧嘩など無粋にもほどがある。私の好むところではないよ」
「ナンパと喧嘩は酒場の華、だぜ?」
完全に俺の持論だ。女に声をかけて粗野な男どもが喧嘩してこそ酒場だ。周りでやられると迷惑だが、自分でやる分には嫌いではない。
「そんな言葉は初めて聞いたな」
紳士は笑い、続けて言った。
「この素晴らしい店に迷惑をかけずに二人に死んでもらうのは難しい」
「殺す必要があるのか? 俺は貴様を殺したい理由は多少あるが」
嫌いだからか。あの凄惨な戦場を自身の故郷に重ねたからか。
自分でもわからないが、こいつは殴りたい。
「殺す必要か……あるとも。暗殺ギルドは『女の子』が欲しい。そして君らに消えて欲しい。私は君と戦いたい。それがすべてだ」
「そうか。だが、暗殺ギルドが欲しいというのは語弊があるんじゃないのか?」
「どういうことかな?」
「いや、魔王教団が、かと思ってな」
ソフィからもらった情報だ。出し惜しむ理由もない。
「ふ、ふふ。気付かれてしまうものだな。そうだな。私は戦争が欲しい。凄惨な戦争が。そして同時に強者を殺したい。殺して殺して殺し抜く。ステキな世の中だとは思わんかね?」
「さあな。やったことはあるがもう飽きた」
「もったいないことだ」
老紳士は口角をうっすらとあげた。どう猛な男の本能は俺を殺したくてしょうがないのだろう。だが理性がそれを押しとどめている。もっと楽しめるタイミングを計っているのだ。
「ともかく、今日はこの店では落ち着いて飲むことはでき無さそうだ。残念だが……ここで失礼しよう」
《拳王》はそう言って、去っていった。
店内はしんとしており、もはや俺たちに関わろうというものはいなかった。
暗殺ギルドマスターだとか《拳王》だとかの単語が出たのだ。関わりたくはないだろう。
「やはり魔王教団だったか」
「暗殺ギルドもわかっているだろう。魔王教団に良いように使われるほど間抜けではない」
「そうか。手を組んでいるのかな」
「おそらく……今日は早めに切り上げよう」
酒好きの女神がそんな事を言うとはな。いつになく真剣なご様子だ。何か思うところもあるのかもしれない。
例えば暗殺ギルドマスターを殴りたい衝動が高まったとか、な。
「さっきの感触だと向こうから仕掛けてくる事はなさそうだが、休んでおくに越した事はないか」
「だが……美味いワインだ。もう一杯だけ」
「あ、俺も。もう一杯、同じのを」
そう言いつつも結局そこから五杯ほど楽しんでしまった。
飲める時に飲むのも、休める時に休むのと同じぐらい大事なのだと言い訳しつつ、その日を終えた。