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殺しすぎたふたり  作者: 猫村あきら
13/31

13 リアラの想い

リアラ視点

 私にリアラという名前をつけたのは一人の男だった。

 親とかじゃない。そいつはただの人殺しだ。


 私は殺しを生業とする組織で育った。組織には子供から大人まで多くの殺し屋がいた。

 小さな時から何かを殺すことしかしなかった。それが普通だったし、そこに良いも悪いもなかった。

 呼吸をするように自然に人を殺した。どんな物よりも、死体を見ている時間が長かった気がする。


 組織の指導者たちは、暗殺に役立つ魔法を身につけるよう子供たちに指導していた。

 たった一つの魔法だ。何を身につけるのか気を使って当然だ。

 身体強化を実現しやすい言葉、遠隔攻撃や、毒物、精神の操作につながりやすい言葉……そういう言葉を教えられた。


 私も色々試したが、どれも魔法にはならなかった。

 同じくらいの年の子供達は魔法を使って能力を伸ばしていった。

 だけど、私は焦りはしなかった。魔法が使えなくても、元からの身体能力のみで他を圧倒できたからだ。

 実戦で誰よりも成果を出している以上、組織も私が魔法を使わない事にアレコレと口は出さなかった。


 ある時、私に名前が付けられた。

 名付けは組織の子供にとって一つのターニングポイントだ。

 組織から生きることを許されたという意味なのだ。名付けられない子供は何処かで処分される。


 私に名を付けたのは指導者の立場にある男だった。シロフという男だ。

 シロフは毒に関する魔法を使う。子供の頃の私はそれを知っていた。二つ名も《毒蛇》だしな。


 だが本来なら当時の私の立場では二つ名はもちろん、指導者が使う魔法など知ることはできない。たまたま聞いてしまったのだ。組織内ではない、外――仕事のターゲットから聞いたのだ。

 私にそれを教えてくれたターゲットは、シロフを恨んでいる男だった。


 私はターゲットを殺そうと、ある場所に忍び込み、襲った。一撃で仕留めきれずに苦しませてしまった。子供の頃の苦い思い出だ。

 暗がりで何度か切り結び、明るい場所に出た時、私の顔を見た男は驚いた。推測だが、そいつは私の血縁者だったのだと思う。


『そんなはずはない、そんなはずはないが……だが、そうだとしたら…………』


 いまいち要領を得なかったが、そいつの話によるとシロフは子供を攫うらしい。素質のある子供を探し、攫う。そして、多くの場合、シロフは子供の家族を残らず殺す。それがシロフの趣味なのだと。


『間違いなく、シロフは君が恨むべき存在だ』


 男はそう言ったが、心底どうでも良かった。シロフの襲撃を生き延びたらしい目の前の男が復讐に燃えていることも、私が生まれたかもしれない小村で、私の家族かもしれない人々をシロフが虐殺していたとしても、私はそんなのを大事に思った記憶などないから。

 必死に訴える男に多少困惑しながらも、私は仕事を終えた。


 魔法が使えないまま時は過ぎた。


 ある時、仕事で貴族の屋敷に忍び込んだ。ターゲットの貴族は変な男だった。私が近付く気配を察していた。相当の手練れだと思った。

 しかし、そいつは私に気付いていながらも戦うそぶりは見せなかった。


『死ぬ前に酒が飲みたい』


 男はそう言った。気まぐれに私が構わないと答えると、男はワインを飲み始めた。逃げられても殺す自信があった。


『良い酒だから一緒にどうだ』


 そう言われたが断った。仕事中だったからだ。何より、その時は酒が好きではなかった。

 男は飲みながらポツリ、ポツリと話をした。大した話ではない。ワインの話、天気の話、作物の話、子供の頃の思い出。本当に、なんて事のない話だった。

 そして、私はそんな話をしたことがなかった。

 男はワインを飲み干し、棚から更に一本のワインを取り出した。


『記念だ』


 そう言いながら、ワインを私に投げ、男は自害した。

 何とも言えない気分だった。自分の感情の正体を知らなかった。男の死体を前にして、考え込んだ。


 男はなぜ、逃げなかったのだろう。

 なぜ、戦わなかったのだろう。

 なぜ、助けを呼ばなかったのだろう。

 なぜ、死ぬ前に酒が飲みたかったのだろうか。

 死にたかったのだろうか。

 生きたくなかったのだろうか。

 もっと、もっとたくさんのことを話したかったのではないか。

 疑問に思ってしまった。そして、知りたいと思ってしまった。興味を持ってしまったのだ。


 私は、死体を前にして貰ったワインを飲んだ。毒が入っていないことは匂いでわかる。心配はいらない。そう的外れな言い訳をしながら、ワインを飲んだ。

 自分の中の感情が少し大きくなるのを感じた。なぜだろう。飲み終えた時、決めていた。


 もう少しだけ、世界に歩み寄ろう。


 今まで誰を殺してもこんな想いは抱かなかった。あの、血縁者かもしれない男を殺した時すらも。理由はわからない。いくつか思うところもあるが決定的なものではない。

 だけど、この時、初めて目が醒めた気がした。

 生まれたと言い換えてもいいかもしれない。

 初めて、自分で考えたのだ。自分で感じたのだ。


 私は今まで川で流れる小石のように、特に意味もなく仕事をこなしてきた。物心ついた時からそうだったからそうしていたのだ。

 せめて、これからは流れる水に想いを馳せることはしてみよう。そう、別に今の仕事を続ける理由はないのだ。やめてもいい。組織を壊滅させることなら容易い。


 貴族の死体から首は落とさなかった。


 それから、少しずつ何かが変わっていった。今まで見過ごしていた事に気づいた。新鮮だった。

 世界は自分が思っていたよりもずっと現実的だった。夢の中でまどろむ私にはっきりとその形を示し始めた。

 自分の中で、自分以外への思いが膨らみ、そして魔法が使えるようになって少したち、私は組織を抜けた。


 シロフがこの街にいると、《拳王》から聞いた時、なんとも言えない奇妙な不快感が身体を巡った。


 あれからずっと考えている。


 どうするべきか。もしかしたらエマのためにも殺した方が良いかもしれない。

 しかし、私はどうしたいのか。エマの事がなかったとして、私はシロフを殺したいのか。殺して、どうするのだろうか。

 どうもしないだろう。どうにもならない。そこに意味などない。

 殺しは殺し。最低の行為だ。私はそれをよく知っている。


 リビングでソファに座りコーヒーを飲む元傭兵もそう思っているだろう。その点において私たちは非常に気が合う。

 そう、意味などない。だが――

 感情と理性の狭間で私は決断する。そして、ダイスの横顔を見つつ声を発した。


「ダイス……」

「どうした?」


 こちらを見もせずにダイスは返事をした。

 やはり、この黒髪のぼさぼさ頭の男はもう少し身だしなみに気を付けるべきだ。昨日も小ぎれいにするとか言っておきながら結局ぼさぼさ頭のまま潜入を開始した。

 仕事はまめでも見た目がズボラなのだ。


 なんて、まったく関係ないことを考えながら私は自分の想いを、自分の口で、しっかりと伝えた。


「私はシロフを殺したい」


 その理由は未だ私の中に言葉として存在しない。


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