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殺しすぎたふたり  作者: 猫村あきら
10/31

10 ダイスの娼館潜入

「おい、新入り。そっちのジャガイモむいときな!」

「へーい」


 俺は娼館の厨房にいた。

 適当に返事をしながらジャガイモの皮をむく。

 厨房で働くとはなかなか新鮮な経験だ。やったことないからな。まさかこんなことをするとは思わなかった。面白い紹介をしてくれたものだ。

 紹介状を書いてくれた暗殺ギルドの青年には、いつかお礼をしよう。あの世になるとは思うが。

 やっているのは皮むきという単調な作業だが、どうも熱中してしまう。正直、楽しい。


「まったく、女二人はどこに行ったんだかねぇ!」


 俺のボスがそうつぶやいた。四十代の威勢の良い女性だ。恰幅が良く、以前は娼婦だったという。

 さて、ボスが探している女二人――遮断の魔法で気配を消したソフィとエマ――は、実は厨房の隅にいる。いや、正確には『いるはず』だ。

 数分前、エマがソフィに『皮むきは飽きました!』と宣言。多少のやり取りを経てソフィは魔法を唱え、二人の気配が消えた。

 ソフィが魔法を唱えた瞬間、そこにいることが全く分からなくなった。

 これはかなり凶悪な魔法だな。


 ともかく、二人はサボりだ。『お前らも働けよ』と思わなくもないが一夜限りの仕事。バックレても別に問題ないし、そもそも留守番してもらおうと思っていたぐらいだ。

 勝手にすればいい。


 俺はただただこの娼館の雰囲気の悪さに辟易していた。

 嫌な場所だ。この建物に足を踏み入れた時、ここにいた女達は助けを求めるように外から来た俺を見た。

 少しの希望に縋っているのだろう。誰でもいいから助けてくれ、と。

 出してやろうと思えばできる。

 だが特に何かをしてやるつもりはない。きりが無いし、事情も分からない。

 ここにいる全員の事情に首を突っ込んでいたら、数年は続けることになるだろう。それほどにこの娼館の闇は深い。

 事務所まで依頼に来てくれれば話ぐらいは聞くが。

 虐げられ、良いように使われる女たちを見ていると嫌な記憶がよみがえる。

 人間がオモチャになる場所がこの世にはある。


 甦る記憶――――……


 血と臓腑の臭いが漂う故郷。

 剣戟が聞こえる。戦っているのは誰だろう。

 叫び声が聞こえる。あれは隣に住んでいた友人か。

 怒鳴り声が聞こえる。宿屋のオヤジか。

 呪う声が聞こえてくる。薬屋の娘か。

 あざ笑う声が聞こえてくる。知らない声だ。

 人間の感情が爆発したようなあの戦場で、男達に押さえつけられた幼馴染の少女が俺を見る目。

 ただ見知らぬ男に殴られ続け、血反吐を吐くだけの俺。


 もう昔の話だ。

 敵も味方も友人も家族も、特別に大事な少女も、平等に全員死んだ。いや、殺した。

 あの出来事を知っているのは俺だけだ。だから無かったも同然の話だ。それだけが俺の救いになっている。


 ふと、俺を包む空気が変わった。そして、目の前にソフィとエマが現れる。

 魔法によって遮断された空間の中に入ったのだろう。

 不思議な感覚の空間だな。内部の音はまったく漏れていないようだが、外からの音もまったく入ってこない。ソフィは読唇術でも身につけているのだろうか。

 魔法の範囲をどれだけ操作できるかはわからないが、攻撃の間合いに入れば存在がバレそうだ。弓などで遠距離から攻撃するとしても、矢が魔法の壁を突き破った瞬間に意味がなくなる。

 とはいえ、かなり便利な魔法であることは変わりない。


「あの……ダイスさん、あたしとエマはあちこち見て回ってきますね」

「楽しんできますね!」


 この数分間、ソフィとエマは相当言い争ったのだろう。そしてソフィが負けたようだ。

 ソフィは疲れ果てた顔をしていた。化粧は『目立たない』をテーマにしたようで、ちらりと見て、もう二度と見ないような顔になっている。よくよく見れば顔立ちが整っていることはわかるが、そこまで気にするものはいないだろう。

 ただし、そのスタイルを見ればもう目を離すことはできないだろうが。

 エマは満面の笑みだ。こちらは化粧をしたケバい女の子だな。面白すぎて二度見してしまう。


「退屈だったか?」

「はい! 厨房はもう満足しました! 他のお仕事を見学です!」

「エマ、お仕事見学はだめですってば……。建物の中の人がいない場所を見て回るだけですよ。ダイスさん、せっかくだから適当に情報収集してきますね」


 子供にはあまり縁がない場所だしエマも娼館を嗅ぎまわりたいのだろう。遮断の魔法という便利なものもあるしな。

 連れてくると決めた時からこうなることはわかっていたが、たしかに娼館のお仕事見学は子供の教育に悪いな。


「わかった。エマ、勝手な行動は慎めよ」

「もちろんです!」


 まったく信用できない。返事に少しの躊躇いもなかったのが逆に怪しい。


「……もし万が一、ソフィから逃げたいなら俺に言ってからにしろ。ソフィを撒く手伝いぐらいはしてやれるかもしれん」


 ただの冗談だ。エマが一人でソフィから逃げられるとは思えないし、もちろん俺もエマを逃すつもりはない。仕事だからな。


「おお……わかりました!」

「あたしの前で言うことですか……」


 ソフィは肩を落としため息をつく。あわせて胸が揺れる。


「でも、こんな面白い場所から逃げるなんてとんでもないです!」

「そうか」

「エマ……はぁ」


 その言葉に嘘はないだろう。『面白そうだからいる』、エマにとってはそれがすべてだ。


「行ってきますっ! 娼婦! 娼婦!」

「娼婦はだめです! とにかく、行ってきます」

「気をつけていけ」


 二人が出て行ったあとも俺は厨房で作業を続けた。



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[一言] 全部壊せば解決だよ!
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