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殺しすぎたふたり  作者: 猫村あきら
1/31

1 破壊と創造

 人を殺さずに金を稼ぐのは難しい。ほとんどの仕事はどうしても途中で人を殺すことになる。


「どうしても殺しちまうな」


 足元に転がる死体を眺めながら俺はつぶやいた。石造りの古びた砦の中、暗く狭い通路に血の匂いが満ちる。慣れた匂いだ。


「相手が死にたがってるんだ。しょうがない」


 隣に立つ女が応えた。

 透き通るような白い肌をタイトな白シャツと黒いレザーのパンツで包み、落ち着いた色の金髪を無造作にまとめ髪にした、切れ長の目の超絶美人だ。メガネをかけてキツイ一言でも言えば喜ぶ男も多いだろう。


 俺――ダイスと、彼女――リアラは昨晩、酒場で出会った。そして、今は山間にある無骨な石造りの砦で人を殺している。


 どうしてこうなったかと言えば、それは恐らく酒のせいだろう。



 長いこと傭兵を続けていたが、先月、戦場から帰った時に引退を決意した。溜め込んだ金で遊んで暮らそうと思ったものの退屈で退屈でしょうがなかった。あちこちフラフラと旅してまわり、自堕落な生活をしていた。


 そして昨日、大都市ガロンにやってきた。

 久々の歓楽街に胸を躍らせつつ適当に入った酒場で周りを見回すととんでもない美人がいた。

 雰囲気でわかったね。やばい女だって。だから声をかけた。

 トラブルは大歓迎だ。なんせすることが無いわけだからな。


『失せろ。殺すぞ』


 刺激的なご挨拶をいただいたものの、自慢の物怖じしない性格が功を奏して彼女と打ち解けることができた。

 聞けば、彼女は長年続けた暗殺稼業を先月引退したという。暇人二人で意気投合し、朝まで飲み明かした。


『殺し以外で稼ぐ方法って何だろうな?』


 俺が何気なく問いかけると、彼女は長い睫毛をわずかに伏せ、深い蒼の双眸を静かにこちらへ向けた。そして、透き通る声で答えた。


『お花屋さんはどうだ?』


 思わぬ回答で、まさに目から鱗だった。


『選択肢になかったから驚いた。戦争しかやってこなかったからな。たしかに何かの店をやるのも面白そうだ』

『店をやるのか?』

『やるつもりはなかったが今決めた。何か店をやる』

『何かってなんだ』

『なんだって言われてもな。どうしようか……なんでもいいか。何でも屋だ』

『面白そうだな。私もやる。いい暇つぶしになりそうだ』


 思いつきで決まった俺の新たな人生の門出に、彼女も暇つぶしに付き合ってくれるとのことで幸先のいいスタートだと思った。


 よくよく考えてみれば、何でも屋は非常に良いアイデアだった。

 俺が求める面白いことってのは街の中、人の中、ごみ溜めの中にあるのだ。そういう面白いことが、わざわざ探しに行かなくても向こうからやってきてくれるのだ。


 酔いも覚めぬまま不動産屋に足を運んで家を買い、開業したところ二時間後には依頼が来た。

 依頼主は大都市ガロンを治めるトスカート領主フロウディア伯の使いを名乗る小娘だった。


『山間の砦に居着いた山賊に投降勧告状を届けて欲しい』


 笑ったね。大爆笑だ。こんな怪しい依頼があるか。二つ返事で答えた。


『わかった、わかった。任せとけ』


 返事をする俺の横で、リアラは目の端に涙を溜めながら笑い、さらに酒を煽っていた。

 夜から飲みっぱなしだ。

 最初のクールな雰囲気とは打って変わって笑顔が絶えなかった。笑い上戸だな。

 いつの間にかシャツの胸元が開放的になっているのも好印象だった。


 最初の仕事は郵便屋さんだ。悪くない。

 この依頼の背景に何があるのか。依頼主の正体は誰なのか。

 すべてを無視して俺たちは投降勧告状を受け取り、くだらない雑談をしながら半日かけてこの砦にやってきた。


 というわけで、持ち物も大したものじゃない。酒とちょっとした武器ぐらいだ。

 砦の入り口で『領主の使いだ』と名乗るとあっさりと中に通された。

 現れた偉そうな態度の山賊に投降勧告状をお届けし、色々あって今に至る。



 通路を進むと少し先に中庭が見えた。

「待て」と、リアラが俺を止める。


 彼女は手に小さなナイフを握り中庭を見つめた。

 ナイフは食事用のものではない。殺人用のものだ。そう、殺人用のものなのだが、ナイフを見ていると無性に腹が減ってきた。今日はまだ何も食べていないことを思い出してしまった。昨晩から飲み続けて、少し残った酒が胃を熱くする。


「なあ、昨日は何を食ったっけ?」

「覚えてない。そこ!」


 リアラは俺の脛を蹴っ飛ばす。

 軽く後ろに下がるとさっき立っていた場所に矢が刺さった。危ねぇな。殺す気か。


「怒ってるなぁ」

「ダイスが怒らせたんだろ」

「俺はただ『ブタ箱で這い蹲って貴族様のケツでも舐めとけ』って勧めただけだ。奴らが生き残る唯一の道だからな」

「それはその通りだが」


 リアラはこちらを振り向きもせず、そう言いながらナイフを投げた。喋りながら適当に放ったようにも見えるが、ナイフは見知らぬ男の首元に深々と刺さっていた。


「かなり距離があったが凄いな」

「私からすれば近接戦も同然だ」

「ほお。さすが『くびおとし』様だな」

「その呼び名はやめろ。気に入っていないし、今は何でも屋だ」


 この国の裏社会ではその名を知らぬものがいないほどの暗殺者だ。

 彼女にターゲットにされて首が落ちなかったものはいない。

「おい、リアラ。何人ぐらいいると思う?」

「砦の規模からして五十はいそうだな」

「げんなりするな」

「まったくだ」


 中庭の奥にある立派な扉を無造作に蹴飛ばし開けると、そこは吹き抜けの広間だった。

 二十名ほどの屈強な男どもが待ち構えているのが目に入る。

 

「待たせたようで申し訳ないな」

「死ぬまでの時間が伸びたんだ。私たちが急がなかったことを感謝するべきだ」

「そういう考え方もあるか」


 感心していると、リアラは俺の肩を小突いた。


「ダイス、半分ずつだぞ」

「そう言わずに全部持ってけよ」

「お断りだ」


 彼女は男たちに向かって駆ける。これ以上、長生きさせるつもりはないようだ。

 俺が相手にするのは半分、つまり十人。魔法を使われたら面倒な人数だ。


 魔法は誰でも使えるものだ。誰しも子供の頃に自分で呪文を作る。

 ただし、二つは作れない。

 自分が強く、心から渇望するたった一つの願いを言葉にする。それがそいつだけの魔法になる。


 どんな魔法かは様々だ。火を出す奴もいれば水を出す奴もいる。中には空を飛ぶ奴もいる。

 目の前の十人がどんな魔法を使うかは知らんが早めに倒しておくに越したことはない。


 左手の酒瓶を敵の頭上に放る。そのまま、転がる小石を足で強く蹴飛ばす。

 お見事。小石は酒瓶に命中した。最近は暇すぎてこういう小技をよく練習しているのだ。

 割れたビンと酒が敵に降り注ぐ。

 気にしない奴は気にしないが、慌てる奴は慌てる。案の定、慌てる奴が数人。

 その背後で一人の男が口を開いた。


「とぐろを巻く蛇、引きずる足、赤錆びた鎖――」


 詠唱だ。相手がどんな魔法を使うか事前にはわからないが、呪文を聞けばだいたい予測はつく。


 呪文は通常、四節からなる。三節を聞いての印象だが、たぶん拘束する系の魔法だろう。

 どんな幼少時代を過ごしたらそんな呪文になるんだ。根暗な奴だ。


 魔法は抵抗できる。相手よりも強く、しっかりと意思を持てば効かない。

 おそらく根暗な彼の魔法で俺が拘束されることは無いだろう。

 だが、万が一もある。わざわざ賭けに出る必要もない。

 落ち着いて、しっかり狙いを定めてナイフを投げた。


 今、頭から血を吹き出している彼の呪文の四節目を聞いてみたかった気もするが残念だ。あの世でもお元気で。


 さて、手ぶらになってしまった。

 目前には大男が迫り、俺に斧を振りおろすところだ。

 だが、問題はない。こんな時のために籠手をつけている。

 籠手で斧を弾くと、大男は体勢を崩した。そこへ、蹴りをはなつ。狙いはこめかみだ。

 鋼鉄製のブーツのつま先が男のこめかみを穿つ。

 あの頭のへこみ具合では二度と起き上がることはないだろう。


 残り八人。すべて大したことはなかった。大男と同じように蹴って殴ったらすぐに黙った。


「お待たせ」

「遅かったな」


 リアラは腕を組んで待っていた。


「お前よりもエール五杯は多めに飲んだからな」


 根暗な彼の頭に刺さったナイフを抜きながら答える。


「ウソをつくな。私の方が飲んだぞ。ダイスはワインを飲んでないだろう? アレは私が一人で空けた」

「ワインなんてジュースみたいなもんだ」

「なんて奴だ。よくそんな事が言えるな。ワインに申し訳ないとは思わないのか」

「おっと」


 柱の影から飛び出してきた男にナイフを投げつける。リアラもほぼ同時にナイフを投げていた。


「今のは俺の方が早かったな」

「ちっ。認めよう。今のはダイスの方が早かった」


 意外と素直だな。変な女だ。


「さて、どうするか。俺たちが受けた仕事は投降勧告状をお届けする事だ。もう仕事は終わっているとも言える」

「帰るのもアリだが……どんな時でも顧客の期待を超えるのが私のポリシーだ」

「俺は貰った金額分しか働く気はない」

「何を言っている。もちろん私もそうだ。顧客の期待を超えた上で追加料金をいただくのだ」

「タチの悪い女だ」

「他人のことを言えんだろう? やる気になってるじゃないか」


 確かにやる気になっていた。面白そうだ。例えばこの砦を潰せばあの怪しすぎる依頼主は慌てるかもしれない。

 潰す、というのは文字通りの意味だ。完膚なきまでに粉々に潰すことを指している。


「実は俺は面白い魔法を使う」

「良いのか?」

「別に構わないさ」


 俺たちみたいな商売では自分の魔法を簡単には明かさない。生死に関わるからだ。ここぞというときに手の内がバレているのとそうでないのとでは生存率は大きく変わる。

 だが俺の場合は事情が違う。割とおおっぴらに、むしろ宣伝するように使ってきた。

 だから、


「知っているんじゃないか?」


 そう聞くと、リアラは笑った。


「まあな。実は知ってる。お前は有名すぎだ。破壊神」

「やめてくれ、恥ずかしい。誰が言い出したんだか」


 本当に恥ずかしい。そういう二つ名は子供だけの特権だ。くびおとしの方が俺の好みだ。


「破壊の魔法を使うんだろ? そのままじゃないか」


 確かにそのままだが神はつける必要がなかっただろう。そもそも破壊の魔法を使うことすらちょっと恥ずかしいと思っている。おおっぴらに使っておいて言えた事ではないが。


「それを今から使おうと思う」


 リアラは眉根を寄せる。


「私も死ぬんじゃないか?」

「俺のそばなら大丈夫だ」


 魔法には効果範囲がある。

 俺の破壊の魔法の場合は効果範囲が広大過ぎて、逆に俺の近くは効果範囲外なのだ。

 大雑把なところが自分らしい。

 彼女は少し考えるそぶりを見せ、そして、口を開いた。


「私だけが知ってるのはフェアじゃないな。私の魔法も教えよう」

「くびおとしの使う魔法か。聞いたことはないな」


 身体強化系だろう、というのが裏の業界の者たちの見解だ。

 暗殺を生業にする者にとって有用な魔法はいくつかある。

 遠距離から攻撃する魔法か、相手の精神に働きかける魔法、毒の魔法、そして身体強化系の魔法。

 リアラの場合は屋内に潜むターゲットの首を直接落としてきたという実績が多くあるため、身体能力を強化する魔法を使うのではないかと噂されていた。


 しかし、彼女の魔法は意外なものだった。


「創造の魔法だ」

「創造……どんな魔法だ?」

「私の周りに物が溢れるのさ。何が溢れるかはわからん。その時々だ」

「へえ……すごそうだな。金とか出せるのか?」

「熟練すれば金も出せるかもわからんが、死ぬまでかかっても無理かもな」


 魔法は使うほど精度を増していく。誰しも始めは自分の魔法をコントロールできない。俺も初めて破壊の魔法を唱えた時は意図せず故郷を滅ぼしてしまった。山一つ消しとばしたのだ。だが今はある程度なら制御できる。効果範囲も村一つ分ぐらいまでは絞ることができるようになった。


「しかし、意外だな」


 暗殺には不向きな魔法だからだ。


「だろうな。仕事で使ったことはない」

「魔法無しでそこまで登りつめたのか。凄まじいな」

「登ったんじゃない。落ちたんだ」

「同じことだ。殺しを仕事にしてようが、一角の人物になるのは容易いことではない。落ちきるのも才能さ」

「変なことを言う奴だ」


 彼女が笑う。まだ酒が残っているためか、打ち解けたためか、酒場で声をかけた時より感じが良い。続けて、彼女は俺に一つの提案をした。


「破壊か……どうだ? 一つ勝負しようじゃないか」

「勝負?」

「ダイスが破壊を唱える。同時に私が創造を唱える――」


 なるほどな。興味深い。


「――周りはどうなっているんだろうな?」

「面白い。物が無くなっていれば俺の勝ちだ」

「ああ、物が溢れてれば私の勝ちだ」


 俺たちは屍が積み重なった部屋で向かい合わせに立つ。


 集中し、適切な効果範囲をイメージする。そして、思い描くのは初めて魔法を唱えた時のことだ。世界が滅べばいい、そう思ったあの夜のことを。


「死ぬより怖いもの、生きるより辛いもの、黄昏より生まれるもの、深淵に蠢くもの」


 並行してリアラが詠唱する。


「今を祝福するもの、時を紡ぐもの、心を踊らせるもの、夢を描くもの」


 地響きとともに床や壁が歪んでいく。

 あちらでは天井が落ち、こちらでは床が浮いていた。岩は石に、石は砂に変わっていく。

 山賊の中に俺よりも強い者がいれば、もしかしたら抵抗して生き残っているかもしれない。

 しかし、さっきの奴らの力量を見る限りでは、まずいないだろう。


 いつもとは少し様子が違った。

 普段なら全てが闇に包まれていき、そして、後には砂漠が残るのみだ。

 だがいつまで経っても闇は訪れなかった。

 これは創造に負けたか?

 しかし、向かい合わせで立つリアラからはそのような雰囲気は感じ取れなかった。

 彼女自身も俺と同じように何かいつもとは違うものを感じ取っているようだった。


 光とも闇とも取れぬ泥のようなモノが世界を塗りたくっていく。ズルズルと何かが蠢く。グチャグチャと何かが響く。気持ちのいい音ではなかった。

 何かで汚された世界が少しずつ晴れていき、視界がはっきりしたとき、砦は跡形も無くなっていた。砂漠でもない。


 ただ、俺たちの周りには見渡す限り墓標が立ち並んでいた。

 そして、墓標には山賊たちの屍が吊るされている。


「これは……どっちの勝ちなんだ?」

「私が勝ったならもっと山のように何かが積み上がっているはずだ」

「引き分けかな」

「引き分けだな」


 同時にそう呟いた。

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[良い点] 創造と破壊 正反対の魔法を持ってる二人 すごく面白い!
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