ビックル飲んで異世界召喚全拒否する
水道もガスも電気もある。
しかし娯楽は無い。
ここは山の中、最寄りのコンビニまで車で30分。カラオケはなく、ゲームセンターもない。もちろん高校時代の友人たちも近くにはいない。
高校生活を遊びすぎて大学受験に失敗した俺は、強制的に父の実家である田舎の婆ちゃんの家に軟禁される事になった。
予備校に行くのを期待したのだが、浪人仲間と遊ぶ未来しか見えないと看破された。鋭い。勉強するつもりなんか無いし、予備校の場所も繁華街が近い事で選んでいた。
そんなわけで、年を取った婆ちゃんとの同居と遊ぶ環境から切り離すという二点をクリアする為に、東京から新幹線の距離に放り込まれたわけだ。
パソコンはないし、スマホの契約も動画とかみたら一瞬で通信料が枯れる契約になってる。まぁ、それでも遊びようはあるけれど暇を持て余す。
それに、婆ちゃんにちょっと裏のハウスでシイタケとってこいとか言われると、くねくねした坂道を30分も歩いて取りに行かないといけない。何がすぐ裏だろだよ。バイクで移動する距離だよ。そんな距離を毎日歩いて趣味の畑弄りをしている婆ちゃんは当然俺よりもはるかに健康で頑丈な体を持っている。風邪もひいた事無いらしい。俺は毎年インフルエンザで寝込む。毎日ヤク〇ト飲んでても不健康。運動しないから。
そんなひ弱で怠惰な俺だが、いま、ちょっと困ったことがある。
異世界に召喚される系のゲームやラノベは大好きなのだが、自分がその主人公になりたいとは思っていない。戦うとか嫌だし、ハーレムとか面倒くさそうだし、チートでも働くのは嫌だ。ゲームですらレベル上げしたくなくて課金するのに自分のレベル上げなんて真っ平ゴメンこうむる。
何度でも繰り返すが、勉強したくないし働きたくもない。ビックル飲んで寝転んでゲーム実況眺めてゲームクリアした気にだけなっていたい。
なのに今、8畳の自室いっぱいに複雑な光の魔法陣が回転しながら俺の足元に出現している。
(勇者よ……次元を……世界…………救……)
「いやだ!」
光の魔法陣からリボン状になった文字の様な物が何本も生えてきて俺の全身に絡みつく。繭のようにされていく。
(私は……王、姫と共に………………其方の血に眠る大いなる……大地を蝕む悪しき力だ……聖なる…………乳酸菌と……)
「働きたくない! 異世界にも行きたくないし勇者もしたくない」
断固拒否する。普通に考えて魔法陣から変なもの出てきて絡まれたら逃げるだろ。
全身にまとわりつく光の帯を引っ張りながら部屋を出る。うしろからズズズとか聞こえる。ミシミシと築60年の木造家屋が震える。
「ばあちゃん助けて!」
俺をとらえて異世界に引きずり込もうとする謎の力に、意志力と筋力で抵抗しながら歩く。やたら広い家の中を這うように進みながら一階和室の仏壇脇にある大黒柱に抱き着く。
ミシミシ
(助けて下され…………助けて下され…………マジで…………)
「主人公になりたくない!俺は読者がいいんだ!」
脳内に響くウザい声と、ゲートオープンとか契約術式がどうとか流れるアナウンスを全無視して、
逆に光の帯を引っ張った。体を引っ張る不思議な重みがグッと増していき、スポンと何かが抜けた感触。
ズシン。表で、何か重たいものが動いた音がした……
さっきまでの景色が幻だったかのように、魔法陣も光の帯も消えている。脳内に響いていた幻聴もすっきりだ。
「よし、ねよう」
そしてバーチャル美少女になったおじさんの嘘可愛い言動を眺めてニヤニヤしよう
「おうい、庭になんかデカイのあんけど、またあんたのかね。あまぞんかい?」
婆ちゃんに呼ばれて庭を見ると、そこには茫然と立ちすくむ真紅のローブを纏い王冠をかぶったいかにも王様っぽいイケメンおじさんと、ふわふわ系コスプレイヤーみたいなお姫様。そして完全武装の槍と鎧着た騎士数十人。地面には這いつくばる魔法使いっぽい人達と山に半分埋まる巨大な石舞台。
婆ちゃんに、上がって貰いな、お茶飲んでいきなと誘われたグランテンプーレ王国のみなさんは、勇者召喚術式に含まれた『召喚陣を通過した異世界の住人に莫大な魔力と成長力を付加する』という支援魔法によりとんでもなく強くなったらしい。
さらに、「居なくなっても大きな影響のない」上に「暇を持て余して」いて「異世界適正のある性格した人物」を対象に召喚術式を起動したため、グランドテンプレ王国に戻る座標がわからないらしい。
よくあるテンプレだけど、召喚ってかってにされると迷惑でしょ? とお茶のお代わりを注ぎながら語り掛けると項垂れてしまった。
「ねぇ、婆ちゃん、この人たち帰る場所ないんだって」
「そいつぁ大変だねぇ。異世界は星の配置が整わんと行き来できないし、ぐらんての国は神さまも狭量じゃから、こっちでゆっくりしていきなさい」
なんだ、婆ちゃんが関係者ぽいムーブ始めたぞ。
この異世界から逆召喚された王国首脳陣と人類圏の存亡を掛けた召喚関係者は、婆ちゃんちの裏山で王国を築き始めるし、異世界側は打つ手も無くなって滅んでたりするんだけど……
姫様は魔法で言葉と戸籍の問題をどうにかすると、知識を身に着ける為に車で一時間の図書館に通いつめ、半年も経たずに一般常識どころか受験勉強まで身に着け、俺の志望校のA判定を得るようになってしまった。
裏山で見つかった巨大ダンジョン、婆ちゃんの謎の出自、様子を見に来たオヤジの「やはりこうなったか」という訳知りムーブ、騎士達が手伝う事によって育った巨大な野菜たち、魔法使いたちがその辺の石と葉っぱから作りだした謎ポーション、納屋で見つかった伝説の剣、異次元収納バックにされた俺のカバン、夜な夜な夢の中で語り掛けてくる異世界の女神、女子大生になった姫様がリアルオタサーの姫になりいくつかのサークルを崩壊させている件、王様が趣味で作った料理をネットにアップしたらしく異世界グルメブログがもの凄いPVになっている事。
さまざまなフラグが襲い掛かってきたが、全部無視して俺はだらだらし続けたし受験には失敗した。