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雑音と嘘つき 第三章二十話裏側

 身を隠し続けて早数十年。いまだに出ることのできぬ牢獄に囚われている。否、出ようと思えば出られるのだが、出たら最後、王に囚われる。

 王の下で働くのと、牢獄で愛を語るのと、どちらを選ぶべきなのかはわかりきったことだ。


 この牢獄に来る直前はひどいものだった。

 愛の伝道師たる俺が愛の言の葉を紡ぐ暇すらも与えられず、ただひたすら興味のない言葉を紡ぎ続けなければいけない。地獄というものが存在するのなら、きっとそれはああいうものなのだろう。

 だからこそ俺は牢獄に身を隠すことを選んだ。侵入することを許さない牢は、皮肉なことに王すらも阻む。


 牢獄が出来上がる直前、俺はこの地を踏みしめた。俺の力を持ってすれば、王にも友人にも見つかることなく隠れることができる。

 だがそれでも万全を期するために十年は愛を語るのをやめた。どこで足がつくかわからない。


 十年が経ったところで、我慢の限界がきた。


 愛の伝道師たる俺が愛を語らずしてどうする。愛を語るために俺がいる。もはや俺が愛だといっても過言ではないほどだ。


 愛を紡ぎ愛を伝え愛を語るのが俺の使命。ようやく解放されたのだ、思う存分語らねばなるまい。



 素性を偽り、名を変え、牢獄から出ることなく愛を歌い続け――そして俺は彼女と再び巡り会った。

 奇しくも愛を侮辱した者もいたが、まあそれはいい。何よりも重要なのは、彼女と再び相まみえたということだ。


 まさしく彼女は光であった。存在する理由も意義も意味も知ってはいたが退屈なだけの日々から連れ出してくれたのが彼女だった。

 また俺が愛の伝道師の道を歩もうと決めたのも彼女の一言があったからこそ。


 悲しくも彼女は愛されなかった故に死なざるを得なかった。愛があれば、彼女は死ななくてもすんだかもしれないと思うと、涙を禁じ得ない。

 ならば俺がどうするべきか――話は簡単だ。此度の彼女には愛に塗れた生を歩んでもらおう。


 そうすれば彼女が女神に選ばれたとしても、あのような最期にはならないだろう。


 勇者とは一人で旅をしてはいけない生き物だ。保護されねばならない存在。ならばどのような手合いが彼女に相応しいか――。




「久しぶり」


 誰を選ぶべきかと悩んでいた折、久方ぶりに友人と会った。

 ずいぶんと色が変わってはいたが、俺が友を見間違えるはずがない。


「これはこれは、思わぬお客さんだ」


 実に厄介なことになった。俺は王からも友からも逃げている身。居場所が割れれば連れ戻されるかもしれない。だが戻るわけにはいかない。彼女のためにも、愛のためにも、俺は愛を語り続けねばならないのだから。


「愛の歌しか歌わない吟遊詩人とか、隠れる気あるの?」

「外に伝わらなければ問題はないだろう。現に今まで気づかれていなかったのだからな」

「まあ、たしかにそうだけど……でもさ、普通ここに隠れてるとか思わないよね? キミってリリアのこと嫌ってたし」

「あれを俺が嫌っていようと、この場とは関係がないと思ったのだよ。すでにここはあれの想定していた場とは違っているのだからな」


 友は溜息と共に椅子に座った。座する許可など出した覚えはないが、言っても無駄だろう。俺の友人たちは皆自由気ままであるのだから。


「……で? 何してんの?」

「愛を歌い伝えている以外の何がある」

「リリアと勇者にちょっかいかけるつもりなんじゃないの」


 さてさて、どう答えたものか。愛を侮辱した者には今のところは特別なことをしてはいないが、だがこの先でどうなるかなど俺にはわからない。愛を侮辱した者が愛を知るというのもまた一興ではあるが。


「あの子には何もしないでくれる? ボクがそばにいるから勝手なことされたら困るんだよね」

「なるほどなるほど。いまだにあの者に執着しているというのか。ルースレスといい、ずいぶんと人間がお気に召したようだな。人間など所詮は短い時の中でしか共にあれない存在だというのに」

「勇者も人間だよ」

「ああ、そうだとも。今は人間だが前は人間ではなかっただろう。勇者は勇者である。それがこの世界の理だったはずだ。ならば俺が気にかけようとおかしなことは何もないとは思わないか」


 勇者は勇者であり、勇者以外の何者でもない。そして同様に、勇者以外の何者にもなれない。その身に加護がある限り、勇者であることをやめることはできないのだから。

 だが今の彼女は勇者ではない。俺の力でどうとでもできる存在と成り下がっている。なんと嘆かわしく、喜ばしいことだろうか。


「何もするなというが、お前の言うことに従って俺にどのような得がある。俺は愛を侮辱した者に制裁を与えねば気がすまないのだよ。ああいや、すでに制裁は受けたのだったか。愛なき婚姻などするからあのような目に遭ったのだからな。いやはやあれは実に滑稽だった。愛を重視さえしていれば、あのような男に騙されることなどなかっただろうに」

「キミはボクを怒らせたいの?」

「すでに怒っているだろうに妙なことを言う」


 焼けつくような熱気は友が怒っている証拠だ。いやはや俺の友人たちはどうにも野蛮だ。もう少し会話を楽しもうという気はないのだろうか。

 会話というものは実に素晴らしいというのに、目の前にいる友、人間に執着した友、怠惰な友――三人も会話を軽視している者がいるのだから嘆かわしいことだ。


「さて勘違いしてもらっては困るのだが、俺は何もお前に喧嘩を売っているわけではないのだよ。同種の中で一番弱い俺が、一体誰に喧嘩を売れるというのだろうか。肉体が死ねばその分愛を伝えることができなくなるというのに、そのような道を俺が選ぶとでも?」

「馬鹿みたいな歌を歌うのと、リリアに制裁するの、どちらの方を重要視してるかだからね。後者を選んだらどうなるかわかってるとしても、そっちの方が重要だったらキミはそうするでしょ?」

「ああ、するだろうな。お前のように」


 人間一人死んだぐらいで友に喧嘩を売るなど、正常な思考では到底できないだろうに、目の前にいる友はその道を選んだ。実に陳腐なことだ。


「悔しかったか? 悲しかったか? 妬ましかったか? あの当時、お前は何を思い友の大切なものを壊した。お前は友を気に入っていたように思えたが、友よりもあの人間の方が大切になったか? 同じ時間を生きることのできない人間にどのような情を抱いた。ああ、いや――あの者は魔力を飲んだのであったな。ならばそこらの人間よりは長く生きたはずだったか」


 種の枠を超えた魔力はその身を理から外す。定められた終わりすらも延ばし、死なないかぎりは生き続ける体に作り変える。

 理から外れた者の魔力を取りこんだあれもまた、理から外れた存在となっていたことだろう。


「惜しくなったか? 壊れにくい玩具が手に入って嬉しかったか? 何故あれに執着するのか、俺には理解ができないのだよ。共に歩める存在を求めるのならば魔女で妥協しておけばいいものを」


 理から外れ、以前の彼女を殺した者。まだ生きているかは知らないが、あれのことだ。そう簡単に死んだりはしないだろう。落石事故などという馬鹿げた死に方などまずしない。


「そもそもとして、他の世の魂は死ねば戻ってはこない。ただ一度しかまみえることのできない者にどうして現を抜かす。何もあれを選ぶ理由などどこにもないだろう。理から外れた者などいくらでも生まれる。獣の形をしているものならば、そこら中に転がっている。それとも人の形をしているものがいいのか? ならばそれこそ魔女でいいだろうに、奇異なことだ」


 俺らを恨んでいる者を選ぶ理由がどこにある。恨みを捨て、受け入れてくれるとでも思っているのだとしたら、ずいぶんと優しくなったものだ。

 それとも恨みすらも愉快とでも思っているのか。だとすれば永遠に相容れないことだろう。


 友人たちはどうにも人心というものを理解していない。愛の一端にでも触れれば改善されるだろうに、俺の言葉をくだらない戯言だと言ってのける。実に愚かなことだ。


 愛がいかに素晴らしいかなど、そこらに耳を傾ければすぐにわかるだろうに。

 見返りを求めず、ただ一心に想い、心の内に住まわせる。

 また荒野に降り注ぐ雨となり、一輪の花を乾いた大地に咲かせることすらもできるというのだから――素晴らしいことだ。


「愛を抱いたか? それならば俺とて、その気持ちを無下になどしない。いくらでも希望を呑んでやろう。だがお前は頷きはしないのだろう? ならば俺がお前の希望を聞くことで、一体どのような得を得られるのか」

「死なないってのは得になるだろ?」

「さてさて、ほんの数十年か数百年愛を伝えられぬだけだというのなら、俺はそれも悪くはないと思うのだよ。俺に挑戦状を叩きつけた者に愛の素晴らしさを教えることができるのなら、それでも構わないと言ったらどうするつもりだ」

「させる前に殺すだけだよ」

「俺もなめられたものだな。俺が生きしぶといことは知っているだろうに。お前が俺を殺すまでの間に、俺が何もしないとでも? さて、ここには一体幾人の人間がいるだろうか。それらすべてを操れば、お前とて処理するのに時間がかかるだろう。その間にあれと接触するだけで、誰にも解けぬ魔法がかかる。お前にそれを阻止できると、本気で思っているのか」


 直接的な攻撃方法はなくとも、盾を作ることは可能だ。有限ではあるものの、ここにはそれなりの数の人間がいる。声の届く範囲であれば、いくらでも盾として扱える。


「ああ、あの小娘を盾とするのも面白いな」


 この時間ならば寮にでもいるはずだ。そこまで辿りつければ、俺の勝利は確定する。あれが大切だというのなら、自ら手を下すことはできないだろう。

 もしも手を下すというのなら、それはそれで構わない。その光景を土産として、次の生までの慰みにでもすればいい。


「キミを放置しておいても同じことだよね」

「さて、どうだろうな。手を出すなというが、俺ならばあの者に昔の記憶を植え付けることも、今の記憶を消すこともできる。お前の執着した者を取り戻したいと思うのなら、むしろ手を出せというべきではないのかな」


 都合のよい記憶を植え付けるなど容易いものだ。ただそう思いこませればいい。それは俺の領分であり、力の届く範囲だ。

 愛を侮辱したあの者の記憶など知らないが、まあ細かいことは気にしないだろう。大まかなところを友に聞き、思いこませればいいだけなのだから。


「恨みを忘れさせてお前を愛させてやろうか? 共に居続けることを望ませてやろうか? 人間など簡単に操ることのできる、その程度の存在だろう」

「ボクは手を出すなって言ってるんだけど? 死を厭わないっていうなら、あいつにキミのことを報告するだけだよ。あいつはキミを探しているから、数十年や数百年程度で解放されるといいね」

「人心さえ理解すればあの者の方が優れているだろうに」

「理解する気がないからキミがいるんでしょ。キミを探せって言われてる身にもなってくれる? 中々生まれないから、生まれそうな場所とかも探してるんだから」

「それはそれは徒労を踏ませてしまったようだな。しかしあの者も俺がここにいる可能性ぐらいは視野に入れているだろうに、ずいぶんと回りくどいことをする。お前、あの者に嫌われているのではないか?」

「無理難題を押しつけるのを楽しんでるだけでしょ。それにここは、無理矢理押し入らないと約束した場所だからね」

「お前に探させることすらも楽しんでいるというのなら、あえてここを候補から外すのも納得だ。無理矢理でなく押し入る方法などいくらでもあるだろう。お前がここにいることがそれを証明しているのだからな」

「あいつが何を考えているかなんてどうでもいいよ。それで、どうする?」


「愚問だな。俺がそこまであの小娘に執着するとでも思っているのか。俺にとって何よりも大切なのは愛を伝えることだと知っているだろう? あの者に囚われれば至高な使命を果たせなくなると言うのなら、取るべき手段など限られてくるというのに、どうしてそのような問いを投げかけることができるのか」

「はいはい。キミは本当に回りくどいね。じゃああの子には何もしないでよね」

「一つだけ聞こうか。あれに手を出さぬとして、その周囲にも手を出すなというつもりではないだろうな。それは俺の矜持から反する行いだ。それを望むのなら、たとえあの者に俺の居場所が伝わろうと厭うつもりはない」

「好きにすればいいんじゃない? あの子の意思さえ変わらなければそれでいいよ」


 ならばやるべきことは変わらない。彼女のためにも俺は愛を歌い、伝えねばならない。

 あれに触れずとも、叩きつけられた挑戦状に応える方法などいくらでもある。どちらも両立させることは可能だ。

 それに俺は友人思いだからな。友のためならばあれを孤立させ、友を受け入れやすくするのもまた一興。


「ああ、そうだ。後一つ聞きたいんだけど……もしも勇者がいなくて、ボクもいなかったらキミはどうしてた?」

「さて。愛を与えるか奪うか……その時の気分次第だろうな」

「そう。じゃあ、また今度」





 後日、友が俺との約束を平然と破っていたことを知った。

 まったく、俺の友人はどいつもこいつも身勝手がすぎる、

片方は無駄なことしか喋らず、片方は嘘を交える。

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