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元勇者と王太子 第三章四十八話裏側

「こんな時間になんのご用ですか」


 とんでもない人物に呼び出されたと、痛みそうになる頭を押さえる。目の前にはきらきらとした、これ以上ないぐらい満面の笑みを浮かべるフレデリク殿下。

 そしてその周囲はまだ薄暗い。早朝も早朝、まだ日が昇りきる前だ。


「レティシア嬢と弟が一緒に出かけるので、君に同行を頼みたい」

「よく、言っている意味がわからないのですが……私がおふたりに同行すればよろしいのですか?」

「君は何を言っているんだ」


 呆れた顔をされても困る。何もわからない状況でこんな早朝に呼び出されているのは私のほうだ。こちらこそ何を言っているんだとなじりたい。


「レティシア嬢とふたりだけで出かけるのに、弟が浮かれないわけがない。だから君にはその弟の様子をいつものように描いてもらいたい」

「……はあ、そうですか。それで、同行とは? それなら私ひとりで十分だと思いますが」

「俺に同行してもらう。俺も自分の目で弟を見守りたいからな」


 ふざけるな、と怒鳴らなかった自分を褒めてやりたい。



 そして改めて約束の時間を決めて一度解散となった。早朝から私を呼び出したのは、いてもたってもいられなくて気が逸ってしまったせいだとか。ふざけるな。


「ほら、見てみろ。レティシア嬢と手を繋げて、これ以上ないほど至福の笑顔を浮かべているぞ」

「はあ、そうですか。まあ嬉しそうではありますね」


 興奮し続けているフレデリク殿下の横で、私はひたすら念写している。あろうことかこのブラコン王子、百枚近い紙を用意していた。これを使い切るぐらいに描けと言うのだから、頭を叩き割ってやりたい。

 そんな叩き割りたい頭の上には、今は茶色い髪のかつらが乗っている。フレデリク殿下と街中を歩いて目立ちたくなかった私が押しつけたものだ。


「さすがにこれ全部は無理です。魔力が足りません」


 とりえあず嬉しそうなルシアン殿下を念写して、積み重なった紙に視線を落とす。移動する前に紙の処遇を決めないと、持ち歩くことになってしまう。紙の束を抱えて、フレデリク殿下の横を歩くとか、どんな罰ゲームだ。


「ふむ、そうか……。そういえば、血や髪には魔力がこもると聞いたことがある。しかたない、可愛い弟のためだ。俺の血を飲んでもいいぞ」

「いりません」

「髪のほうがいいのか? とんだ悪食だな」

「どちらもいりません。気持ち悪いこと言わないでください」


 何が悲しくて生き血や髪を貪らないといけないのか。しかもルシアン殿下の絵姿を描くためだけに。


「我儘な奴だな。ならば望みをひとつ叶えてやるからなんとかしろ」

「望みは十枚ぐらいにしていただくことですね」


 十分の一なら、付き合ってやらないこともない。弟のことになると頭のねじが百本ぐらい抜けるが、これでもこの国の王太子だ。恩を売っておいて損はないはず。


「五十枚でどうだ」

「十五枚」

「六十枚」

「増やしてどうするんですか!」

「五十枚では少ないと思っただけだ」


 交渉の末、三十枚になった。


「それにしても、ルシアン殿下とレティシア様はずいぶんと親しそうですね」


 がりがりがりがりと念写しながら、前を行くふたりの様子に首をかしげる。出来上がった紙はフレデリク殿下に渡すことになっている。丁寧に鞄にしまって、折り目ひとつつかないようにするらしい。気持ち悪い。


「腐っても六歳の頃から交流があるからな。十歳のときにレティシア嬢と弟がそれぞれ家を抜け出して一緒に見つかったりと……あれでも一応浅からぬ関係ではあるということだ」

「家をって、城を、ですか? それは中々、すごいですね」


 ルシアン殿下の家は城だ。レティシアの家は貴族街にある普通の屋敷、とはいえどちらも抜け出すには苦労したはずだ。しかもそれで一緒にいるところを発見されるとは――今のあのふたりからは想像できない。


「それからの数年は顔を合わせてはいなかったが、交換日記とやらで連絡を取り合っていた。だから、交流が途切れたことは一度もない」

「……どうしてそれで拗れているのでしょうか」

「さてな。レティシア嬢が何を考えているかなど、俺が知るわけないだろう」


 話だけ聞くと、レティシアとルシアン殿下はだいぶ親密な関係に思える。それなのに、あれほど進展していないのは――やはり悪役というこだわりと、母親を思ってのものだという思い込みのせいか。


 こうしてふたりでいるところを見ると、レティシアも満更ではなさそうなのに、不思議なものだ。


「それで、望みは決まったか」


 紙も残すところ後一枚となり、レティシアとルシアン殿下が学園に戻るのを後ろからついていってると、フレデリク殿下が唐突なことを言い出した。


「……本気でおっしゃっていたのですか。枚数減らしていただいたので結構です」

「それとこれとは別だ。この絵姿の対価を聞いている」

「……では、卒業祝いということにしておいてください。学園を卒業されたら、フレデリク殿下とお会いすることもないでしょうから」


 フレデリク殿下は何か考えるようにふむ、と呟いた後顎に手を当てて黙り込んだ。そろそろ寮に着いてしまうが、最後の一枚は何を描けばいいのだろう。


「……いや、仕事に見合った報酬を払う。何か考えておけ」


 傍迷惑なほど律儀なことだ。しかし、フレデリク殿下に払ってもらいたい何かがあるわけではない。金銭は今の仕事で十分貰っている。これ以上は身を崩しかねない。

 かといって、そんな何日も悩んでフレデリク殿下で頭を占領されたくない。ならば何がいいのか――


「でしたら今度、早朝から付き合っていただけますか?」


 宰相子息が何を考えているのかはわからないが、尻尾を掴んでおけばいつでもやめさせられる。

 早朝から呼び出された意趣返しというわけでは、断じてない。



 ちなみに最後の一枚はレティシアに対して怒っているルシアン殿下になった。これはこれでいいらしい、ブラコンの思考回路はよくわからない。

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