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王子と悪役 15歳 +従者 

 レティシアを前にして、口元が緩みそうになるのを必死に我慢する。

 ずっとずっと会いたくて、ようやく会えた。久しぶりの再会はアンペール領だったが、あのときはあまり一緒にいられなかった。

 今日はレティシアの屋敷に来ているので、時間はたっぷりある。何から話そうか、まずはアンペール領でのことを話すべきかもしれない。


「レティシア、アンペール領でのことだけど――」

「その話はやめてくださるかしら。あれのせいで私、外出禁止になってしまいましたの」


 どういうことかと詳しく聞くと、案の定無断で外出していたようで、ものすごく怒られたらしい。


「どう考えても君が悪いよ」


 さすがに親のいない間に外出、しかも地震の多いアンペール領にというのは無謀すぎる。

 レティシアが勢いよく机に伏せると、傍に控えていた彼女の側仕えがお茶の入ったカップを離れた場所に移動させた。


 久しぶりに会ったレティシアの側仕えは、マリーからリューゲという名の男に変わっていた。レティシアに紹介されている間、私に値踏みするような視線を送ってきていた。


 そういった目で見られるのには慣れているが、レティシアの側仕えだというのがどうにも気にかかる。主の婚約者に相応しいかという目ならば構わないが、レティシアに気があるのなら捨て置くわけにはいかない。


 何食わぬ顔で部屋の隅に立っている男に視線を送る。彼も私が見ていることに気づいたのか、わずかに眉をひそめた。


 本当は前のようにレティシアと二人になりたかったのに、子どもではないのだからとこの男に阻止された。

 アドルフが一緒だと言っても聞き入れず、結局こうして居座っている。


「学園を卒業したらあまり出かけられませんのに……」


 顔が腕で覆われてるせいで少しくぐもって聞こえる声にどきりと胸が跳ねる。学園を卒業したら私とレティシアは結ばれる。すぐにというわけではないが、色々準備をしないといけないし、結婚してからしばらくは勝手の違いで大変かもしれない。

 だけど余裕ができたら一緒に出かけることはできる。いつでも好きなときにとはいかないけど――


「……王都は、難しいと思いますわ」


 そう考えていたら、レティシアが少しだけ顔を上げて不満そうな目で私を見てきた。アンペール領で再会したときは昔のような感情のこもらない発言をしていたが、今の彼女はすごく自然に私と話してくれている。

 だからこそわかる。彼女は私とは違うことを考えている。自分との将来を夢見てくれてはいないのかと落胆しかけて、いやそもそも最初からそういう人だったと思い直す。


「久しぶりに来たから、屋敷を案内してくれる?」


 もはや完全に私を眼中から消失させたレティシアに、慌てて声をかける。きらきらした目をしているレティシアをもっと見ていたかったが、私のことを忘れられたら困る。


「他の方に頼まれた方がよろしいのではないかしら」


 だけど失策だったかもしれない。すんと感情が抜け落ちたレティシアに、思わず歯噛みする。理想の令嬢像があるのはわかる、わかるけど、せめて私にだけは自然に接してくれないものだろうか。

 言えば誤魔化してくるのは目に見えている。だからぐっと堪えて、これから少しずつでもいいから引き出していこうと決意する。


「私はレティシアに案内してもらいたいんだよ」

「そう……ねえ、リューゲ。どこを案内すればいいのかしら」


 リューゲ、と親しそうに呼ぶ声に手に力がこもる。幸いレティシアは男のほうを見ていたから、気づかれはしなかっただろう。だが男の方は気づいたのか、その口元に軽薄そうな笑みを浮かべた。


「中庭がよろしいのではないでしょうか。あちらはこの数年で植えている花が変わりましたから」


 私がレティシアのそばにいることのできなかった間、この男は彼女のすぐ近くにいた。その事実を突きつけられたような気がして睨みつけると、返ってきたのはさらに深まった笑みだった。


「そういえばそうね。では殿下、ご案内いたします」


 レティシアが立ち上がり、先導するように歩きはじめる。そうだ、私は今レティシアと一緒にいる。男に気を取られて、この時間を無駄にするわけにはいかない。

 男の存在を無理やり意識の外に追いやって、レティシアの後に続いた。


「これはなんという花だったかしら」


 中庭に咲く花ではなく、首をかしげているレティシアを見つめる。この数年で私も彼女もだいぶ成長した。共に成長できなかったのは残念だが、こうして彼女の隣に並べるのだから、気にすることはない。

 それに彼女に付き従っている男は学園には来れない。彼女が学園に連れて行けるのは、女性の使用人だけだ。


「殿下、やはり私ではない方に案内を頼まれたほうがよろしいのではないかしら」


 名で呼んでほしいと言ったのに、レティシアは私を殿下と呼び続ける。だけどそれを咎めようとは思わない。一朝一夕で呼んでもらえるとは思っていなかったから、いつかその口から自然に出てくる日を待とうと思っていた。


「こうして一緒に眺めることができるだけでいいよ」

「ずいぶんと酔狂ですのね。それでは案内にならないでしょう」


 青い瞳に私は映っているのに、その瞳は私を捉えていない。

 もしもここで私が頬に触れたら、髪を撫でたら、彼女はどう反応するのだろうか。驚くのか、はにかむのか、あるいは気安いと怒るのか。ああ、そのどれでも構わない。その瞳に私が映るのなら――


「レティシア様」


 動かしかけた手が止まる。慣れ慣れしく話しかけてきたのは、レティシアの側仕えだった。


「僭越ながら自分が解説いたしましょうか」

「あなた、花にも詳しいの?」

「住まわせていただいているので、こちらに咲いている花ぐらいならばわかります」


 レティシアの瞳が男の姿を捉えて、拗ねたような表情に変わる。

 その親密さにわずかな孤独感と苛立ちを覚え――振り払う。レティシアのそばにずっといられるのは私だけなのだから、この程度のことを気にしてはいけない。立場を失わないためにも心を乱してはいけない。


「……レティシア、それよりも私は会っていない間で何があったのか聞きたいな」

「面白い話はできませんわ」

「それでもいいよ。レティシアの話が聞きたい」


 学園に行けば男はいなくなる。

 これからいくらでも思い出は作れる。

 だから、そう、気にすることはない。

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