【第6話】君は何想う
【注意】
・若干の残酷な内容を含みます
・ネガティブになりやすい方は閲覧注意
身体がよろめく。ふと我にかえる。そういえば私は通勤電車に揺られている最中であった。
車窓から見える景色はどれも見慣れないものばかりである。普段なら降りる、職場への最寄り駅はとうに通り過ぎてしまった。
そんなに長い間、私はあの事を想い出していたのか。
遅刻…いや、無断欠勤か。まあ後で謝り倒せばいいだろう。常日頃から仕事には集中して取り組んでいるし、一度くらい許されるだろう。
そして、そのまま電車に更に揺られ、とある田舎の駅で降りた。近くには山が見える。
あの日、あの夏。私の胸に永遠に刻み込まれることになった、遠い過去の記憶。そう、あの忘れられない出来事の起こった場所に私は久しぶりに足を運んでいた。
私は山に入り、奥の方まで進んでいく。やがて崖の前で足を止める。君が飛び降りたあの崖だ。私は誰もいないその崖の方へそっと呼びかける。
「なあ、君は今日起きたこの事件をどう思う。君は1人で死ぬことを選んだ。しかし今回の犯人は人を巻き込んだ。罪もないまだまだこの先の長い人間の命を一瞬にして奪った。君は何を想う。」
もちろん私のこの言葉に答えるものはいない。ただ木々が風にざわめくだけである。
…私は。
いや、これは君の前では言うべきではないだろうな。
口から出かかった言葉を仕舞い、黙り込む。
──今日は暑いな、まだ5月だと言うのに。まるであの日のように。
しばらく私は立ち尽くした。
そして長い長い沈黙の後、私はまた口を開く。
「なあ、あの時私は、君に何をしてやれば良かったんだ?…分からない、今でも正解が分からない。」
また風が吹く。もちろん言葉は返ってこない。
あの日の私の言動が正解ではなかったことくらいは私にも分かっている。しかしどんなことをしてやれば良かったのかは未だに分からない。
「また来るよ、じゃあ。」
そう言うと私はその場を後にし、山を降りて電車に乗り、自宅へ帰った。
車窓から見る太陽は季節外れと言いたくなるような激しい光線を発していて、建物を輝かせていた。
【作者の一言】
以上、第6話でした。
電車を降り損ねてしまった『私』はあの時のあの場所へ赴き、返事をするはずのない『君』に語りかけました。
次回、第7話。自宅で『私』は物想いにふけります。『私』が想うこととは。