布絵(タペストリ)
フェイが目を覚ますとアラキナが食事を持ってきた。一緒に豆のスープを食べていると、アラキナが部屋の内装についての感想を漏らす。
「相変わらず殺風景ね。欲しいものとか無かったの? お給料、貰ってるでしょ?」
「はい。でも、もうあまりないです。今日みたいに休んでばかりだと、ほかの人に迷惑を掛けてると思って……。申し訳なくてその償いというか、喜びそうなものをあげたりしてますから」
「んー、別に気にする程のことじゃないと思うけどね。でも、フェイがいいと思うならいいんじゃないかな」
「それに欲しいもの、浮かばなかったんです……」
「そっか」
だが、フェイはやはり周りの者に疎まれていると感じていた。以前に飾り布を渡したときも、困ったような表情をされてしまったからだ。
食べ終わるとアラキナが食器を片づけてくると言って退室した。
フェイはベッドに寝ころがるとため息を吐いた。何もせずに休んでいるということに罪悪感が芽生えてしまう。手を見ると前より綺麗になっていた。それが怠け者の証拠だと言われているように錯覚してしまう。
気分が沈んでいく。何もできない自分に嫌気ばかりが募っていく。息が段々と苦しくなり、空気が重く、溺れているかのようだ。
自分がどこにいるのかわからなくなる。居場所がわからない、不安感が大きくなるばかりで――
扉の開く音がした。
「フェイ、寝ちゃったの?」
「寝てはいないです。ちょっと横になってました」
アラキナの腕には多くの布が抱かれており、一度机へと置いてからフェイへと振り向いた。
「ほら、フェイもベッドから降りて」
フェイがベッドから退くと、アラキナは掛け布を折りたたみ椅子の背もたれへとかけた。
フェイが呆然と見ているとアラキナが部屋をあとにする。すぐに戻ってきたが、その手には箱が抱えられていた。ベッドに置くと適当な布を一枚だけ広げる。布はテーブルクロスだった。
フェイが首をかしげる。
「何かやってたほうが気が紛れるでしょ? 大丈夫、こっちで作業する許可は取ってあるから。
フェイは丁寧にやるからって時間が掛かってもいいものを、特に綺麗に仕上げてほしいものばかり持ってきたよ。だから、一緒にやろう?」
「わかりました……」
フェイも布を一枚持ってくると、どこがほつれているか確認し始めた。
布を綺麗に縫うのは力加減が必要で、弱すぎてもすぐにほつれてしまい、強すぎると皺になってしまう。さらにひどいと糸が千切れることもある。
フェイが持ってきた布はアラキナと同じくテーブルクロスで、一部の縫い柄が崩れてしまっていた。
同じ色味の糸を使い、別の場所にある柄と同じになるように丁寧に縫っていく。
作業を進めていくと一つ目が縫い終わり、二つ目に取りかかった。これはクッションカバーだろうか。
かなりの時間がたち、この調子なら今日が終わるのもあっという間かもしれない。そう思いながら次を持ってきて広げた布。それは地図の布絵だった。
「きれい……」
「え? わ、ほんとだ」
「何の地図なのかな」
「この辺りの地図かな? ほら、テューダーって書いてあるよ」
布絵は山や川、それと道などの位置関係を表した精巧な絵になっていた。中心にテューダー領とあり、その周辺がほかより濃い彩りだ。
しかし、何かに引っかけたのか、一部が大きく裂けてしまっていた。
フェイが裂けた部分を確認する。幸い、布絵の縦糸は無事だったので直せそうだと安堵した。
「これ、直してみます」
「すごく時間かかりそうだけど大丈夫?」
「今日中には終わらないです……。テューダー様やアンナさんに、別の日もやっていいか聞いてみて、駄目だったら空いた時間にやります……」
「じゃあ、私があとでアンナさんに聞いてきてあげるよ」
「ありがとう、アラキナ姉さん」
陰りはあるがフェイは笑みを浮かべた。作業を進めていくと時間はあっという間にすぎ、夕飯を食べに食堂へと向かう。
その途中にアラキナと会い、アンナの許可が出たことを教えられた。
食堂で一緒に食事をしていると、グリッティがこちらへと歩いてくるのが見えた。
「顔色。だいぶ良くなったようで安心しましたわ」
「ありがとうございます、グリッティさん。今日は繕いをしてたのですけど、そうしたらきれいな布絵が出てきたんです。でも、破れてしまっていて……直してるところなんです……」
「そう、そんなに綺麗なら今度拝見してみたいですわね」
「明日も続けてますから、時間のあるときに見にきてください……」
アラキナがフェイを見つめ、その視線にフェイが気づく。
「え、何……? アラキナ姉さん」
「ううん。少し、楽しそうだなって」
「はい、ちょっとだけ楽しかったです……朝はひどかったけど……。アラキナ姉さんもありがとね……」
「ふふっ、どういたしまして。食器は私がまとめて片づけておくわ」
部屋に戻る途中。窓の外は黒に支配されていた。通路は必要最低限の明かりが灯されており、これらもほどなく消されることになる。
テューダー領は貧困を極めた領地だ。乏しすぎる財源をやりくりするために、節約できるところは徹底的に節約していた。
それでも、以前暮らしていた環境よりもかなり良く、フェイは裕福だと思っている。
部屋の中には小さな光が一つだけあった。しかし部屋の輪郭はわからない。黒と黄色の連なる空間にフェイはいた。
布絵を広げている。それは灯りに照らされ、昼間とはまた違った顔を見せていた。
そのことが楽しかったのか、フェイは小さく微笑む。だが、すぐに折りたたみ机の上にそっと置いてしまった。
服を脱ぎ、薄着になってからベッドへ横になる。
そして、
私は掛け布を被るとまぶたを閉じた。
うん。明日も続けよう……おやすみなさい……
……まぁ、眠れないんだけどね。