表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/36

布絵(タペストリ)

 フェイが目を覚ますとアラキナが食事を持ってきた。一緒に豆のスープを食べていると、アラキナが部屋の内装についての感想を漏らす。


「相変わらず殺風景ね。欲しいものとか無かったの? お給料、貰ってるでしょ?」

「はい。でも、もうあまりないです。今日みたいに休んでばかりだと、ほかの人に迷惑を掛けてると思って……。申し訳なくてそのつぐないというか、喜びそうなものをあげたりしてますから」

「んー、別に気にする程のことじゃないと思うけどね。でも、フェイがいいと思うならいいんじゃないかな」

「それに欲しいもの、浮かばなかったんです……」

「そっか」


 だが、フェイはやはり周りの者に疎まれていると感じていた。以前に飾り布を渡したときも、困ったような表情をされてしまったからだ。

 食べ終わるとアラキナが食器を片づけてくると言って退室した。


 フェイはベッドに寝ころがるとため息を吐いた。何もせずに休んでいるということに罪悪感が芽生めばえてしまう。手を見ると前より綺麗きれいになっていた。それが怠け者の証拠だと言われているように錯覚さっかくしてしまう。


 気分が沈んでいく。何もできない自分に嫌気ばかりがつのっていく。息が段々(だんだん)と苦しくなり、空気が重く、おぼれているかのようだ。

 自分がどこにいるのかわからなくなる。居場所がわからない、不安感が大きくなるばかりで――


 扉の開く音がした。


「フェイ、寝ちゃったの?」

「寝てはいないです。ちょっと横になってました」


 アラキナの腕には多くの布が抱かれており、一度机へと置いてからフェイへと振り向いた。


「ほら、フェイもベッドから降りて」


 フェイがベッドから退くと、アラキナは掛け布を折りたたみ椅子の背もたれへとかけた。

 フェイが呆然ぼうぜんと見ているとアラキナが部屋をあとにする。すぐに戻ってきたが、その手には箱が抱えられていた。ベッドに置くと適当な布を一枚だけ広げる。布はテーブルクロスだった。

 フェイが首をかしげる。


「何かやってたほうが気が紛れるでしょ? 大丈夫、こっちで作業する許可は取ってあるから。

 フェイは丁寧にやるからって時間が掛かってもいいものを、特に綺麗に仕上げてほしいものばかり持ってきたよ。だから、一緒にやろう?」

「わかりました……」


 フェイも布を一枚持ってくると、どこがほつれているか確認し始めた。

 布を綺麗にうのは力加減が必要で、弱すぎてもすぐにほつれてしまい、強すぎるとしわになってしまう。さらにひどいと糸が千切れることもある。


 フェイが持ってきた布はアラキナと同じくテーブルクロスで、一部のがらが崩れてしまっていた。

 同じ色味の糸を使い、別の場所にある柄と同じになるように丁寧にっていく。

 作業を進めていくと一つ目が縫い終わり、二つ目に取りかかった。これはクッションカバーだろうか。

 かなりの時間がたち、この調子なら今日が終わるのもあっという間かもしれない。そう思いながら次を持ってきて広げた布。それは地図の布絵タペストリだった。


「きれい……」

「え? わ、ほんとだ」

「何の地図なのかな」

「この辺りの地図かな? ほら、テューダーって書いてあるよ」


 布絵タペストリは山や川、それと道などの位置関係を表した精巧な絵になっていた。中心にテューダー領とあり、その周辺がほかより濃い彩りだ。

 しかし、何かに引っかけたのか、一部が大きく裂けてしまっていた。

 フェイが裂けた部分を確認する。幸い、布絵タペストリの縦糸は無事だったので直せそうだと安堵あんどした。


「これ、直してみます」

「すごく時間かかりそうだけど大丈夫?」

「今日中には終わらないです……。テューダー様やアンナさんに、別の日もやっていいか聞いてみて、駄目だったら空いた時間にやります……」

「じゃあ、私があとでアンナさんに聞いてきてあげるよ」

「ありがとう、アラキナ姉さん」


 陰りはあるがフェイは笑みを浮かべた。作業を進めていくと時間はあっという間にすぎ、夕飯を食べに食堂へと向かう。

 その途中にアラキナと会い、アンナの許可が出たことを教えられた。

 食堂で一緒に食事をしていると、グリッティがこちらへと歩いてくるのが見えた。


「顔色。だいぶ良くなったようで安心しましたわ」

「ありがとうございます、グリッティさん。今日はつくろいをしてたのですけど、そうしたらきれいな布絵タペストリが出てきたんです。でも、破れてしまっていて……直してるところなんです……」

「そう、そんなに綺麗なら今度拝見してみたいですわね」

「明日も続けてますから、時間のあるときに見にきてください……」


 アラキナがフェイを見つめ、その視線にフェイが気づく。


「え、何……? アラキナ姉さん」

「ううん。少し、楽しそうだなって」

「はい、ちょっとだけ楽しかったです……朝はひどかったけど……。アラキナ姉さんもありがとね……」

「ふふっ、どういたしまして。食器は私がまとめて片づけておくわ」


 部屋に戻る途中。窓の外は黒に支配されていた。通路は必要最低限の明かりがともされており、これらもほどなく消されることになる。

 テューダー領は貧困ひんこんを極めた領地だ。とぼしすぎる財源をやりくりするために、節約できるところは徹底的てっていてきに節約していた。


 それでも、以前暮らしていた環境よりもかなり良く、フェイは裕福だと思っている。

 部屋の中には小さな光が一つだけあった。しかし部屋の輪郭りんかくはわからない。黒と黄色のつらなる空間にフェイはいた。


 布絵タペストリを広げている。それは灯りに照らされ、昼間とはまた違った顔を見せていた。

 そのことが楽しかったのか、フェイは小さく微笑む。だが、すぐに折りたたみ机の上にそっと置いてしまった。

 服を脱ぎ、薄着になってからベッドへ横になる。

 そして、


 私は掛け布を被るとまぶたを閉じた。


 うん。明日も続けよう……おやすみなさい……



 ……まぁ、眠れないんだけどね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ