フェイの現状
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フェイは目を覚まし起きあがる。吐き気を感じ口に手を当てこらえるが、ついには近くの入れ物へと吐き出してしまう。
喉が焼け、酸っぱい臭いが部屋に広がった。全身は汗がにじみ服が張りついていた。胸を手で押さえ落ち着くのを待つ。
随分と鮮明な夢だった。忘れたくとも忘れられない悪夢の夜。フェイは意識していないが、あの日からは一年近く経過していた。
フェイはテューダー領にある屋敷に住まわせてもらっている。さらには衣食住が保障されるばかりか、ろくに働けないフェイをテューダーは長いあいだ助けつづけていた。
領主たるテューダーに保護されてからもしばらくは反応が薄く、塞ぎがちで大変だったとフェイは聞いていた。
今は動けるようになり、話せるまでになっていた。
だが、それまでのことをフェイはほとんど覚えていない。
クリフォードが居なくなったことが、負担のひとつであるのは想像に難くない。
壁に寄りかかるその顔は憔悴している。
扉を叩く音が聞こえた。
「フェイ、入るわよ」
扉を開け部屋に入ってきたのはアラキナだった。
「……大丈夫? 調子が悪いなら休んだほうがいいわよ」
心配そうにフェイを覗きこむ。
フェイは首を振り嫌がった。仕事を休みたくなかったからだ。テューダーに助けてもらった恩があるのに、使用人としての屋敷の仕事ができないのが嫌なのだろう。ほかの人の負担も増えてしまう。
「いい。でも、これを片づけていくから、少し……遅れると思います……」
「わかった。あまり無理はしないようにね」
アラキナが退室した部屋は静かだった。
入れ物の中身を捨て一度部屋へと戻った。お仕着せに着替えアンナのいる部屋へと向かう。
不定期に休むフェイには決まった仕事はなく、指示をもらいに行くのが通例だ。
部屋に入ればアンナと、もう一人が話しあっている最中だった。
「ではよろしくお願いしますね」
「はい、お伝えしてきます」
アンナはフェイへと向きなおった。
「おはようございます。遅れてすみません……」
「おはようございます。今朝はまた特にひどい顔ね、大丈夫なのですか?」
「はい……」
フェイは抑揚なく答えた。声に元気はなく、調子が悪いのは明らかだ。
「……そうですか。私は休んでいたほうがいいと思うのですけれど、休むのは嫌なのですね?」
「はい……」
「わかりました。では今からテューダー様へ食事を届けに行きますので、こちらの手紙を持ってきてください」
フェイが何枚かの手紙を受け取りアンナの後ろをついていく。厨房で食事を受け取ったあと、テューダーの執務室へと向かった。
アンナが扉を叩けば「入りなさい」という返事が聞こえる。アンナが部屋に入りフェイも続く。
「失礼いたします、食事をお持ちしました」
部屋の中は質素を体言したような景色で、飾り気は一切ない。実用一点の机。テューダーはその前に座り、お茶を片手に新聞を読んでいた。
アンナはフェイに手紙を渡すよう促し、自分は机の上へと料理を並べはじめた。
「テューダー様、手紙になります……」
「ああ、ありがとうフェイ。ん? 顔色が優れないけど体調が良くないのかい?」
「……はい」
「そうか、またあの夢を見てしまったのだね。私としては休んでほしいのだが、アンナ?」
「問題ありません」
「ああ、ではフェイ。今日はもう休みなさい」
「はい……」
「気にしないようにと言っても君は気にしてしまうだろうけど、私はこれ位しかしてあげられない。すまないね」
「いえ……そんなことは、ないです……」
フェイは胸が苦しくなる。テューダーに感謝してもし足りない。住む場所だけでなく仕事も与えてもらえ、あまつさえ体調まで気にしてくれる。なのに何も返せないことが心を締めつける。
テューダーの部屋を退室し、重い足取りで自室へと向かう。胸を押さえながら歩いていると、すれ違った女性に大丈夫かと尋ねられた。
大丈夫だと断り、やっとの思いで自室へとたどり着く。力尽きたのかそのままベッドへと倒れこんだ。疲れていたのだろう。僅かも動かず、息をするときに辛うじて背中が動くのみだった。
ため息を吐く。気をはっていた所為か、それが途切れてから体が重いのか、寝返りを打つのも苦しそうだった。
部屋は殺風景で最低限のものしかなかった。フェイが私物を買う気になれなかったからだ。その中でも唯一と言える私物は、棚の上に置かれた短剣だけだった。
この屋敷で働く人の多くはつらい境遇の人たちだと、フェイは聞いていた。
そのおかげでフェイにつらく当たる者はいない。
だが、休んでしまうこと自体が心に重く圧しかかる。
周りの者が何も言わないからといって、不満に思わないということはないだろう。
フェイは周りが自分のことをよく思ってないのではないか、そう思い日々を過ごしていた。
不安に思う心はさらなる不安を呼びよせ、一度傾きだせば止まらない。ついには涙が流れてしまい、そのことでさえ嫌になり腕で目元をおおう。
「フェイ、いる?」
「いる……」
「入っていいかな」
フェイが了承するとアラキナが部屋に入ってくる。ベッドに腰掛け心配そうに覗きこんだ。
「大丈夫、じゃなさそうね、一回寝ちゃおう。ほら、お仕着せのままで寝ると皺がついちゃうでしょ」
。フェイはお仕着せを着たままだった。体が重く、起きあがることができない。
「ぐちゃぐちゃなお仕着せを着たフェイを見たらテューダー様が悲しむよ?」
それは嫌だと、その思いだけで起きあがる。アラキナが着替えを手伝い、フェイは別の服を着るとすぐに横になった。アラキナも続いてフェイの横に寝ころがる。
「あまり眠れてないんでしょ。一緒に寝てあげるから。早く寝ちゃいなさい」
アラキナはフェイを抱きよせる。体温とぬくもりが感じられ、鼓動の音に安心するとフェイはすぐに眠ってしまう。
本日はあと7話投稿します。