表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/36

過去の夢 6/6


「時間が無いのについ感傷的になっちまったようだ」


 クリフォードの顔は笑っていた。だが、どこかあきらめた雰囲気もあり、そんな表情を見たフェイの顔がゆがむ。

 嗚咽おえつれ、大粒の涙が地面へと吸われていく。うでぬぐってもなく溢れる涙で顔がれていった。


 両親に売られたときでさえ、フェイは泣かなかった。なのに泣いていた。

 クリフォードがフェイの頭をなでた。

 髪がぐしゃぐしゃになるのもかまわずに。


「あー、上手く言えないんだが。俺なんかのために譲ちゃんは泣いてくれるのか?」

「よく、わかりません……」

「そうか、なんだが救われた気がするな。フッ、最後に一つ格好つけさせてもらおうか」


 クリフォードは腰の剣帯けんたいから剣をさやごと外す。それを縦向きに持つと前にかかげ、刃を少しだけ出した。


「こいつは剣を持つもののちかいだ。絶対に戻ってくる、例えそれが叶わなくても力の限り抗い生きてみせると、そんな死にたがりの誓いだ」


 ――キンッという音がひびいた。


 フェイはその一連の動作を見ていた。その恥ずかしい流れに、いつの間にか涙は止まっていた。


「ふふっ、わかった。じゃあわたしも一つ、約束するね」


 フェイも同じように短剣をかかげ刃を少し出す。


「わたしも、何とかしてみるよ」


 ……カチンという鈍い音がした。


 フェイの顔が羞恥しゅうちで赤くなる。

 笑うクリフォードをうらめしくにらむが効果はない。


「悪いな、笑うつもりは無かったんだ」


 まったく悪びれずにフェイの頭をぽんぽん叩く。


「何とか生き残れよ」


 馬で走りさる姿をフェイはしばらく見つめていた。そして不意に抱きつかれ後ろを振りかえる。アラキナだ。


「私がそばに居てあげるから大丈夫。それともう一度フェイを泣かせたら許さないから……」

「戻ってこなかったら許しませんことよ。もし約束を破るような殿方でしたら……蹴りを入れて差しあげますわ」

「あはは……」


 曖昧に笑うがフェイはクリフォードに帰って来てほしかった。

 すでに辺りは夕暮れ色に染まっていた。

 もう一つの馬車にいる人たちは大丈夫だろうか。確認に行くと、男が荷物を物色している最中だった。ほかにも女性がおり、子供は泣いていた。


「あの、そこに居たら危険だと、思います……」

「なんだお前は。俺の邪魔をするな。せっかくかせが外れたんだ。

 あのくず野郎の物を奪って逃げるんだよ。お前らもさっさと金目の物でも持って逃げるんだな」

「逃げるのはいいのですけど、朝まで隠れていたほうが……」

「お前まで化け物が出るとか言うんじゃないだろうな……あんな与太話よたばなしにあわてて馬鹿みたいだ」


 男が鼻で笑う。その横から女性が話しかけてきた。


「あの、先ほどの話は本当なのでしょうか? 化け物が出るから朝まで隠れていろというのは……」

「本当、だと思ってます。じゃないとクリフォードさんがあんなにあわてていないです」

「そうですか……」

「ほら、君も泣いてばかりいないで逃げよう?」


 フェイが子供をあやすが泣きやむ気配はなく、突然後ろへと引きよせられた。


「フェイ、もう時間が無いよ。私たちはもう行きます、あなたはどうしますか?」

「そうですね、私も逃げようと思います……」


 泣いてる子供を見捨てることに躊躇ちゅうちょしたのか、フェイは迷い立ち止まっていた。


「フェイ、私は嘘つきが嫌いですわ。あなたの葛藤かっとうもわかりますが、あなたがわした約束をたがえるというのですか?」


 フェイは首を振り、グリッティに手を引かれると道から外れていった。少し森に入ったところにある大木の下に三人で身をひそめた。


 ――そして、夜が来た。


 子供の声がいまだに聞こえるなか、馬車のほうを見れば残りの二人が降りていた。

 男はさっさと歩きだす。女性は足を止め、辺りを見わたしているのがわかった。

 暗くなった森でどうすればいいのか迷っているようだ。


 そこに、()()()はいた。


 いつから居たのかわからない。影を凝縮ぎょうしゅくしたような黒。腕は盛りあがり、背は馬車と比べてもなお大きい。影が馬車を見下おろしていた。

 気づいていないのか男は構わず歩きつづけている。女性も立ち止まるばかりだった。


 アラキナが震えるフェイを抱きしめる。落ち着いたのか幾分いくぶんやわらぎ、フェイはゆっくりと振り向いた。

 アラキナは元気づけるように、大丈夫だと言わんばかりに微笑んでいた。

 グリッティがフェイの手を握る。そちらを振り向けば、よほど怖いのか顔は蒼白だった。だがその目にあきらめの意思は無い。

 フェイが握り返すと少しおどろきはにかんだ。


 突如とつじょひびいた音に振り向くと、馬車が粉々になっていた。化け物が腕を振り下ろしたのだ。

 子供の泣き声も聞こえなくなっている。

 気づいた二人が振り返り、男が叫びながら走り出した。

 しかし、化け物が回りこむと、男がこちらに向かい走ってきた。

 少し離れたところで男が転ぶ。その足を腕の一閃いっせんで切り飛ばしたのだ。


「助けてッ! 誰かぁ! 助けてくれえええ!」


 赤い線を引きずりながら逃げる男を、化け物はフェイたちの前でつかみあげた。

 次の瞬間しゅんかんには男は握りつぶされ、血溜りの中に肉片が落ちていった。


 絶句ぜっくする。


 一部始終いちぶしじゅうを見たフェイたちは一切の反応がでぎずに硬まっていた。

 気づかれてはいけないという本能なのか、息をすることも忘れ気配を押し隠す。

 女性が後ずさり枝をんだ。小さい音だったが化け物が振り向いた。


「ヒッ……!」


 化け物が腕を振りぬく。瞬時に血煙ちけむりとなり、フェイたちへ血の雨が降りそそぐ。

 化け物は笑っていた。

 フェイはあまりの恐怖きょうふと吐き気によって意識を手ばなす。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ