過去の夢 4/6
自失したフェイには、チェスターとクリフォードの言いあう声が聞こえてはいたが、耳に入るそばから流れ出ていた。
「なんなのだこれは! 一体なんだというのだ! くそっくそっ糞糞糞!」
「チェスターの旦那! まずは落ち着いてください!」
「これが落ち着いていられるか!?」
「クリフォード、この倒木は駄目だ。とてもじゃないが退ける時間が無い。それに今更だが聞いた化け物の話は本当なのか?」
「お前、まさかデタラメを話していたのか!? この私に……!」
「違う、本当の話だ。直接見た訳じゃないが以前住んでいた知り合いから聞いた」
「聞いただけなのだろう!?」
「住んでいた知り合いの知人が連れて行かれたと聞いた。次はそいつの家族だ。最後にはそいつも居なくなった」
「おいおい……」
「旦那様、今は争っている場合ではあまりません。仮に化け物が居るのだとしたら、迎撃するのか、安全策を取るのか」
「逃げるならより早いほうがいい。馬車の馬を外して馬が足りない分は走ってもらうしかないが」
「そうだ、今すぐ森を出ればいい! 早く準備をしろ!」
「じゃあチェスターの旦那、あいつらの枷を外してきます」
「いや、あいつらは置いていく。話が本当なら多少は囮になるだろう? 嘘だったときは朝に回収に来ればいい!」
「なッ……! チェスターの旦那、それはあんまりでしょう!?」
「クリフォード、あの者たちの権利は全て旦那様が持っている。どうするか決めるのは、旦那様だ……」
「ッ……! じゃあ鍵だけでも外して囮として逃げ回ってもらえばいいだろう!」
「ふん、時間が無い勝手にしろ!」
チェスターと、クリフォードを除く護衛たちが走り去っていった。
クリフォードはフェイたちの馬車に駆けよると飛び乗ってきた。
そのあいだにも御者は馬の止め具を外し、走り去ってしまっていた。
そのことを気にも留めず、枷に鍵を差しこんでいく。すべての枷を外すと、フェイの頬を少し叩いた。
フェイはクリフォードを見あげる。
「フェイ、聞け。それにアラキナとグリッティもだ」
フェイが真剣な顔で見ている。アラキナとグリッティもクリフォードをじっと見ていた。
「いいか、一度しか言わん。朝になったら森を出ろ。それまで決して動くな。騒ぐな。これは数少ない生き残りから伝わった言葉だ」
フェイはうなずく。
「それとフェイにはこいつを渡しておく」
なぜ自分に渡すのかと首を傾げる。
受け取るとそれは短剣だった。特別な飾りもない無骨な一本の短剣。それは金属特有のずっしりとした重みを、フェイの手に伝えていた。
「俺はほかの奴らの鍵を外してくる」
言うや否や飛び降りると別の馬車へ走っていった。
フェイは受け取った短剣を見つめていた。しかし、すぐに視線を外す。
それよりも、枷がなくなったことによる体の違和感が気になったからだ。
違和感を感じつつも馬車を降りる。ふと、倒木の近くの切り株へ視線を向ける。
綺麗な断面だった。
近づき断面を触ればツルツルしていた。滑らかな手触りにフェイの心臓は跳ね上がる。
不安そうに短剣を両手で握り込んだ。
「どうしたの?」
その姿を見たアラキナが声をかける。
フェイは振り向き、なんとか平静を保つ。不安に思ったことを二人に伝えないためだ。
誤魔化すように疑問を口にする。
「ううん、なんでもないよ。ただ、だいぶ薄暗くなってきちゃったなって」
言ってから気づいたのか、フェイは息をのむ。
そう、薄暗い。太陽の位置を確認すると山の稜線へと沈みかけていた。
山間だからだろうか、日没が早い。
一つ一つは小さな、それでも確実に良くない方向へと向かう事柄に、何かしらの悪意がチラつく。
そんな馬鹿なことがあるわけがないと否定をしても、嘲笑う声が聞こえた気がした。