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過去の夢 3/6

 それは道を横断する不自然な溝で、フェイは不安に思う。

 これでは馬車が穴を迂回うかいしたとしても、再び車輪がとらわれるだけになるだろう。

 気が進まないが、チェスターに報告しに行かなければならない。

 フェイは嫌々ながらも報告をする。


「旦那様」

「……なんだ」


 不機嫌さを隠そうともしない声だった。そんな威圧にもめげず、何とか先ほどの溝について説明する。


「先ほどの車輪が取られた穴なんですけど」

「それがどうした」

「……穴ではなくて溝のようなのです」


 チェスターはさらに不機嫌になっていく。


「おい!」


 クリフォードを呼びつけ穴を調べるよう指示を出した。落ち葉に覆われた箇所を調べると顔をしかめる。


 近くに落ちていた枝を使い横一線に払う。すると落ち葉に隠れていた溝がはっきりと見えるようになった。


「チェスターの旦那。こりゃ穴じゃない、溝ですぜ。綺麗に道の端まで続いてやがる」

「くそっ、なんなのだこれは! おい、渡し板になるものを取って来い!」



「チェスターの旦那、あまり言いたくないが引き返したほうが良くないか。自然にできる溝だとは思えない」


 森の中は風が吹かないからか、じっとりと空気が重い。


「ふん、要は日が沈むまでに森を出てしまえばいいのだろう。まだ時間はある。

 いくらか手間取らされたが十分間に合うはずだ。こんなところで時間を浪費する暇はない」


 クリフォードの提案を跳ね除け、チェスターはこのまま森を突き進むつもりだった。


「お前たちはもう戻っていいぞ」

「はい……」


 フェイはすぐに引き返したほうがいいと思った。だがそんなことを言えるはずもなく、元いた馬車へと戻っていく。

 二人がフェイのことを心配そうに見ていたところだった。


「フェイ、大丈夫だった?」

「大丈夫だったよ、ちょっと大変なことになりそうですけど」

「一体何がありましたの?」


 フェイは先ほどのやり取りを二人に説明する。


「それはちょっと怖いね」

「大丈夫なんですの?」

「わからないです。けれど、わたしたちにはどうしようもないことですから……」


 クリフォードがこちらへ向かってきた。


「これから急ぐことになった。夜までに抜けられればいいが……まずは渡し板の上を走らせるから降りてくれ」


 フェイが馬車を降りようとするが、それをクリフォードが再び持ちあげて降ろしていた。

 馬車は溝を無事に越え、すぐに走りはじめた。


「だいぶ早いが大丈夫か? 舌とか噛んでねぇだろうな」

「大丈夫であゃ!?」


 タイミング悪く馬車が跳ね、フェイが舌を噛んだ。かなり痛かったのか、口元を押さえ震えている。


「あー、ほかの二人も気をつけろよ」


 アラキナとグリッティがうなずく。フェイは涙目に二人をにらんでいた。

 悔しいのか二人をくすぐろうと身を乗り出すが、逆に羽交はがめにされてしまった。そのうえ口までふさがれてしまう。


「何やってんだおまえら……」

「ムー、ムーッ!」


 フェイが抗議の声をあげる。だが、すぐにそれもなくなってしまう。口を塞がれ身動きができないフェイを、二人が執拗しつようにくすぐり始めたからだ。

 羽交い絞めにされ逃げることもできず、身を悶えさせ耐えるが、ろくな抵抗もできず蹂躙じゅうりんされていた。


 目尻には涙をにじませ、表情でやめてほしいと懇願こんがんするが手は緩まなかった。

 フェイが開放されたのはくすぐられ尽くした後だった。ぐったりと横たわり肩で息をする。


「ぜぇ、ぜぇ……そ、それで……これだけ急げば間に合いますよね……?」

「ああ、そうだな。森自体はそれほど大きくもないから抜けられるだろう」

「クリフォードが言うなら間違いないわね」

「旦那様が間にあうと言ってもまったく信用できませんわ」


 四人は少し笑いあう。クリフォードは苦笑していたが。

 揺れる馬車の中でフェイがため息をつく。

 時折おおきく跳ねることがあるので、喋ると舌を噛む可能性があるためか、言葉を発する者はいなかった。


 振動で痛いのか、フェイが身をよじりお尻を押さえていた。

 木々の流れる景色が続き、馬のひづめと揺れる音だけが聞こえていた。

 いつまで続くのだろうかと思ったとき、馬車が急に止まった。

 クリフォードのほうを見ると苦渋くじゅうの表情で小さく呟いた。


「最悪だ……」


 フェイたちはあわててクリフォードの視線の先へと顔を向ける。

 目の前には太い木があった。一本や二本ではない。無数の木々が()()()()()()


 それらは道をさえぎるように折り重なり、とてもではないが馬車が通れる状況ではなかった。

 道を外れようにも周囲には多くの木があり、通り抜けられるような隙間はない。

 転がる木々を退かしていたらどれほどの時間がかかるだろうか。作業が終わる前に夜が来ることは確実だろう。そもそも、一本一本が決して細くはなく、かなり太いのだから退けられるかすら怪しかった。


 引きかえす時間もなく三人は呆然ぼうぜんとしていた。フェイは特に衝撃が大きかったのか、ほかの二人よりも自失の度合どあいがひどい。


 嘘だ。こんなこと、あるはずがない。


 フェイが思うのは否定の言葉だった。

 クリフォードの言っていた話は嘘で、これはたまたま木が倒れているだけ。そうであってほしい。

 何かの冗談だ。そうクリフォードに聞こうとするが、すごい勢いで駆けていってしまった。

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