過去の夢 2/6
「あれは森ですか?」
「ああ、グリッヒダートの森だな。化け物の住む森とも言われている」
フェイの疑問に答えたのはクリフォードだ。
「え、化け物ですか?」
「そうだ、夜になると出るらしい。夜の森に入って生きて戻った者はいないと言われている。まぁ迂回ルートがあるからそんなに心配することじゃないがな」
迂回ルートがあることにフェイはほっと息をついた。化け物が住むと言われたからだろう。怖さを想像してしまったのか身震いする。
「ちょっとちょっと、あまりフェイを怖がらせないでよね」
「ハハハ、すまんすまん。別に怖がらせるつもりは無かったんだ」
クリフォードはまったく悪びれることもなく笑い飛ばした。
「グリッティさんはわたしと違ってこういう話を聞いても平気そうですよね」
「え、ええ。そうね……」
グリッティは顔を青くし、震える声で答える。
それをフェイは少し意外そうに見ていた。
「ほらほら大丈夫だって。ちょうどそこが迂回ルートに入る分かれ道だ」
クリフォードが指し示す先には分かれ道があり、森から離れ山を迂回するように街道が伸びていた。
しかし、馬車はその道を横目に通りすぎていった。
馬車に乗る三人が顔を見合わせる。それからクリフォードへと目を向け。
「ちょっとチェスターの旦那に確認してくる」
先を進む馬車へクリフォードは駆けていった。
「大丈夫……だよね?」
フェイの呟きは消え入りそうなほどに小さい。
グリッティは顔を真っ青にし震えていた。
しかし、相変わらずアラキナはフェイを抱きつづけていた。
クリフォードが戻ってくるが、その顔は浮かない。
「チェスターの旦那は時間を無駄にできないからと、この森を日中に突っ切るつもりだ」
顔をしかめたクリフォードが三人にそう言った。
*
森に入ってからは涼しいどころか少し肌寒く、とても静かだった。沈黙が四人に重くのしかかる。
馬車の揺れる音だけがよく聞こえた。
「ねぇ、昼間のうちに森を抜ければ大丈夫ですのよね?」
グリッティの確認する声が沈黙を破った。
「ああ、なぜかはわからないが昼間に出たという話は聞かないな」
「昼間のうちに森は抜けられるのよね?」
「そのはずだ、距離的にはだいぶ余裕がある」
少し弛緩した空気が流れ。
「なら大丈夫――」
フェイが言い終える前にガタンという音が聞こえた。
「何? 今の音」
アラキナは状況がわからずクリフォードへと尋ねた。だが、答えが返ってくるよりも早く怒鳴り声が聞こえてきた。
「クソッ! 何でこんなところに穴があるんだ!?」
この商隊のリーダーであるチェスターが叫んでいた。
「ちょっと様子を見てくる」
クリフォードが駆けていった。
残された三人は穴とはなんのことなのか、恐らく車輪がハマったのではないかと話しあう。
さほど間を置かずクリフォードは戻ってきた。
「馬車を押す手伝いが要る。遅れるとチェスターの旦那が怒るから降ろすぞ」
順にフェイ、アラキナと手早く馬車から降ろしていく。
「ありがとう、クリフォードさん」
フェイが微笑みながらお礼を言う。アラキナも一応礼を伝えていた。枷が着いた状態では降りるのも一苦労になるからだ。
だが、
「どこを触っていますの!?」
グリッティはクリフォードへと抗議の声を上げていた。
チェスターは短気で、待たせると暴力を振るうことがある。フェイはそれが嫌なので先を急いだ。
やはり枷があるからか進みは遅い。フェイとアラキナが最初に着き、少し遅れてグリッティがやって来た。
馬車を見れば車輪が穴にとらわれており、それを複数人で押していた。
フェイは怒られないためにも、すぐにチェスターへ伺いを立てる。
チェスターは気が短いので指示を待っているだけだと怒り、最悪殴られるかもしれないからと、フェイは知っていたからだ。
少し的外れでも、先に伺いを立てておけば殴られる確率を減らせる。そう思っての行動だった。
「そうだ、時間が無い早くしろ」
「はい」
端的に返答をする。全員で馬車を押し始めるが動く気配はない。
フェイたちに遅れて別の者たちが到着した。
「遅い!」
チェスターは怒鳴ると共に、先頭にいた男を殴り飛ばした。
後ろにいた女性が小さく悲鳴を漏らし、子供が泣き叫んだ。
「早く馬車を押せこの愚図共!」
さらに不機嫌になり怒鳴り散らす。
あとから来た者たちも含め全員で押すが、やはり馬車は動かなかった。
埒が明かずいったん積荷を降ろすこととなる。
馬車をできる限り軽くしてから押していった。
「はぁ、はぁ、やっと動きました……」
「疲れましたけど、よかったですわ」
「ったく、なんでこんな所に穴があるのよ……」
無事に車輪が脱すると、チェスターが戻っていいぞとぞんざいに告げた。
だがフェイはすぐには戻らず穴を見ている。気になる何かがあったのか、屈むと穴の周りに降り積もった落ち葉を手で退かしていく。
穴は、ただの穴ではなかった。