過去の夢 1/6
14話まで特に暗いです。鬱展開や暗い話が苦手な方は戻ることを推奨します。
少女の首には枷が嵌められていた。
名をフェイという。馬車で運ばれ、視線の先には緑の大地が広がっていた。
「ねぇ、何見てるの?」
フェイに話しかけた人物はアラキナだ。フェイより年上の女性で、同じように首輪と枷が嵌められていた。
「うーん、丘? でも、飽きちゃったから両親のことを考えてました」
揺れる馬車は線のような街道を進んでいる。周りの大地は一部が盛り上がり、丘が形成されていた。
「そっか、フェイも家族と分かれて結構たつからね」
「うん、まだちょっと寂しいかなぁって。それと、これからのことを思うとちょっとね……」
憂いのある声音で呟くのには訳があった。それはフェイに着けられた首輪に起因する。鎖が首輪から伸びており、手に付けられた枷へと繋がっていた。足にも枷があり、走ることは難しいだろう。
なぜ首輪と枷があるのか。それは両親により、人買い商人へと売られてしまったからだ。
以前、フェイが両親と暮らしいてた日々は、食べていくことが危ういほどに困窮していた。
仕方がなかった。苦心した両親はフェイを売り渡した。
家族で協力し、日々を生きてきたフェイにとって、それは裏切られた思いだっただろう。以来、フェイは馬車で運ばれる毎日を過ごしている。
表情は寂しさが抜けず、小さい体からは諦めにも似た弛緩した雰囲気があった。
「まぁ、そうね。どうなるかわからないけど、なるようにしかならないから悩んでも仕方ないんじゃない?」
フェイが不安に思うのは今後のことについてだろう。人買いに売られた者は結婚や職への自由を失うが、代わりに生活は保障され貴重な労働力とされている。
男ならば炭鉱へ連れられ、見目が良ければ男女問わず大体が娼館へと売り渡される。
だからだろう。フェイは今後の進退に、不安や怯えで暗澹たる思いをしていた。
「それはそうなんですけど、普通に働けるところがいいなと」
「フェイは可愛いから大丈夫よ。案外愛されちゃうんじゃない?」
「それはそれで嫌かも……」
だが、衣食住が保障されるのであればいいのだろうかとフェイは考える。
その考えを遮るように、馬に乗った人物が話しかけてきた。
「よう、将来についての話し合いか? どれ、おじさんも一緒に考えてやろう。そうだな、おじさんが二人とも買い取って楽しく過ごすっていうのはどうだ?」
「私にも自殺する権利はあると思います」
「クリフォードさんのお給金じゃ、わたしたちは買えないんじゃないですか? でも、それができたら楽しいと思います」
拒否をしたのはアラキナだ。一方でフェイは無理だと言いながらも、その考えに賛同し微笑んだ。
話しかけた人物は、この商隊の護衛であるクリフォードだ。護衛だけでなく監視することも仕事であるからか、アラキナには嫌われていた。
「ひでぇなおい。確かに今の給金はチェスターの旦那がケチだから低いがな。これでも腕はいいから相応の仕事があれば稼げるんだぞ」
「私たちはその仕事が無いからこうして売られてるんだけど?」
アラキナは不機嫌さを隠さない。
「まぁ、それはそうなんだが……」
「わたしは前の生活が本当にギリギリだったから、今は飢えないだけでもうれしいです。ただ、売られた後を考えると不安ですけど……」
「フェイはほんとに欲がないよね。大丈夫、きっと何とかなるよ」
フェイの言葉に先ほどの不機嫌さもどこへやら。アラキナはフェイへと抱きつき頭を撫でまわす。
「ちょっと騒々しいですわよ、少し静かにしてくれません?」
「ご、ごめんなさい……」
「なによグリッティ、ちょっとくらい良いじゃない」
フェイが謝った人物は目つきが悪――キツイが綺麗な女性だった。同じように首輪と枷が嵌められている。
背丈はアラキナと同じくらいで、座る姿には優雅さが見え隠れしていた。
姿勢が良く、どこかの令嬢だったのではと思わせる。
アラキナはフェイを庇うように、抱き締める力を強くした。フェイが苦しそうにするが気づいていない。
「今日も怖いお嬢様がお怒りだ。そんなにいつも不機嫌だと嫁の貰い手に困るぞ」
「あなたには関係ないでしょう」
冷えた言葉と共に蛇のように睨みつけた。その剣幕にフェイは怯え、身じろいで逃げようとするが動けない。
フェイは抗議の意を乗せアラキナを見るが、その顔はフェイを抱いているため、にやけきっていた。
「あんな怖い人と違ってフェイはかわいいからね」
その怖い視線が突き刺さる。なまじ顔立ちがいいからかとても鋭い。
「グ、グリッティさん、あまり怒らないで……」
「別に怒っていませんわ。元はと言えばそこの男の所為よ。何か文句ありますの?」
言動とは裏腹に不機嫌さを撒き散らす。
「そんなに睨んでやるなよ。ほら、フェイも怖がってるじゃないか」
「クリフォードさん……」
「だから元はと言えばあなたが悪いと言っておりますの。わからないかしら」
言葉の応酬を気にも留めず、フェイに頬ずりするのはアラキナだ。
仲裁を諦めたフェイは、幌の下に見える空を眺めた。
そうしていると道の先にある山が見えはじめ、そのあいだに木々が生い茂っていることがわかってきた。
今日はあと5話更新する予定です。
話の展開はかなりゆっくりしていると思います。
更新回数を稼ぐ為に完成したものをぶつ切りしていますので、微妙なところで切れてしまっている箇所があります。