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俺、変えるから 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ああ、つぶらやくん、ようやくできたのね。 

 どうしたの? 最近やることがのんびりすぎやしないかしら? 前は期日に余裕を持って作っていたのに、今は期日当日に出すことがほとんどじゃない。手直しする時間、ほとんど取れないわよ。

 ――ネットで調べ物してたら、遅くなった?

 まったく。以前は本ばっか読んでいたあんたが、今となってはネットの虫よね。分厚い書籍を読むより、簡単に手を出せて、簡単にインテリを気取れるんだから、私にとってはたちの悪い環境よ。

 人とのつながり。それは面と向かってなされる方が絶対にいいわ。そういう顔の見えないつながりから、得体の知れないことだって紡がれるんだから。

 私が体験した、不思議なことについて、少し話をしましょうか。


 私にはオカルトが大好きな兄がいるの。昔から、私にはとうてい読めない文字で書かれた、難解な本を何冊も集めていてね。暇さえあれば、それを読みふけっていたわ。

 何度か私も実験台になったわね。ほら、曲がりなりにも、すぐ近くにいる異性じゃない、妹って。自分より立場が低そうな女でもあるし。

 私も幼稚園児の時分には、意味も分からずに、儀式に付き合ったりしたわね。

 お風呂で身体を清めた後に、兄の指定した服に着替えて、チョークで書かれた魔法陣の真ん中で横たわってみたり。今、考えてみると、あの頃から兄は、かなり本格的なことをしていたんだと感じるわ。

 ――身体は大丈夫なのかって?

 今のところは、たぶんね。

 ある日突然、私が姿を消したりしたら、「まあそういうことが起こったんだ」とでも思ってもらった方が、気が楽よ。フフフ。


 歳を重ねていくうちに、兄のオカルトへの傾倒ぶりは、尋常ならざるものになっていたわ。

 中学校を卒業する前なんか、これまでのうっぷんが溜まっていたのか、家の近くの公園で儀式を執り行っていたわよ。カラスのいけにえなんか使ってね。

 私にも乙女の生き血なんぞ求めてきて、正直、ドン引き。

 自分の身体の変化に、ものすごく神経質な時期だったこともあって、大ゲンカしたわ。オカルトさえ絡まなきゃ、地味ながらも、いい兄なんだけどねえ。

 かねてより、一人暮らし環境が欲しいと話していた兄は、入学と同時に家を出ていったわ。

 実験に付き合わされることがなくなって、せいせいするかと思ったけど、いざいなくなってみると、なんとも言えない寂しさを感じる。どうやら私は、自分が思っていたよりもずっと、兄に関心を持っていたみたい。


 兄は両親の連絡に対して、返事はするけれど、自分からは決して連絡しない派。その分、私に対しては、頼んでもいないのに自分から色々と発信してくる人だったわ。

 両親から、「何かあった時の手掛かりになるかもしれないから、それらの連絡履歴を、ちゃんと取っておいてくれ」と頼まれた手前、ブロックとかはしなかった。

 その報告も、大半が入会を決めた「超常現象研究会」。いわばオカルト研究会での活動内容についてだったわね。学校側に公に認められているわけじゃないらしくて、有志による自主的な調査と、その報告が、活動の大半らしいのだけど。

 当時はまだLINEはないし、チャットに関しては、互いにリアルタイムで話す時間が合わないことが多くて、もっぱらメールでのやり取りだったわ。


 そして、数か月後の夏の日。夏休みの宿題が終わった私は、部屋のベッドで横になり、うとうとしていた。

 来年、いや今年の秋からは、もう受験モードになりなさいと、親からも学校の先生からもうるさく言われている。中二の、一番安眠をむさぼれる時。私は遠慮なく夢と現実の間をまどろんでいたわ。

 ふと、枕元で振動。見ると、シーツの上に投げ出したケータイの受信ランプが光っている。

 見覚えのないアドレスから届いたメールの文面には、シンプルな一文。


「アドレス変えたので、登録よろしく」という言葉に続いて、兄のフルネーム。


 ようやく変えたのか、と私はため息をついたわ。個人差はあるでしょうけど、私は迷惑な広告メールに辟易して、ケータイを買ってからの数ヶ月で、二回はアドレスを変えていた。

 兄にも似たような類のメールが届くようになったのかな、と感じたの。


 それからというもの、兄からの報告はバリエーションに富むようになった。

 空メール。部屋の様子を、無造作に撮影した写真ファイルのみ。もしくは文字の限度まで、延々と記号を並べ立てた、文章と読んでいいか分からない代物。

「どうしたの、いったい?」と返事をしたことは数えきれないけど、そのたびに「十分に伝わっただろ」と返事が返ってくる。ごく普通の文章で。

 電話をかけても、ほぼ同じ。それで「調査が残っているから、また今度な」と手短に切られてしまうの。

 忙しいのかな、とも思ったけれど、私の中では違和感が拭えない。

 兄はオカルトに関しては、本当に真剣。自分の成果に関しては、数回のメールに渡ってでも説明しないと、気が済まない人。

 その人がいきなり、こんな不審な連絡や、受け答えを繰り返すものだろうかってね。


 ――なりすまし。

 私の頭に、とっさに浮かんだ言葉。

 誰かが兄のケータイを奪い、ロックを解除して、アドレス変更の旨を連絡してきた。そして声色まで使って、兄であるかのように振るまっている……。

 私は送られてきたアドレス変更メールの、あて先を見直す。そこには私のアドレスだけが載っている。

複数のアドレスに、同時にメールを出せる機能があるのは兄も知っている。なのに、なぜ自分のアドレス変更という、もっともそれを生かせるケースにおいて、使わない手があるのかしら?

 犯人のターゲットは、私。想像して、ぞぞっと鳥肌が立ったわ。

 けれど、私は脅威を放っておいて、そのまま震えているような真似はできない。追い詰められるくらいなら、むしろ率先して動いて、暴き出してやる。

 かつて私は、家具の下に隠れた害虫を、見逃してやったことはなかった。ぎゃあぎゃあ騒ぎながらでも、この目で亡骸を確認するまで、安息は訪れないという自分の気持ち。誰よりも分かっているもの。

 

 今度の休みにそちらのアパートへ向かっていいか尋ねたところ、兄と思しき人は少し驚いたようだけど、了承をもらうことができたの。

 兄が引っ越した時以来、久しぶりに訪れるアパートは、居住者が以前より少なくなった気がしたわ。ドアの前を通ると、ポストの口に緑色のテープが貼ってあって、郵便物が入らなくなっているものがいくつか。

 兄の部屋はフロアの真ん中に当たる、5号室。インターホンを押して、しばらくするとドア向こうで鍵を外す音がする。

 見た限り、兄本人だと思われたわ。

 休みの日ということもあるんでしょう。兄は寝間着と兼用で使っていたと思われる、しわくちゃのTシャツにハーフパンツを履いていたの。

 寝ぐせもそのまま。ひげも顎の下あたりに、うっすらと黒い芝を生やしつつある。


 奥の六畳間に通された私は、布団を外したこたつの一角に腰を下ろした。兄が出してくれた麦茶を一口だけすすると、さっそく件の奇妙なやり取りについて尋ねてみたの。


「――俺に成りすまして、お前に連絡を取っている何者か、ねえ?」


 兄の目つきが変わる。怒っているというより、わくわくしている感じだった。昔から兄は、奇妙なことに出くわすと、いつも同じ顔をする。

 兄はポケットから、ケータイ電話を取り出す。昔から変わっていない型のものだ。


「最初に言う。俺はアドレスを一切変えていない」


 堂々と言い切り、私に「前のアドレスが残っていたら、それに送ってみろ」という兄。

 私のアドレス帳の中には、前の兄の分が残ったままだ。複数登録できるから、不精していたもの。

 空メールを送ると、ほどなく兄の手元から振動が。メール受信の合図に違いない。

 続いて、新しくなったというアドレスに送ってみると、「メールをお届けできませんでした」という旨のお知らせが帰ってきたの。

 つい先日まで使えていたアドレス。一文字も変えていないのに。

 混乱しかける私に対して、兄は「そのアドレスを見せてみ」と私に促してくる。そしてそのアドレスを見て、首を傾げてしまったわ。


 兄曰く、そのアドレスはケータイを買った時に、いくつか考えたアドレス候補のうちの一つなんですって。続いて兄は、そのアドレスが送ったという画像があるなら、見せて欲しいと頼んできた。

 私は画像のみが添付されたファイルを見せる。見せた一枚は、豚の頭と胴体なのに、脚はカエルになっているという、奇妙な生き物だった。

 兄はその姿をしげしげと眺めた後、近くにある本棚を漁り始め、やがて一冊の本を取り出し、私に見せてくれたわ。

「触媒図鑑」と乱暴に殴り掛かれた表紙は、画用紙を使った兄のハンドメイド。不穏な名前の一冊の中身は、兄曰く、様々な魔術で使われる触媒が載っているとのこと。

 そのうちの豚とカエルの絵。たまたま、同じ方向を向いているそれらをコラージュすると、あの画像の絵になったの。


「お前、もしかしたら「もしも」のアドレスを通して、「もしも」の俺とやりとりしたのかも知れないな。いや、むしろ頭の中の俺か? この本も昔から中身を知っているし、この下手くそなコラージュ画像も、念写? とかかもしれねえな。くう~、ずるいぜ。普段、オカルトに興味ないお前が、こういう体験するなんてよ」


 兄は大喜びだったけど、私は少し不安がある。

 ケータイを手にした時期の兄は、前にも話した、私の生き血を欲しがっていた頃。

 そして、「もう十分伝えた」という言葉。あの時の兄は、ケータイを通じて、私に何を伝えてきたのかしら。

 さっきも話した通り、もしかしたら私はある日。いきなりみんなの前には出られない事態に、なってしまうかも知れないわね。

 



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