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続・無能扱いで追放された俺が婚約破棄令嬢と手を組みました  作者: ハムカツ
~ドワーフ少女とリボルバー~
9/23

3日前、ドワーフ領の大衆酒場にて



「はは! グレックに黒いの! まだテメェら冒険者やってんのか!」


「うるせぇ、太っちょ樽腹ガガン! どの種族も皆、お前らドワーフみたいに最終的に職人を目指してるわけじゃねーんだぞ!」



 王都の冒険者が集まる酒場も騒がしいが、ドワーフ自治領の大衆酒場はその3倍、いや5倍はにぎやかだ。髭面で無骨なドワーフ達が真昼間から金属製のジョッキを打ち鳴らし、やいのやいのと己の技術を誇りつつ、喉の奥に安いエールでソーセージと芋と、そしてチーズを流しこんでいく。


 だからこそ、俺と樽腹ガガンがテーブル越しに拳を打ち付け合い、再会を祝っても誰も気にもしない。



「……グレック、私はもっと静かな場所が好み」


「ははっ! 黒いの! ドワーフが集まる場所で静かな場所がある訳ねーだろう!」



 樽腹ガガンが笑うのと同時に、クルムホルンとアコーディオンが競うように鳴り響く。共に奏でるのではなく決闘じみた音の押し付け合いが数秒続き。しかし勝負がついたのかすぐにホルンにアコーディオンが合わせる形で曲が紡がれ始めた。


 どこまでも負けん気が強く、その上職人気質で良いものは認める。正にドワーフ楽師かくあるべし、と言ったところか。



「それで、一体何の用だ? お前達の頼みなら聞いてやるが。俺だって職人ギルドの親方なんだからな。時間が貴重ってのは本当なんだぜ?」


「暇な時間は何か作ってるんだろ。まぁとりあえずその貴重な時間を使って聞く価値がある話だ」


「これの加工を頼みたい。図面はこんな感じで」



 黒衣の魔女が魔法の鞄からすっと宝玉とスクロールを1本取り出した。


 それを目にした途端ガガンの瞳が色を変える。昔パーティメンバーだった気のいい元戦士から、ドワーフ自治領に12人しか存在しない大親方、この世界でトップクラスの職人のそれに切り替わる。



「そりゃまたスゲェな。そういやテメェ西辺境でドラゴンを倒したとか」


「ああ、だからこそこれだけの宝玉が手に入った」



 基本的にドラゴンの宝玉は市場に流通する事はない。並の冒険者では刃が立たず、それこそ国の騎士団で掃討する事が多いからだ。それこそ東のバーナード領なら毎年2~3匹のペースで撃破しているのだが、それは大いなる例外である。


 その結果、希少な宝玉は貴族社会で流通し、滅多な事で一般市民が目にする事はない。



「他の素材は?」


「現地で金にしたよ」


「まぁ西から南まで骨を運ぶ手間もあるし、それこそ現地の奴らが買い占めるか」



 それこそモンスターが跋扈する最前線以外では、一生に一度目に出来るかどうかも分からない高級素材。記念とばかりに血の1滴まで誰も彼もが買い求める。



「で、黒いのの依頼って事は」


「細かい所はスクロールに全部書いてあるから」



 モノクルの内側で、黒衣の魔女はめんどくさそうな顔をした。実際ドワーフと技術系の話をすると気力が吸い取られるのは理解出来る。彼らは良くも悪くも職人気質でどこまでも喰らいついてくるのだから。


 だからといって、黒衣の魔女の会話力の低さは酷過ぎるのだが。いつも通りのことと、俺もガガンもスルーした。



「うへぇ、こりゃ面倒な刻印だ。宝玉に刻むのにどれだけ手間がかかると――」


「前金で金貨500枚、成功報酬で1500枚」



 じゃらじゃらじゃらと、魔女の袖口から金貨が溢れる。無論500枚全部を出した訳ではないのだが。そのインパクトは絶大で。ガガンどころか、周囲のドワーフまで騒ぐのを止めて視線を注ぐ。



「おいおい、考えて金を払ってんのか?」


「無論、こと玉細工において閃華のガガンを超える職人を私は知らない」


「クク、クククククっ!」



 騒ぎが消えた酒場に、ガガンの声が響く。黒衣の魔女は言ったのだ、百年を超える時を生きて。その上で閃華のガガンを超える職人を知らぬと。当代一ではなく、彼を超える職人を長命種としての人生の中で見知った事がないと。



「くははははは! よし! 今日は良い日だ! 最高の依頼だ! おい! お前ら、今日は全部俺のおごりだ! お代は金貨500枚! テメェらなら喰い尽くせるだろう!? やってみせろよ!」



 ガガンの宣言に、酒場が揺れた。100人近いドワーフが咆哮する。 乾杯! 乾杯! 良き仕事に! 良き職人に! 大親方ガガンに! 太っ腹な依頼者に! 乾杯! 乾杯! 乾杯! と祝いの声が響き渡る。


 給仕の女達はやれやれと、けれど祭りの空気に高揚し。目端が利くものは、近所の家々に手伝いを呼びに行く。


 噂を聞きつけたドワーフ達が、周囲から集まり。ジョッキをぶつけエールを飲み干し、足りなくなれば周囲の店から新しい酒が運ばれて。それどころか足りぬつまみを勝手に用意し始める。


 30分もすれば、もはや理由も分からず。ただ騒ぎ、ただ喜び、ただ酒に酔う。お祭り好きのドワーフらしい光景が広がっていた。



「で、さっきの台詞。どれ位本気なんだ?」



 ガガンが胴上げされている横で、俺はこっそり魔女に問いかける。実際ガガンは職人として二つ名を持つ一流だが、実際にここ百年で一番の職人なのかどうかには興味があった。



「ちゃんと、本気」



 すっと黒衣の魔女はモノクルに指を向ける。



「かれこれ20個くらい使ってるけど、ガガンの細工が一番上々」



 ああ、ならば彼の腕に間違いはないのだろう。そう心の中で思いながら、俺は金貨を拾い集めて袋に詰め直し、店長を呼び止めキッチリ金貨500枚の支払いを済ませて証文を受け取っておく。


 ドワーフは仕事になるとそいつの事しか考えない癖に、後から金勘定で支払いを忘れた事を気にする面倒な連中なのだ。だからこそ無駄な悩みを減らすため、こうやって立ち回っておくと仕事の質が目に見えて上がってくれる。


 面倒だがそのぶん腕は保証済み、これ位の手間はなんということもない。

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