アッシュ、リーダーとして活躍する?
「ニャー、ニャニャー。レイナ、軽く地図書いたけど怪しい場所あるかニャ?」
俺達は屋敷の中の適当な部屋で、チャコの書いた地図を見ながら方針を煮詰めていく。人の感情によって生まれたダンジョンには必ずゴールが存在している。どんなに元の建物から歪んでいたとしても、地図を纏め調査を尽くせば自ずと進む先は示されるのだ。
「渡していた呪符が反応した場所は?」
普通の人間では魔力を感知する事は出来ないが、魔力を込めて書かれた呪符を使うことでその濃淡を知る事は出来る。レイナはこういった小技を黒衣の魔女から学んでいるので、素直に頼りになるし、そして羨ましい。
「ニャニャ、こことここと、そしてここニャ」
ポン、ポン、ポンとチャコの指が地図に×印を書き込んでいく。持ち運びに便利な万年筆は安くは無いが、こうやって書き込みながら話す場合。あると無しでは大きな差になるのだ。
「……ふむ、ふむ。分からぬ」
「パッと見、これだけだと規則性は見えねぇが」
難しい顔をしながらすぐに両手を上げたアリアを横目に。ふと思いつき俺は懐からこの屋敷の昔の見取り図を取り出して、チャコが手描きした地図の横に広げる。ジオ爺に頼んで用意して貰ったものなのだが、あのジジイはいったいどんな伝手でこいつを用意したのだろうか?
「ああ、成程そういうことか」
「む? レイナは理解出来たのか?」
「魔力の反応と、元の図面を比べると歪んでる場所はここと、ここになる」
「んで、そう考えると正しいルートはこれになるって訳だ」
アリアの疑問に答えるレイナの言葉を引き継いで、俺はチャコから万年筆を受け取ってサラサラと正解のルートを地図に書き込んでいく。
「ニャ、私もそれが正しいと思うニャ」
「そうだな、他にも候補はあるがそれが最有力だ」
チャコとレイナが賛同してくれた辺り、どうやら間違っていなかったらしい。内心ほっとした。
「詳しい理屈は帰ってから教えて欲しい」
「ああ、まぁこの辺は半分以上慣れだからな。2~3回ダンジョンに潜れば分かる」
実際アリアの地頭ならそれ位で理解してしまえるだろう。俺だって同じように覚えられたのだから。そうして彼女が経験を積み重ね、俺と同じ位の判断が出来るようになった時、俺の居場所はあるのだろうか? そんな不安を胸中に抱きながら、それを隠して立ち上がり、休憩の終わりを告げる。
この先にいる屋敷で死んだ王妃の悪霊を倒しに行くために。
◇
「この扉かニャ?」
「魔力の反応が強い。当たりだ」
「ああ、これならば妾にも分かる」
幽霊屋敷の奥の奥。群がるゴーストやリビングメイルをなぎ倒し、泣き続けるメイドの霊を諫め、ジャイアントスパイダー相手にアリアが悲鳴を上げたり。愉快な冒険の果てに、俺達は大広間の扉に辿り着いた。
王族が使う屋敷という事もあり、作りは立派なのだが怨念によってダンジョンと化した為か。浮き彫りの意匠には髑髏や毒虫が所狭しと並び立てられて、王妃が抱いた恨みの強さが伺える。
「しかし、あのメイドが言った通り。王妃に罪は無かったのだろうか?」
「さぁな、幽霊の言葉なんて話半分で聞いておいた方がいいぜ」
俺は周囲を警戒しながらアリアを嗜めた。大半のゴーストは生者から同情して貰おうと言葉を紡ぐ。彼らはそうやって思われることで、この世に居続ける為のエネルギーを稼ぐのだ。その結果、虚構を口にする事も少なくない。
もしくは強い思いが本人の認識を歪めてしまうのだと、黒衣の魔女から聞いたことがある。
「むぅ、そんなものか」
「最悪死者に取りつかれて、死ぬ事だってある。チャコは特に注意しておけよ?」
「ニャ、最初っからゴーストの話は聞いてないニャ」
下手に憑かれれば、魔力の殆ど無いチャコは死んでしまう可能性が高い。そういう意味では最初から興味を持たないのが一番いい。興味さえ持たなければ、幽霊は直接接触しない限り害を与える事が出来ないのだから。
「ニャ、トラップが無いことは確認。魔法の罠は無いかニャ?」
「そっちも大丈夫、問題無い」
チャコとレイナによる安全確認が終ったのを確認し。俺は右手で銀の剣を抜き、左手に魔女特製の聖水が入った瓶を握りしめる。魔女の聖水と聞くと矛盾しているが、彼女は高位のプリーストでもあるのだから理屈は通る。
「一番大物の王妃は俺が。アリアとレイナが取り巻きを、チャコはかく乱を頼む」
「ニャ!」
「装備から考えれば妥当だな、妾はそれでいい」
「気負いすぎるな、アッシュ」
レイナからの心配を妥当だと自嘲気味に受け入れつつ、俺は塞がった両手でドアノブを捻る代わりに。ノック無しの全力の前蹴りで扉を開き、その中に駈けこんで――