アッシュ、一人で無双する?
「チャコ、そっちは?」
俺達はほこりまみれのエントランスホールを抜け。正面の階段を上がり、その先にある廊下をチャコに探らせる。仕事を彼女一人に任せるのは心苦しいが、むしろ素人が手を出した方がこういうのは危険である。
「ニャー、ニャー、たぶんゴーストが2匹、甲冑が1両かニャ?」
ピコピコと耳を動かし、さっと手鏡で曲がり角の向こうを確認する。断言してない以上、あと少し敵がいる可能性はある。けれどもこの程度ならば力押しで行った方が早い。
「よし、正面突破でいく。アリアが甲冑、俺がゴースト、レイナとチャコが警戒」
「ニャ!」「分かった」「うむ!」
返事を確認し、流れるように俺が先陣を切る。浮遊霊が2匹、俺に向かって襲い掛かって来た。
「まずは一匹だ!」
俺が鞘走らせた剣のきらめきが、ゴーストを霧散させる。本来こいつらに物理的な攻撃は通用しないがエンチャントされた魔法の武器や、銀の剣があればこの通り軽く捌く事が出来る。
「ふぅっ!」
続いて俺の後ろからアリアが飛びだした。やはり純潔の貴族は体の出来が違う。女男の筋力差など誤差の範囲とばかりに、動き出した全身甲冑の首を跳ねる。関節を狙ったとはいえ、俺の力ではこうはいかない。
あるいはグレックの技があれば真似出来るかもしれないが、俺はその領域に達していない。力も技も中途半端、それがパーティにおける俺の立ち位置なのだろうか?
「ニャー! アッシュ!」
「分かってる! やるさ!」
俺の悩みを知ってか知らずか、声を上げるチャコに応えて再び剣を振るいもう一匹のゴーストを蹴散らす。もしも接触されれば、魔力と体力を奪われ場合によっては動けなくなるのだ。折角の先手を無駄にすればそのままジリ貧に追い込まれる可能性もある。
「レイナ、他に敵は?」
「今のところは、モンスターが来る様子もない」
チャコが気づくレベルで戦闘中に悩んでしまった事が恥ずかしく、俺はレイナに声をかけた。やれやれと何か生暖かい視線を向けられて更に気分が下がる。当たり前だがエルフである彼女も長命種で、時たま若さを見守る素振りを見せるのがこそばゆい。
まぁ、こういった視線を向けてこない長命種は、総じて鈍感で自分勝手で、色々勘違いさせて来る。最も俺もレイナと黒衣の魔女以外で長命種と出会った事も無いから。恐らく勝手な偏見だとは思うのだが…… どうにも今だに敗れた恋が胸に痛いのである。
「チャコ、この鎧は持って帰れないのか?」
こちらの悩みなど素知らぬ顔で、アリアがリビングメイルから刈り取った首を持ち。興味深げに観察している。剣士としては完成しているが、こういった部分を見ればまだ冒険者として初心者なのだなと感じてしまう。
「ダンジョンのモンスターは夢の様な物だ。下手に復活しないよう砕くといい」
「うむ、砕けばいいのだな」
先程までの興味ごと首を放り投げ、鉄を仕込んだ革靴が一気に踏みつぶす。
「おお、成程。確かに夢の様に消えたな」
「普通の冒険者はハンマーで砕いたりするんだがな、馬鹿力め」
やっかみ半分、称賛半分の軽口を叩く。いや本心を口にすればやっかみ9割だ。下手に力がある分こうも差を見せつけられると素直な僻みが出てきてしまうのは俺の悪い癖である。
「チャコ、レイナ、こやつをパーティから追放するぞ」
「まぁ、その…… 良いところもあるから?」
「ニャー、撫でるのはグレックより上手いぞ?」
まぁ、言い返されるのは甘んじて受ける必要があるだろう。最もアリアの口調もどちらかと言えばふざけ半分で、レイナもチャコもそれに追随しているのだから。文句はまだ言わんが自重しろ、と言った所だろうか?
「悪い、ちぃと本音が出た」
「なお悪いわ! まぁ自分にないものを羨むのも分からんではないがな。いつぞやかグレックが、貴様の事を俺を超えられる逸材だと言っていたのだ。その期待を裏切るでないぞ?」
「あー、そりゃ…… なんというか」
俺の事は信じないが、オッサンの事は信じると。まぁアリアの立場から見れば至極当然。その上でわざわざ口にしてくれる辺り、人が良いのか、育ちがいいのか。たぶん両方だろう。
「ニャー、先の方にはモンスターはいないニャー」
いつの間にか、先を偵察しに行ったチャコが声をかけて来る。そこでどうにか調子を取り戻し、いや恐らく顔が赤いかもしれない。何せレイナの顔がニヤニヤ笑っているのだから。
「すまん、それじゃ行くぞ。さっさと終わらせて、さっさと帰るぞ」
素直に礼を言えない俺の気持ちは伝わったのかどうか。本当にこの辺りはどうにかしないと行けないと心に刻みつつ。チャコの先導に従って俺達は屋敷の奥へと向かっていく。