アッシュ、幽霊屋敷に来る?
「成程、これがかの有名なレイフォン王妃の幽霊屋敷か」
王都の貴族街、その中心付近にフル装備の冒険者が4人集まっているのは一種異様な光景であった。
赤いシャツとズボンに高級なレザーアーマーを纏った活動的なアリア。動きやすい布の服の上からミスリルの腕宛を付けて神秘的なイメージを纏うレイナ。そしてバンダナの間から猫耳を伸ばし、盗賊の7つ道具が入った鞄を腰に付けたチャコ。
3人とも吟遊詩人がその美しさを競って謳う美人であり。その上で全員が一流の冒険者としての風格を携えている。
「おい、アリアさんよぉ。俺になんかいう事があるんじゃないか?」
そして無駄にやさぐれた雰囲気を纏った男が一人、アッシュ=グラウンドである。普段よりも幾分か高級な服を纏った姿は、元よりその血が混じっている事もあり。それこそ貴族に見まごうほどだ。
ただし無駄に心労した様子から、あまり裕福な雰囲気は感じられない。
「その、何というか…… 助かったぞ!」
「いや、まぁうん。もうそれでいいや」
アリアが依頼者の貴族にちょっとやらかしかけたのを、強引にフォローした流れを思い出しそうになって。アッシュは無理やりその記憶に蓋をする。思い出して面白いものではないし、何より本人が反省しているのは理解出来たのだから。
下手にこういうのをグチグチやるとパーティの空気が悪くなる。それは彼の本位ではない。
「アッシュ、入り口は普通に貰った鍵で開いたぞ」
「にゃー、トラップは無し。ダンジョン化の傾向はあるけど酷くないニャー」
思いが渦巻く場所は迷宮になる。集まった魔力が澱み、それが一定の敷居を超えると世界との釣り合いから物理的に歪んで他者を拒む迷路となるのだ。けれどそうやって人の思いが形を取った迷宮は、絶対に攻略出来るようになっている。
黒衣の魔女曰く、どんな思いであれ他者から理解されなければ存在していないのだと言う。
詳しい理屈はアッシュには理解出来ないが、何となく雰囲気は理解出来る。どんなに他人を拒もうと。それこそ世界を歪めるほどの思いを抱こうと。人はどこまでも誰かに理解してもらいたいのだ。
「うし、それじゃ踏み込むぞ…… っと、その前に改めて道具は大丈夫か?」
「7つ道具に弓と短剣、そして1週間分の携帯食。あるニャ!」
「室内向けの片手剣二刀流に、食事と薬は用意してある」
「妾も片手剣と、グレックが纏めてくれた冒険者セットがある」
「……光源は誰か持ってるか?」
成程、一通り大丈夫そうかと思った所で。誰も明りを表に出していない事に気が付いた。いざとなればレイナが魔法を使ってくれる。けれど彼女の魔力は魔女と比べると少ないのだから、節約して損はない。
「ニャー、光の首飾りを用意してるニャ」
チャコがすっと懐から宝石の取り付けられたネックレスを取り出す。魔法が使えなくとも人間には少しの魔力が存在している。それを使って光り輝くマジックアクセサリーの一つで、カンテラ代わりに便利に使える代物だ。
「よし、まぁ大丈夫そうだな」
そう呟きながら、アッシュは改めて自分の装備を確認する。いつも通りのフルプレートではなく、今回は動きやすさを重視して関節の一部とブレストアーマーだけを着込んだセミプレート。そして得物は実体のないモンスターにも効果のある銀製の剣。
更にいざという時の為に聖水も用意した。なんやかんやで黒衣の魔女に身内価格で用意してもらったものだが。それだけに切り札としては充分に信頼出来る。
ただ鎧の下に着込んだ服がいつもより高級なぶん、汚れた時の洗濯代が高くつくなとアッシュは内心でため息を付く。まぁこの程度なら必要経費の範疇だろう。
「よし、それじゃ行くぞ!」
「「「おーっ!」」」
4人は拳を振り上げ、そして数十年前に悲劇が起こった屋敷に踏み入れる。チャコの持つ光の首飾りを頼りに奥を見やれば埃っぽいエントランスホールが広がっている。さてここにどんな冒険が待ち受けているのかと、アッシュ達は高揚しつつも冷静に足を踏み入れた。