2日目、宿の食堂にて
つまるところ、本質的にミミルが襲われたのは。街を覆う閉塞感が原因で、彼女自身に落ち度があった訳ではない。彼女が作ったリボルバーは何ら違法なものではなく、ナイフや小型弓と同じただの武器でしかない。
即ち、彼女を拘束する法的な理由はどこにもないのだ。最もこの自治領では彼女を守るべき法も存在していないのだが。皮肉な事に彼女が戦える力を示した事で周囲が過剰に反応した結果が、昨日の騒ぎの原因だろう。
「うう、けれどそれは酷くありませんか? 多少のトラブルはありましたけど。そんなもの普通な男のドワーフだって多少なりとも抱えているものですよ?」
朝に宿の食堂で、ミミルとパンにバターを塗りながら状況の確認を行う。魔女は深夜まで何かごそごそしていたらしく昼まで寝るらしい。まぁいつもの事だ。
そして話して理解したのだが、ミミルは想像以上に真っ当な感性の少女であった。どちらかと言えばドワーフよりも人間に近い。その上でドワーフ社会の建前を理解し、それに乗っかれる程度には外れているのだが。
「難しい話だが、横のつながりって奴が足りてない」
だから彼女はドワーフとも、人間とも相いれない。
「いざという時に命を張ってくれる友人がいないからと?」
「たぶん逆だ、命を張りたい相手はいるか?」
その質問にむぅと彼女は小首をかしげる。見た目こそ人間の幼女に近いが、俺の言葉を理解出来る程度には大人だったようで。暫く唸った後で、ガクリとテーブルに突っ伏した。
「うう、みーんな男たちは力こそが全てって言ってるのに酷いです」
「酷くはねぇよ、絆も力だ」
今朝かまどで焼かれたばかりのパンに、バターをたっぷりのせてかぶりつく。冷え切っている訳でもなく、ほんのりと暖かい生地に塊のまま広がったバターの風味を口の中に広がる。大抵の奴は首をかしげるが、俺は溶けたバターより、溶ける寸前のバターの方がずっと好きだ。
「それで、私はどうすればいいんでしょうか?」
「命が惜しければここから出ればいい。紹介状の一筆位なら用意してやる」
「うー、それは嫌です」
だろうなと、俺はしっかり焼いた目玉焼きと、カリカリのベーコンと、そして厚切りのチーズをパンに挟んでいく。上品な食べ方ではないが、ドワーフ自治領なら咎められることもない。その土地ならではの楽しみ方という奴だ。
「グレックさんが何となく凄い冒険者って事も、結構良い場所に紹介状を書いてくれる事も。何となく分かるんですけれど、それは嫌なんです。逃げてるみたいで」
申し訳なさそうな顔をしながらも、しっかりとした意思を瞳に宿して。ミミルは自分の意見を言い切った。ついでに喋る合間にひょいひょい3つ目のパンを手に取っている辺り、食欲も充分あるようで何よりだ。
「じゃあ、なにと戦う?」
「喧嘩売って来るドワーフ全員…… と戦ってたらキリがないんですよねぇ」
はふぅと、ミミルは突っ伏したままでめんどくさいと瞳で訴えて来る。この辺りの感性は人間のそれに近い。普通のドワーフならば、それこそ喧嘩を売って来る相手がいなくなるまで殴り続けると即決する奴らばかりだ。
そんな事をしているから、俺の知った顔の半分がもうこの世から消えているのだが。どちらが良いとも、どちらが悪いとも言えない。
「つまり自分の実力を認めて、それ以降は普通に付き合って欲しいって事か」
「そう、そんな感じです! それが出来れば完璧ですよ!」
我儘という奴もいるかもしれない。自分勝手という奴もいるかもしれない。けれどドワーフの社会が物凄くめんどくさいのも事実であって、彼女みたいな異端には厳しい部分があるってのも確かな事だ。それが無ければドドウだってもっと評価されていただろう。
「じゃあ、俺に依頼するとすれば何を出す?」
「これを出すわ」
ごとんとミミルは、腰のベルトからリボルバーを取り出した。装弾数5発、クロスボウ並みの威力を誇る射撃武器。にぃと俺は笑みを浮べた。
「矢の…… いや弾の補給は?」
「私の処に来れば1発銀貨1枚で作るわ。値段は1年毎に更新で」
クロスボウと比べても値段は高めだが、この携帯性と一流のドワーフが手作りする事を考えれば妥当で問題はない。
「もう1丁同じ物は作れるか?」
「んー、毎回改良しても良いのなら安くするけど?」
「俺に合わせてくれるなら構わん。2丁で金貨100枚でどうだ?」
ミミルはばっと机から起き上がり、目をぱちくりして口角を上げる。
「うん、グレックさんは新人の女ドワーフ職人に結構なお金を出すのね」
「ある程度の目利きは出来るぜ。そういう意味じゃこの値段は妥当、実戦で使えるようなら更に買い取り価格を上げていくつもりだ」
「よし! じゃあ契約ね! よろしくグレック!」
勢いよく、椅子の上に立ちあがり。ミミルは右手を差し出してくる。俺も油まみれの指先をナプキンで拭ってから彼女の手を握る。
そこにあったのは少女の手ではなく、生まれてからずっと鉄に触り続けた職人の手で。やはり彼女は一流の職人だと、肌で実感するのであった。




