ドワーフ領の高級宿にて
「グレック、つまりどういうことなのか教えて?」
「割と大ごとだ。下手すればこのドワーフ自治領が消えるレベルで」
ミミルと名乗るドワーフの少女を匿ってから半日。俺は真っ当な市民がランプを消して眠り、夜に生きる連中が活気づく時間までこの街を走り回って。どうにかこの街で何が起こっているのか把握する事が出来た。
こんな時間に男女が同じ部屋で過ごすのは、勘ぐられても文句は言えないのだが。そもそも魔女が借りた部屋のソファーでグーグーとミミルが眠っているのだ。ここで大人の時間を楽しめる程、肝は太くない。
「まずは、今代のクロムハート王についてどれくらい知っている?」
「んー、杓子定規で計算は得意、けど余程の事が無ければ家臣も無下にはしない」
「その王が、ドワーフ自治領に圧力をかけている」
自治領というものは決して軽くない。曲がりなりにもクロムハート王国という封建制の内側に、それに従わない事を許された領地が存在している事を意味しているのだから。
実質大きな戦力を持ち、国として振る舞えるほどの領地は幾つか存在しているが。自治領としての権利を認められているのは、南のドワーフ自治領と北のエルフ自治領だけである。
「何故? ドワーフは良い道具を作り。納める事でその権利を得ている筈」
「良いの基準が変わったんだ。伊達や酔狂で測定王と呼ばれてる訳じゃ無い」
個々の質よりも均一である事を是とする。同じ基準で、同じ物を、大量に作る。10年かけて人間の職人を育成し、長さと重さの基準を統一し。誰が何を作っても同じ道具が生まれる様にしたのだ。
俺も意味を理解出来たのは、ここ最近の事だ。同じ基準で作られた道具は便利が良い。一々選ばなくとも質が揃った矢はそれだけで命中率を格段に上げてくれる。
そういう意味でドワーフの作る道具は品質が均一ではなく。何より時間がかかる。
世の料理人がリンゴを剥く為のナイフに、天下の名剣と同じ切れ味を求めない事を。ドワーフ達は理解出来ない。その結果、過剰に性能が高く、それに相応しい値段の物しか作らないのだ。
「つまり、ドワーフ達が自分の意に沿わないから潰す?」
「それもあるんだろうが、実際売れ行きが下がっている」
そうして売れ行きが下がり、代替となる人間による道具の生産が進んだことで、測定王はドワーフ達に迫ったのだ。今までと同じ税を納めろ、それが出来なければ自治権を取り上げると。
実際に複数のドワーフから確認したのだから、これは間違いない。
「それで、ドワーフ達はどうするつもりなの?」
「会議中だとさ、ただしここ数か月何も進んでないらしい」
樽腹ガガンが忙しいと言ったのはこれが理由だ。ドワーフが酒を飲まずに1日1時間以上卓を囲んでいるというのだから、これは凄まじい。彼らの本気が伝わって来る。そしてそれを数か月続けても何も解決策が出てこない程度に手詰まりである事も。
「つまりとても煮詰まった状況?」
「そうなるな」
「……私の依頼は大丈夫?」
魔女のマイペースさにガクリと肩が落ちる。いやまぁ彼女は今回の件で使った金額は金貨2000枚。彼女の財布事情は大体理解しているが、決して安い買い物ではないのは分かる。そういう意味では当然と言えば当然の心配か。
「ドワースは死んでも受けた仕事は投げ出さねぇ。それは確実だ」
それが俺が戦士として、職人として。数多くのドワーフと接して来た実感だ。そうでない奴が一人もいなかったとは言わないが。今こうして生きている連中の中には一人もいない。
「ん、分かった。その上でグレックはどうするの?」
「どうするって、何が?」
「やりたいように、やりたいんでしょ?」
ベッドに座った魔女が、妖艶な笑みを浮べる。トレードマークの三角帽子は今はなく、サラサラと黒髪が揺れるのを見て、俺の心臓がドキリと跳ねた。キラリと光るモノクルが、彼女の視線と本心を上手い具合に隠して見せない。
「……まぁな、世話になった奴がこの街には多い」
「そう、残念」
彼女の残念がどういう意味なのか、普段より薄い部屋着で勘違いしそうになるが。精々一緒に観光するつもりだったのがお釈迦になって残念程度の意味合いだ。決してやりたいようにとは男女の関係を示唆しているアレではない。
アッシュの様に彼女の言動を勘違い出来る程、俺はもう若くもないのだから。
「それで、一つ依頼を受けてくれないか」
「なに? 今回は私がリーダーなのに?」
くすくすと、無表情のまま魔女が笑う。
「ちゃんと、仕事はするから許してくれ」
「この騒ぎが片付いたらちゃんと、この街を案内してくれる?」
ああ、この魔女は本当に。こっちが勘違いしそうな口を聞いて来る。この調子で迫られれば俺が後、10年若ければ、普通に参ってしまっていただろう。
どうにか内心の動揺を悟られぬように、俺は魔女に依頼の内容を伝えていく。どうやったって大事になるのだ。今から色々と仕込んでおくくらいで丁度いい。




