13 友達協定
放課後、朝にそんなこと言われた手前、直帰するのが気まずく、第二書庫に顔を出したが、マキリも鳥居さんも居なかった。
静けさに支配された書庫は寂しさが漂っていた。
仕方ないので、遠回りになるが、珠川の河川敷に自転車を走らせると、水着でごつごつした岩場をうろちょろするマキリたちを見つけた。
陽光に輝く川の流れに照らされた二人は眩しそうに目を細めて石を探していた。せせらぎに蝉時雨が混じる。川に入ったりして必死に探しているが、あんな調子じゃ見つけられる可能性はほぼゼロだろう。
無駄なことはすべきじゃない。
家に帰ることにした。
夏になってまだ日が高い。気温も暑く、蝉が喧しい。
玄関のドアを閉めて、暗い玄関にため息をつく。
結局、平穏を言い訳に全部から逃げているだけの気がした。
まとわりつく湿った熱気に汗をかきながら、階段を上がる。自分の部屋に到着し、クーラーを入れてから、ベッドに倒れこんだ。
夜になって、また朝が来る。学校に行って家に帰る。ルーチンワークだ。
そこに変化なんてなく、そもそも変化なんて求めていなかった。
終業式。明日から夏休み。学生にとってこれほど楽しい一日はないだろう。
長い休みの相談で盛り上がるクラスメートたち。
俺の予定は塾の夏期講習で埋まっていた。
遊んでいる暇は無いのだ。いままでわりと自由にさせてもらったのは、夏からが本番だと、口酸っぱく言われてきたからだ。受験生ではないが、母は俺に期待をしていると言ってくれた。天才肌な兄貴や妹と違って凡人の俺は人並み以上の努力をしなくちゃいけないのだ。
遊んでいる暇はない。
「キミ、今日のような青空を……」
空を見上げる暇なんてない。
マキリの呼び掛けを無視して、帰宅する。
家について参考書を開く。時間は有限で常に前に進み続ける。だからボヤボヤしている暇はない。
夏は勝負の時期なのだ。
そうやって夏休みを塗りつぶし、偏差値が少しは上がったのだろうか、と自問自答する日々を過ごす。
遊びには出掛けず、夏期講習と自習で俺の肌は白いままだった。
八月に入る前。雨がシトシトと降る昼下がり、玄関チャイムが鳴り響いた。
「スス兄ぃ、友達ぃー」
妹のザクロが取り次ぎ、仕方ないので英単語帳を開いたまま、玄関に向かう。
ドアを開けて一瞬固まってしまう。
立っていたのは涙目の鳥居千景だった。
「こんにちは……」
声をあげたらかすれていた。喉をならして調子を整えていたら、彼女は不機嫌そうに目をつり上げた。
「なんで、来ないの?!」
「ん?」
「今日がリミットよ!」
声が震えている。傘にポツポツと雨粒が当たる音が響いていた。
言葉の意味を噛み締めるように口内で「リミット」と呟く。今日の結果でマキリは遠い国へ行ってしまう。
「探しましょう! 一緒に 」
「……見つけられっこないって……」
「決めつけて、あきらめて、そんなのカッコ悪いじゃない!」
「あのさぁ、俺が俺の時間をどう使おうが勝手だろ」
「それでも、あの人はあなたをずっと待ってるのよ」
「あの人って……マキリが? そんなキャラじゃないだろ」
「待ってる。だから声をかけてあげて。見つけられなかったとしても、旅立ちを止められるかもしれないわ」
「べつに仲良くないぞ。俺たち」
「友達だって、言ってた」
「友達?」
「日本でできた初めての友達だって」
「俺とマキリが?」
傘の下で力強く頷かれる。
てらうことなく言うなれば、嬉しかった。傲岸不遜な少女に認められたのが、素直に俺は嬉しかったのだ。
「これ。マキリから貴方にって」
透明なクリアファイルに入ったA4の紙を差し出される。
反射で受け取ってしまう。雨粒がファイルの上で小さな玉を作った。
「私の用事はそれだけだから、じゃ」
ビニール傘ごと振り返り、鳥居さんは去っていった。柔らかい雨が降り続いている。
玄関のドアを閉めると雨音が締め切られて遠くになった。
残された俺は渡された紙に目を通す。
一行目には大きく『友達協定』と書かれていた。
『友達協定
沢村ススグ(以下『乙』)と猪俣マキリ(以下『甲』)は友人関係において以下の通り協定を締結する。
第一条(目的) この協定は友人関係における甲と乙の円滑なコミュニケーションを維持するとともに、相互における信頼関係の調和、向上を図ることを目的とする。
第二条(定義) この協定における信頼関係とは各号に定める通りである。
1 いついかなる時も友人が困っているときは手を差しのべなくてはならない。
2 相互関係においてトラブルが発生した際、暴力および罵倒の類いでの解決は図ってはならない。
3 甲乙間は常に理解しあった関係であることが望ましく、相互関係における不備が発生した際は、互いを尊重しあい、問題解決に尽力することを原則とする。
第三条(有効期限) 本協定は締結日より発効し、甲が星野台地区に落下した隕石を発見するまで有効とする。
上記協定の証として本証書を二通作成し、甲乙署名捺印の上、各一通を保管する。
西暦 年 月 日
甲 住所 珠市星野台6321ハイツ星野台101号室
氏名 猪俣真霧
乙 住所
氏名 印』
乙の欄と日付は空白だった。つまり記入して持ってこいということだろう。
一言で表すならカオスだ。
友人関係を書面で起こそうとする感性が意味不明だ。おれがノコノコこんなものにサインするとでも思っているのだろうか。
「あいつやっぱバカだわ……」
思わず吹き出していた。
友人関係なんて確認を要するものではない。




