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12 雲のように


 ハイツ星野台の101号室の扉をノックすると、いつも通り仏頂面の少女が数秒で出てきた。

「テレビはないから、お金は払わないと何度も……」

 なんかの集金と勘違いしているらしい。俺の顔を見て、マキリは一瞬表情を強張らせると直ぐに笑顔になった。

「やぁ」

「よぉ」

 白いワンピースを着ていた。

「やぁ」

「こんにちは……」

 俺の横に立っていた鳥居さんのほうに改めて挨拶をふっかけるマキリ。

「二人とは珍しいね。おや、今日は自転車どうしたんだい」

「学校に置いてきた。そんなことより鳥居さんから話があるってよ」

「自転車、何で置いてきたんだ?」

「どうでもいいだろそんなこと」

「よくないよ、気になるとストレスになるだろ。理由があるはずだ」

「鳥居さんと一緒に帰るからだよ」

「その理屈はおかしい。私と一緒のときは普通に自転車に乗っていたはずだ」

 さっさと帰宅するためだよ、とは言わなかった。

 埒があかないので質問を無視して半歩後ろに下がった。代わりに鳥居さんが前にでる。

「学校辞めるってほんとう?」

 想定外の質問だったのだろうか。マキリは虚をつかれたような表情で小さく頷いた。

「そのつもりだ」

「なんで?」

「やるべきことをやったからだ」

「やるべきことってなに?」

「隕石探しだ」

「隕石?」

「ああ」

 あ。この流れは不味い。教えたがりが目を光らせた。

「放射性同位体を用いた調査により、隕石の多くは太陽系が初期の頃、惑星がぶつかり合って、生まれたものとされている。45億年も前のことだ。地球の誕生とほぼほぼ同時期の鉱物が宇宙から降ってくるんだ。ロマンだろ?」

「それはすごいね。見つかったの?」

「……隕石がそうじゃないかの判断はしかるべき専門施設でないと難しい。放射線の測定や同位体比測定で判断をつけるためだ。素人が山中や川原でそれっぽい石を見つけても大抵が地球元来の鉱物である可能性が高い」

「それで隕石は見つかったの?」

「隕石は大気圏との空気摩擦で表面が融解する。見分け方としてはそこだ。落下した直後であれば、地面の抉れ具合や発熱量から判断つけやすい」

「見つかったの?」

「……いや」

「やるべきことできてないじゃない」

「……」

 じとっとした目付きで睨まれてマキリは半歩たじろいだ。

「まだ、こっちに残って、探すべきよ」

「元からないものを探すのは不可能だ」

「無いなんて、なんで言い切れるの?」

「私が探したからだ。私があれだけ探してないなら、この辺りに隕石は落ちていない」

「探しきれてないだけかもよ」

「それはない。そこらの無知蒙昧が探索したのではないぞ、猪俣マキリが調査したのだ」

「あなたは私のちっぽけな世界をぶっ飛ばしてくれたのに、あなたは狭い枠に囚われているのね」

「やれやれ、キミ、なんとか言ってくれ」

 困ったように肩をすくめてマキリは俺に助けを求めてきた、

「まあまあ。落ち着けよ。マキリの言うとおり無いものを出すのは不可能ってやつさ」

「私が探すわ」

「え?」

「私が隕石を探す」

 決意に満ちた瞳だった。力強くて茶化せやしない。

「だから時間をちょうだい。きっと探してみせるから」

 ヤル気という炎に包まれるように、拳をギュッと握っている。屋上で見たときの気だるげな雰囲気は一切ない

「……いいだろう。まあ、絶対見つからないだろうけどね」

 勢いに気圧されるようにマキリは小さく頷いた。

「見つかったらアメリカなんかに行かないで。約束よ」

 鳥居さんは、にっこりと、天使のような微笑みを浮かべて続けた。

「あと一つだけお願いがあるの」

 木立からアブラゼミの鳴き声が聞こえてきた。

「なんだ。言ってみろ。どんな願いも聞くだけは聞いてやろう」

「私だけじゃ隕石はきっと見つけられない。だって石の見分け方なんて知らないもの」

「だろうね。この私、猪俣マキリが調査したのに発見できなかったモノをズブのド素人の小娘に見つけられるとは到底思えない」

「だから、手伝って」

「ん?」

「なに?」

「まてまてまて、おかしいぞ。なぁ」

 マキリは困り果てたように俺の袖を握った。振りほどく。これ以上巻き込まれたく無かった。やっぱり鳥居千景も独自の思考回路を持っているようだ。

「私は色々と忙しいんだ。アメリカ行きの準備もしなくちゃいけない。キミの石の鑑定に費やす時間なんてないんだよ」

「だから私が納得するまで、私が隕石は存在しないと判断するまで、アメリカには行かないで」

「おいおいおいおいおいおい、ずいぶんクレイジーなやつだなぁ、キミは!」

 端からみてる分には面白いが。

「気に入った! それなら期間をもうけよう。一週間だ。一週間隕石探しを延長しよう。その一週間は全力でキミをサポートする。ただし期間内で見つけられなかった場合、私は学校を辞めてアメリカに行くからな!」

「……いいわ。それで」

「グッド! 面白くなってきた」

 心底楽しそうにマキリは笑うと小指をピンとたてて、鳥居さんに突きつけた。

「指切りだ」

 相も変わらずワケのわからんやつだ。


 マキリは再び学校に来るようになった。学校に来て、授業に出て(爆睡しているらしいが)、放課後、鳥居千景と川原で隕石探しに躍起になっているらしい。

 らしい。

 全部が岩野からの伝聞での情報だ。なぜなら俺は参加していないから。

 何が悲しくて、真夏の川原で熱中症の恐怖に怯えながら石探しをしなくちゃならんのだ。

 七十年以上も見つかってない石ころが今さら見つけられるとは思えなかったし、気になってネットで調べたが、マキリの言うとおり隕石を見つけるのは生半可なことではないらしい。

 見つけられっこない。

 そんな風に嘲笑しつつ、来るべく夏休みにわくわくが募らせながら、いつも通りに登校する。

 そんな晴れやかな一日の始まりに昇降口でマキリに声をかけられた。

「キミに残念なお知らせがある」

「……なんだよ」

「副部長は鳥居千景だ。キミはヒラに降格。ヤル気の問題だよ」

「……そうですか」

 悔しくはなかったし、別に残念でもなかった。というよりそもそも空部は廃部になっているので、組織として成り立っていないはずだ。

 というか、なし崩し的に新入部員になって鳥居千景はいいのだろうか。

「くやしかったら、隕石探しを手伝え。見つけられれば副部長に昇格してあげよう」

「別に悔しくないけど……」

 駄々をこねる子供のような瞳で見つめてくる。

「なんにせよ、やる気を取り戻したみたいでよかったな。お前がアメリカに行くと寂しくなるからな」

「んなぁ!」

 発情期の猫のような声をあげ、仄かに頬を紅潮させてマキリは叫んだ。

「か、勘違いするな。私はアメリカに行くぞ。隕石が見つかる可能性は限りなくゼロだからな。あくまでこれはアメリカに行くまでの暇潰しだ!」

「そうか。見つかるといいな」

「な、ならば手伝え。人手は多いに越したことはない。川原に落ちた隕石は高確率で隕鉄だから、金属探知機さえあれば素人でもある程度調べられる」

「そうか。ところであの雲なんていうの」

 ガラス扉の向こうの空の向こうに薄く筆で描いたような雲が広がっていたので指差す。

「あれは巻積雲。通称いわし雲だ。低気圧の前面に出ることが多く、雨が降る前兆とも言える。秋の季語だが、いまのようにそれ以外の季節でも普通に」

 説明に夢中のマキリを置いて俺は教室に向かった。最近彼女の扱い方のコツを掴んできた。


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