10 星のかけら
猪俣マキリは停学になった。
当たり前である。世の中のルールは依然適応され、いくら規格外の特待生であろうと、そこを逸脱することは許されないのだ。
いきなり他クラスに乗り込んで複数人に暴力を浴びせた罪。字面だけみたらとてつもなくヤバイやつだ。現状を見てきた俺にして言わせれば字面以上にヤバイやつだが。
ともかく彼女は謹慎処分になった。
お咎めなしの鳥居千景が抗議したが、聞き届けられることはなかった。学校側は一人の少女の自殺騒動を猪俣マキリの暴挙で有耶無耶にしようとしているように思われた。
猪俣マキリが停学になって二日目、空部の顧問の命令にしたがい、第二書庫に足を運んだ。
空部としてカウントされてしまっていることに悲しみを覚えたが、部長の度重なる問題行動により、廃部が決まったのだそうだ。そもそも認知されていたことに驚いたが、部員として片付けを依頼されたのだから仕方ない。
書架に残されたマキリの私物を回収し、彼女に届けるだけの簡単なお仕事だ。
学校の備品と私物の見分けがつけばいいが,とのんびり紙袋を片手にやって来たが、主を失った部室は一抹の寂しさが漂っていた。西日が差し込み、橙色に染まった本棚を抜け、いつも少女が腰を下ろしていた椅子と机の回りを確認する。
机のなかには、二冊のノートと拳と同じくらいの大きさの石があった。石は赤茶色で、ゴツゴツとしていた。手に持ってみると予想以上に重かった。両手じゃないと辛いぐらいだ。一旦石を机の上に置いて、ノートをパラパラと捲ってみる。
一冊は空の様子を克明に記録した観察ノートだった。マキリのもので間違いないだろう。
もう一冊を捲ってみる。この辺りの地図と古い新聞記事がスクラップされていた。改めて見ても意味がわからない。新聞の内容は漢字が多く、わかりづらかったが、どうやら戦時中のものらしい。なんでこんなもの保管しているのだろう。
とりあえず回収し、学校をあとにする。
自転車のかごに私物をいれて、ペダルを漕ぐ。
夕日を背に自転車に乗って、マキリの家に向かう。いつか二人乗りをした長い坂も一人で上るのならそれほど苦労もない。
ハイツ星野台に到着した。少し熱くなった呼吸を整えながら、101号室をノックする。
数秒してドアが開いた。
「よお」
「やあ」
マキリはスウェットを来ていた。おしゃれには無頓着らしい。
「空部は廃部だと」
「ああ、顧問に聞いたよ。まったくもって頭の固い連中だ。まあ、いいさ。ネオ空部を作るだけだから」
たぶん無理だろうけど、野暮な突っ込みをいれるのはやめにした。
「はいこれ」
「ああ、私の荷物か。ありがとう」
袋を手渡すと中を確認し、小さく息をついた。
「なあ、その石なんなの?」
やたらと重かったので気になった。
「隕石」
「は?」
「それはそうと私はアメリカに行くことにしたよ」
「えぇ!? 一体どういうことだよ!」
「ああ、説明が足りなかったね。これは鉄隕石。隕鉄とも呼ばれる、ニッケル合金からなる隕石だ」
「そ、そっちじゃねぇよ、いや、そっちも気になるけど、アメリカって……」
「ん? ああ、私のことか」
照れ臭そうに目をそらし、
「いいよ。立ち話もなんだから中に入りなよ」
「ああ、お邪魔します」
初めて女子の自宅にお邪魔したのになんのロマンスもなかった。
マキリの家は殺風景だった。カーテンもない。だだっ広い空間に机とパソコンと布団とホワイトボード、それと掃除機だけが置いてあった。
いますぐにでも引っ越しができそうなほどだ。
「この町にはひとつの目的があってきたんだが、どうにも、成果が上げられそうにないんでね。これ以上時間を浪費するわけにはいかないから」
「浪費って……目的ってのはなんなんだ?」
マキリは隕石を机にポンと置いて、俺をまっすぐ見つめた。
「ディスイズ」
「隕石?」
「父はこの地で隕石を発見したという。だから私は他の欠片を探しに来たんだ」
軽く息をついて少女はうろんな表情で俺を見た。
「地球に落下する隕石は年間で500程度と言われている。その内陸地に落下するのは150個程度だ。日本は今までのトータルで約50個程度保有している」
「地元民として十六年生きてきたけど、隕石の話なんて聞いたことないぞ」
「それはそうだろう。隕石が落下したのは戦時中、当時の新聞を確認しても戦況を伝えるものばかりで情報は一切なかった。ようやく見つけた目撃者によると、珠川周辺に落ちたらしいのだが、人手も足りないし、時間もないので、諦めてもとの研究に戻ろうと決心したのが昨日の夜のことだ」
「諦めって……」
「まあ、もとから運がよかったんだ。地元の高校が私にオファーをくれること自体奇跡に近いから、なにか運命的なものを感じて受けたが、結局現実はどこまでも現実ということだよ」
マキリは力なく笑って、俺に布団に座るように進めてきた。一度断るが、「床に直接座ると尾てい骨を痛めるぞ」と言われたので仕方なく腰を下ろす。布団は良い匂いがした。
「ほら、ウェルカムドリンクだ」
キッチンにある冷蔵庫からプラスチックの容器に入った謎の液体を渡される。
「なんだこれ」
「冷やし飴知らないのか? 関西の夏はこれで決まりなんだぞ!」
「……俺関東人だから……」
得たいの知れない飲み物を飲む。しょうががピリリと舌をしびれさせた。正直俺にはあわなかった。
「……やめることはないんじゃないのか? だってまだ見つかってないんだろ。隕石」
「元々父が嘘をついているだけかもしれないんだ。これ以上時間を無駄にするわけにはいかない」
「娘にそんな意味のない嘘をつくかな……ふつう」
「この隕石は誕生日プレゼントだったんだ。どこで見つけたのかせがむ私にきっと出任せを言っただけなんだよ。星がつく地名は隕石由来の場合が多いんだ。だからパッと口をついたんだろう。この辺り、地名につくだろ?」
いま俺たちがいるこの辺りは星野台地区という。
「だ、だとしても目撃証言があったんだろ?」
「ああ。ただ唯一の証言者の信用度が低くてな。ばあさんボケてるからなぁ……。川に光る物体が落ちたって言ってるが、どうにも胡散臭い。念のためそれ使ってみたけど空き缶ばっかに反応してどうにも効率が悪い……」
彼女の指差す先に掃除機があった。
「川原の掃除でもしてたのか?」
「……金属探知機だ」
あきれたようにため息をはかれた。
「ま、ともかく私はアメリカに帰る。無駄な時間を過ごしたよ」
「無駄な時間、か」
冷やし飴を飲み干す。
「俺はお前といてそこそこ楽しかったぜ」
「私は普通だったよ」
苦笑いを浮かべながら立ち上がる。
「いつ帰るんだ?」
「八月中には帰省の準備を整えるつもりだ。九月から復学ならちょうどいいしな」
アメリカの大学の入学時期は九月と聞いたことがある。ほんとうにこいつは大学生なのだろうか。
玄関まで送ってくれた。靴を履き替えて別れの言葉を言おうとしたら、なぜだか知らないが、グラディエーターサンダルを突っ掛けて彼女も表に出た。
七月の夕暮れの風が吹き抜ける。
そのまま俺の自転車の荷台に腰掛け、坂の上まで漕ぐように言う。文句を言うのも不毛と感じた俺は大人しく従って重くなったペダルを踏む。
そろそろと点り出した街灯に、妙に感傷的な気持ちになる。
「日が沈み、空に一番星が現れるまでの時間帯をマジックアワーというんだ。影がなくなり、空が金色に染まるので、本当に魔法のような時間帯だ」
遠くのビルのシルエットが、金色に染まって見えた。家々の窓から洩れる明かりが美しかった。
息をついて自転車を止める。夕方になり、蝉の鳴き声も少しだけ大人しくなっている。
「気持ちいいな」
夜の気配を運ぶ風に頬を撫でられ、猫のように目を細めながらマキリは呟いた。




