我儘なご令嬢と優しいご令嬢
「自分の権力を振りかざし!貴様はここにいるメリア嬢をはじめとした様々な人間を苦しめた!よって今ここで!俺、レオハルト・ナタク・ハイエストとの婚約破棄を言い渡す!」
ああ、この様な展開は王家の歴史書などで読んだ事がある。
今はハリア学園の卒業パーティの最中。この学園は貴族のための学園なため、陛下だけでなくこの国を支える貴族の方々が揃っている。こんな状況でなんて妄言を吐くのか。
「お言葉ですがレオハルト殿下。わたくしはそんな事をやっていませんわ。わたくしはこの国に古くから仕える誇り高きプリクスィ公爵家の一員。そんな事やるはずがありません!」
私はそう主張する。だって、わたくしは何もしていないのだから。
しかし殿下の後ろに隠れる様にしているメリア男爵家令嬢は本気でわたくしを恐れている様である。
「そんな訳ないだろう!実際お前に命じられてメリア嬢を虐めたという奴もいる。俺もその光景を目撃した事がある!お前が直接でなくても様々な人間を虐めたというのは紛れも無い事実だ!それにな、見ていたのは俺だけではない。度々大人たちにも目撃されている!」
何のことなのだろうか。わたくしはやっていない。
「証拠はこんなにあるのだ!それでもお前は、やってないと言い張るのか!」
わたくしは生まれた時から王妃となるための教育を受けて来た。王妃とは国母である。それになろうというこのわたくしはそんな事するはずがない。
「そんな…そんなはずはありません…。だってわたくしは…」
突き付けられた私がやったという事実。殿下の言葉が嘘でないのは周囲の大人がわたくしを侮蔑の目で見ている事から分かる。
「何故…わたくしはやってなんか…いないのに…!」
「何故…わたくしはやってなんか…いないのに…!」
と言ってウィラーナは俯き肩を震わせる。誰の目から見ても彼女がやっていたという事は明らかなのだが、彼女のやっていないと主張する目は嘘ではなかった様に見える。
しかし彼女は不思議な人間だ。彼女について聞くと、不思議な意見が出るのだ。
『貴族としてのプライドが高く、下の身分の者を見下す、我儘なご令嬢でありながら、誰よりも優しく気が利き、どの様な人でも平等に接する、国母にふさわしきご令嬢』
彼女は多くの矛盾を含んでいる。今の彼女は優しいご令嬢なのだろう。
うふふ。
笑い声が聞こえた。こんな状況で嘲笑する事はあれど、この笑い声は周囲から聞こえるのではなくこの状況の中心人物である者から発せられていた。
うふふふふ。
かのご令嬢は俯いたまま別の意味で肩を震わせていた。
うふふふふ、あはははは!
彼女はゆっくりと顔を上げる。その顔は先程までの傷ついた様な必死な顔でなく、周りを馬鹿にする様な笑顔だった。そして彼女のその顔は我儘なご令嬢である彼女が浮かべる顔だった。
「まったく、ここにいるのは馬鹿ばっかりね!」
そう彼女は明るく告げる。
「もう、さっきからやったのは『わたくし』ではないって主張していたじゃない。何を聞いてらっしゃったのかしら?」
殿下を含めた多くの人が彼女の突然の変化に戸惑っている。
「そう、やったのは『私』よ。決して『わたくし』ではないわ。」
「え…?ど、どういう事なんだ?」
戸惑いのままレオハルト殿下は問う。
そんな彼を、彼女は侮蔑の目で見る。
「そのままの意味よ。やったのは『ウィラーナ』で『ウィラーナ』ではないの。」
未だ理解の追いついていなさそうな殿下を嗤う。
「それなのに貴方ったら、ずっと『ウィラーナのせいにして。アホじゃないの?貴方の忠臣である『ウィラーナ』を傷つけちゃってさー。ほんと『ウィラーナ』が可哀想。」
「貴様!誰に対していると思っているのだ!」
憤慨したように言う殿下の取り巻き。
「誰って、ここにいるアホ殿下でしょ?類は友を呼ぶって本当だったのねえ」
「なっ!」
怒りのあまり固まる取り巻き。自分の取り巻きが騒いでいる間に殿下は再起し、話を戻す。
「とにかく!ウィラーナ・プリクスィと俺との婚約は破棄させてもら…
「あら、それはダメよ?確かに『ウィラーナ』は権力を使って色々遊んだわ。『ウィラーナ』はね」
彼女はうんうん、と2回頷く。そしてこてん、と首を傾げて
「でもやったのは殿下の婚約者ではない『ウィラーナ』であり、殿下の婚約者たる『ウィラーナ』ではないわ。」
殿下は彼女が何を言わんとするか気づいたようだ。
「だから『ウィラーナ』に婚約破棄なんて告げるんじゃないわ。『ウィラーナ』は貴方を愛しているし、この国も愛している。加えて容姿端麗・頭脳明晰。ずっと王妃教育に真剣に取り組んでいる。理想的な王妃となるわ。……だから婚約破棄だなんて、言うんじゃないわ。」
殿下は驚きが許容量を超えたようで固まっていた。
そして彼女は少し顔を赤に染めて
「……『ウィラーナ』を構ってあげなさい。大人びて見えてもまだ寂しがりやなの。それでもまだ他の子にかまけていて『ウィラーナ』を放っておくようなら、『ウィラーナ』が許さなくてよ。また出てきて悪戯してやるんだから、覚悟しておく事ね!」
そう言って彼女はまた俯き、次に顔を上げた時には「⁉︎こんな状況でまた意識飛んでた…!」と驚きに固まる彼女と、先程の言葉に顔を林檎のように赤く染める殿下と、とんだ茶番だと言いたげに生暖かい目で見守る周りの人がいた。
ウィラーナがレオハルト殿下からの大量の愛情に赤面しながらも嬉しさ満開の笑みを浮かべるまであと70秒。
ちなみに後半の語り部は変人好きな宰相の息子です。⇦どうでもいい情報
ウィラーナ・プリクスィ
王妃として相応しくあらねばと思いすぎて鬱憤を溜め込んでおり、1人の時と周りに人がいる時と意図的に性格や行動を入れ替えてたら、無意識的に切り替えができるようになった。『私』が真実や本心を語る。
レオハルト・ナタク・ハイエスト
実はウィラーナが大好き。でもウィラーナは自分の事を好いてくれてないと思い込みやらかす。でも『私』がウィラーナの本心だと分かり物凄く嬉しい。